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紙の本
五十五番めの謎
2003/03/30 17:31
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投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
二〇〇三年四月七日、「鉄腕アトム」が生まれる。もし本当にこの国のどこかでアトムの誕生計画が進んでいるとしたら、もうすっかり顔も体もできあがっているにちがいない。ただし電流は流れていない。アトムはまだ、横たわっているただの機械にすぎない。誕生まであと数日ある。
この「鉄腕アトム55の謎」という本は、アニメ以前のアトムマンガの中から著者が考えた謎を紹介し、アトムマンガの魅力に迫ったものだが、実際には五四の謎しか書かれていない。しかし、誇大表示ではない。ちゃんと著者が書いている。「これは、ぼくにとってのアトムの世界でもある。そして、五五番目のアトムの謎は、あなた自身で考えてほしい」(「はじめに」から)と。すなわち、読者自身がそれぞれのアトムの謎を考えないことには、この本を読んだことにはならないのだ。
「手塚治虫がアトムを書き始めた時、夢見た二〇〇三年とはどのような時代だったのだろう」というのが、私にとっての五十五番めの謎だ。手塚治虫が初めてアトムを書いたのは一九五一年。まだ私も生まれていない。その時手塚は五十数年後の自分を、この国を、世界の様子を本当はどのように見ていたのだろう。アトムの中で描いたように車が飛ぶように走り、ロボットたちが多くの分野に活躍しているだろうと本当に考えたのだろうか。当時手塚はまだ二三歳。大学生だった。そんな若者にとって、五十年以上先の時代は夢のまた夢だったにちがいない。つまり、一九五一年の手塚青年にとって二〇〇三年という世界は、自分が生きているだろうかとか死んでいるかもしれないとかという次元の話ではなく、空想科学漫画にしか存在しえない遠い時代だったのではないだろうか。アトムは手塚にとって夢の産物だったにちがいない。
そんな手塚にとっての大きな誤算はアトムの人気だったように思う。アトムの人気が続くことで、アトムは七〇年代まで書き続けられていく。それは手塚の夢が夢でなくなっていく現実でもあった。だから、手塚はアトムを何度でも書き直さざるをえなかったし、アトムを嫌うようにもなった。もしかしたら、手塚はその早すぎる死(八九年二月)の際に自身がアトムの誕生に立ち会わなくてもよい幸福を感じたかもしれない。これが、私にとっての五十五番目の謎であり、アトムの世界である。
アトム誕生まであと数日。もうすぐアトムの目が静かに開く、四月七日が来る。
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