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アムンセンとスコットが南極点到達を果たした直後の1914年、今度はシャクルトンによって南極大陸横断が企図された。だが、シャクルトン隊は大陸にたどり着くことなく、氷の海に閉じ込められ、前進も後退もできなくなってしまう。エンデュアランス(「不屈の精神」の意)号を氷に押しつぶされて失い、浮氷に乗って漂流するほかなくなった。割れ始めた氷上のキャンプを捨て、極寒の氷海にボートを漕ぎ出し、死に物狂いで全員が無人島にたどり着くも、救助を求め、シャクルトンは再び暴風圏の海に戻るのだった。この緯度特有の疾風と怒涛、あり合わせの材料で補強したボート、氷が付いて重くなった帆、腐った寝袋、塩分の入った飲み水、極度の疲労、地図にない場所…と、生還がまさに奇跡の大冒険劇が綴られているのが本書である。
シャクルトンのことは本書を読むまで知らかなかった。南極点に到達しなかった人物で科学史には残らないからだろうか、訳出も少ないらしい(本書も原著から省略されたところがあるそう)。シャクルトンは極点には達しなかったかもしれないが、不可能と思われることを可能だと証明した。「我々は不屈の精神でここまでやれる、どんな状況でも頭を上げて立ち向かう力がある」と人類の可能性や潜在能力に前人未踏の塚を築いたという意味で、極点到達と同等かそれ以上にこの冒険は意味があつたと思う。
奇跡の生還を果たした人たちのうちの何人かはその後すぐ戦争で亡くなった。彼らの生に対する決意、帰還への執着といったものが無碍にされたようで悔しく無念に思うのは、きっと現代のカウチポテト読者のセンチメンタルな解釈だろう。探検も戦争のように国威をかけて行われていたのだし、何より艱難を求める者でなければわざわざ南極など目指さないのだから、生還したところで何度でも死地に赴くだろう。そのDNAを引き継ぐ者たちが、代々の人類を新たな場所に連れて行ってくれているのかもしれない。
*完訳でなく、ロス海支援隊の部分が割愛されているのには注意が必要
*その後、隊のほぼ全員が叙勲にあずかるが、シャクルトンが全員は推薦しなかったという…(ケリー・テイラー=ルイス『シャクルトンに消された男たちー南極横断隊の悲劇』参照)