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物語が荒唐無稽とばかりも思えなくなるのは筆者の筆力故か
2009/03/06 21:44
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:萬寿生 - この投稿者のレビュー一覧を見る
前巻に引き続き、前半はヒロインの病気の治療をめぐる、医と蠱との巫術の攻防である。互いの仕掛け合い、術の掛け合いの仕組みや組み立てが面白い。後半は主人公顔回子淵の九泉あるいは黄泉での、悪霊、悪神等との言葉の掛け合いによる闘争である。
話の展開の合い間合い間に、中国古代における人々の、病気の原因や治療にたいする習俗や考え方、当時なりに自然現象や社会現象を合理的に説明しようとする為に考えだされた、神、霊、鬼、祝、呪、等について、著者が繙いた文献を元にした説明がはさまる。話の展開が止まるわけではあるが、この部分がこの作品をより面白くしている要素でもある。オカルト的神霊や呪術など、古代においてもありえるはずがないものではあるが、現代の心理学や文化人類学をも考慮したうえでの文献の記述の解釈は、かなり合理的であり、古代においてはありうることなのかもしれず、この物語も荒唐無稽とばかりも思えなくなるのは、筆者の筆力故であろうか。
決着は、またも次巻まで持ち越しになる。
顔回を待つ冥界での試練
2003/02/09 21:43
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:露地温 - この投稿者のレビュー一覧を見る
孔子の弟子顔回が活躍する伝奇歴史小説の第8巻である。子蓉という媚術を使う女呪術師との戦いがいよいよ終盤に差しかかる。当初、子蓉は何人もいる敵のうち一人で魅力的な脇役の一人程度に思っていて、これほど長い対決が続くとは思っていなかった。しかも対決が続くだけではなく、本巻での重要なシーンへ導く役目を果たしていて、『陋巷の在り』全体で実はかなり重要な人物であったと認識する。
前巻に引き続き、媚術に蝕まれたよ(女編に予)を救おうとする話であるが、タイトルに「冥の巻」とあることから想像がつくように、顔回は死者の国<冥界>へと降りていく。そこで描かれるのはスーパーヒーロー顔回ではない。神の前には微力な存在でしかない人間として描かれ、冥界に行くだけでも大変な苦労をする。神話などに冥界から死者を連れ帰る話はいくつかあるが、そこでも試練は描かれているとは思うがここでの描写はそれらと較ぶべくもない。あるいは、神話で簡潔に書かれた試練を、生者の行くべきではない世界に行くことがいかに想像を絶することであるかと描きこんでいるといってもよい。何しろ1冊丸々が冥界へ赴くエピソードに費やされているのである。
ここで酒見賢一のすごいところは、その描きこみの中で作者自身が顔を覗かせて語り出す部分があるのだが、そこでこれが作り話であると言い切ってしまうところである。その上で、<気>について語り、生死について語り、神話について語る。様々な中国の歴史について引き合いに出す。それらを元に、これは作り話だといいながら、話に厚みを持たせていく。おかげで読者は安心して物語の中に入り込んでいける。
最初に書いた、子蓉が重要な人物であったと認識したというのは、顔回がここで遭遇するある試練−−問答が非常に重要だと思われるからだ。孔子があまり語ることのなかったという仁や天命についての議論は、『陋巷に在り』における『カラマゾフの兄弟』の「大審問官」にもあたる重要な場面と思われる。その割に顔回の心は揺れ動かされるばかりではっきりした答えがあるわけではないのだが。次巻に持ち越される話の中で、その答えが出てくるのであろうか。
今更いうまでもないが、非常に良質な物語である。困ったことに、肝心な処で話は終わっていて、早く次の巻を読みたくなるのが欠点である。とはいえ、それは良質の物語である証拠なので欠点とはいえないのだが。
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