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ベル・カント みんなのレビュー
- アン・パチェット (著), 山本 やよい (訳)
- 税込価格:2,860円(26pt)
- 出版社:早川書房
- 発行年月:2003.3
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紙の本
さしずめ、この本なんかは羊の皮を被った狼とでもいうのかな、テロリストの小説かと思ったら、いつのまにやら甘美な恋愛小説、しかも三組の切ない恋が詰め込まれているんだから
2003/08/15 19:14
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
私がこの本を手にしたのは、オペラが好きで、タイトルから、ディーヴァのことを書いた格調高い作品だろうと思ったからだ。時間がかかりそうな本だったので、積読状態。何とか夏休みがとれて、やっと読み出した。夢のような4時間だった。いつもなら、他の本と交互に読むのだけれど、それをあきらめた。間食もしなかった。ただ、途中からオペラのCDをかけた、それだけだった。
この本はテロリストが大統領の誘拐を企て、副大統領の屋敷で開かれているパーティー会場に突入する場面から始まる。各国の大使館関係者や、世界的に有名な企業のトップや、その家族たちが歓談し、現代最高の歌手の声に聴き惚れる、その長閑な場が一瞬にして修羅の場と化す。『ダイ・ハード』を連想しない人はいないだろう。1996年にペルーのリマでおきた日本大使公邸占拠事件を思い出す人もいるはずだ。そんな幕開きにもかかわらず、これは恋愛小説である。しかも極上のこのまま時間が永遠に止まって欲しい、そういいたくなるような切なさと静けさに満ちた、二つの、いや三つの愛を扱った物語である。
最初に、恋の魔法に取り付かれたのは、フランス人のシモン・ティボーと、結婚して25年になる彼の妻エディット。次に大人の愛を交わすのは、日本企業のナンセイ電機社長カツミ・ホソカワと、彼の53回目の誕生パーティにスケジュールとギャラだけで参加することになった、ソプラノ歌手ロクサーヌ・コス。最後に恋に陥るのが20代後半のゲン・ワタナベ、長野生れの幾つもの国の言葉を自在に操る、ホソカワ氏の通訳と、彼の語学の能力に惹かれ、いや実は最初からゲン自身に魅せられていた向学心に燃える17歳の少女、カルメンこの3組6人である。
事件が起きたのは1996年だろう。舞台は南米、小説では〈貧しい国〉とだけ表現される。誕生日を主催したのは、自国にナンセイ電機の工場を誘致したい日系二世のマスダ大統領。しかし、主催者である彼は、好きなTV番組を見たい、ただそれだけの理由で自分が主催したパーティに不参加を決め込む。その代わりに貧乏くじを引いたのが副大統領のルーベン・イグレシアスだった。
他にも夥しい人々が登場する。ベンハミン指揮官に率いられるテロリストでは、最年少らしい少年イシュマエル、歌うことに喜びを見つけたセサル、途中で少女であることが分かってしまうベアトリクス。仲介役を務める国際赤十字のヨアヒム・メスネル。当初222人だった人質は、解放を繰り返して最後は40人(39人の男と1人の女性)に絞り込まれる。思わぬ余技でコスを助けるナンセイの副社長のテツヤ・カトウは出番のわりに印象が薄い。むしろ、出番は少ないものの無謀なロシア人のフェードロフや、建設業者のオスカルが面白い。
しかし、何と言っても美しいのはホソカワとロクサーヌ、ゲンとカルメンの恋。バチェットは、決して正面から性の場を描こうとはしない。しかし、切ない思いが伝わる、ある予感が心を過る。本の残りが50頁をきり始めたころ、このまま人質がテロリストたちと仲良く過ごしていて欲しいと何度思ったことだろう。煮詰り、凝集していつかは危機を孕み始めるであろう幽閉生活が、いつのまにか天上のサロンになり、敵と味方の垣根が取り払われ、だれもが今の生活が続くことを希み始める。最初の20頁から誰がこんな展開を予想するだろう。そして、目を覆うばかりの結末。なぜ、どうして。私が思わず憎んだのは、大統領のマスダだった。涙はでなかった。しかし、予想はしていたものの、衝撃で言葉が出てこなかった。
恐ろしいほどに面白い小説だ。バチェットは1963年、ロス生まれ。この作品は女性作家に捧げられるオレンジ小説賞、PEN/フォークナー賞を受賞している。現代文学、テロ小説などといった先入観はいらない。またかとは言われるのを承知で書く、この本は翻訳小説の今年のベストである。
紙の本
ストックホルム症候群と名づけられた、愛の生成と終わり
2003/06/01 15:04
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:シュン - この投稿者のレビュー一覧を見る
救いのない悲劇である。この物語の犠牲者たちが心に遺すものはあまりにも大きすぎて抱え切れない。
十代の若すぎるテロリストたち。傷み、恋、夢……といった青春の代名詞のようなテーマが、南米の大使館公邸占拠事件のただ中を進んでゆく。だれもがわかっていたはずの破滅への失踪の中で。感情が波立たずにいられる人はまずいないのではないだろうか。
徹底して人間が描写されてゆく。四十人の人質と、十数人のテロリストたちが。彼らの中で、この占拠監禁の時間は、過去にも未来にも繋がらない「現在」だけを作り出してゆく。刹那の時間を生きようとするさまざまな年齢の魂が、ぶつかり合い、溶け合って、それらすべての距離を超えるかのように、音楽が慰安の調べを奏でてゆく。
テロリストと人質との出逢いがまるで互いにカルチャーショックを与え、奪い合っているかのようだ。テロリストのほとんどが十代の子どもたちであり、中には少女兵士も混じっている。一方、全世界からやってきた人質たちは国籍も使用言語も異なるために互いの意志の疎通さえもままならない。人と人の間にいくつもの見えない壁が存在し、相克が重なってゆく。ただ音楽だけが彼らを一つにしてゆく。時間と異常な環境とが、彼らを混乱させ、危機を忘れさせ、新しい時間、限定された幻想を育んでゆく。
とにかく情を揺すられた。一人一人の人物があまりに印象深いゆえに、あまりにも過酷なラストシーン。人と人とを切り裂いてゆく突入の暴力。そして回想のエンディング。いろいろな意味で世界の果てにあったと言える特殊な時間がページを閉じるとともに終わってゆく。
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