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8編を収めた作品集。
大自然に対する限りない愛着と怖れが溢れんばかりに描出されている。広大な自然と人間の孤独の対置が鮮やか。
「たくさんのチャンス」海に包まれた少女の小さくゆるやかな成長の足跡。
「ハンターの妻」厳寒に閉ざされた冬の描写が圧倒的。主人公が長い隔たりを経て、妻の手を取るラストにしみじみ。
「世話係」閉ざされ、こぼれ落ちていく主人公が悲痛で、けれど光を感じるラストに安堵した。
「長いあいだ、これはグリセルダの物語だった」誰の注目を集めることもない、そんな人に注ぐ眼差しにジンとくる。題名が秀逸。
以上4作品が特に良かった。
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やっぱりこの人は短編の方が好き。現実離れした設定でありながら普通の生活を送る私たちが分かち合えるような痛みやかなしみを描くのが抜群に上手い。最後に希望を残す話が多いのもよい。短い中にしっかり物語を展開させる勉強になる。『ハンターの妻』『長いあいだ、これはグリセルダの物語だった』(←いいタイトルだ)が良かった
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人は誰しも薄暗がりの孤独の中に一筋の光を求める。そんな孤独と向き合う主人公を描いた8編の短編集。
戯曲を観ているような美しい文章。
ドーアが描く文章は淡々としていて、まるで静かな湖面のよう。
けれど一見穏やかに見える湖面も一陣の風により波立ち、時に荒れ狂う。
孤独の中でもがく主人公達の息遣いが聴こえてきそうなほどに。
それぞれの物語が終わった後、余韻がしばらく胸を離れずにいる。
この後彼らがどうなったのか、思いを馳せながら本を閉じた。
8編の短編の内『ハンターの妻』『たくさんのチャンス』『ムコンド』が良かった。
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ここ最近読んだ本がイマイチのものばかりで、どうしても「当たり」の本が読みたくて、『すべての見えない光』のドーアにした。
正解。
刊行はこちらが前だし、短編集なので、『すべての見えない光』のような構成の妙は薄いのだが、それでもただならぬ実力の作家であることが十分感じられた。
『すべての見えない光』もそうだが、この本の小説も、あらすじを説明しただけではその魅力は十分に伝わらない。
人の心と自然描写が一体となったような表現が至る所にある。貝が立てる音、虫の羽音、動物の息の音が聞こえてくるような、澱んだり泡立ったり打ち寄せたりする水の様子や、木々の軋む様子、そういったものに囲まれた時の人間の気持ち(この気持ちは太古の祖先も、どこの国のどの時代の人も味わっただろう共通のもの)がありありと読者にも迫ってくる。翻訳文学はわからんと言っている人に読んで欲しい。これが感じられないなら、翻訳文学がわからんのではなく、文学がわからんのだよ。
特に私が好きなのは「ハンターの妻」。これは泣きながら読んで、読み終わってもう一度読んだ。それから「ムコンド」。どちらも自然の神秘(なんて言うと言葉が軽いけど)に囚われた女性と、彼女に魅了されながら理解し得ない男性の姿を描いている。
「たくさんのチャンス」「長いあいだ、これはグリセルダの物語だった」「世話係」も良かった。
そして改めて思うのは翻訳者の岩本正恵さんの素晴らしさ。ここまで精妙な訳だからこそ感動できた。上っ面の訳ではなく、作者の魂を正確に日本語に移し替える能力があって成しえたと思う。今まで翻訳文学で引っかかる、日本語としてどうなのという訳をいくつも読んだだけに、ありがたいと思う。岩本正恵さんが亡くなられたのは本当に残念だ。
「指と感覚と精神が―彼のすべてが―外骨格の形状に、カルシウムの彫刻に、傾斜の、とげの、結節の、渦の、溝の進化の原理に魅了された。」(P12)
「五十頭のシカがきらめく小川に入り、流れを腹に受けながら、垂れさがるハンノキの葉を首を伸ばして嚙みちぎり、その体に光が降りそそいだ。一頭のオスが角のある頭を王者のようにそびやかせていた。鼻づらから銀色の水滴がしたたり、太陽の光を受けて落ちた。」(P83)死にゆくメスのシカの脳内のイメージ。なんと美しく満ち足りた風景か。
「信じられないような積乱雲が塔のように盛りあがり、地平線に傾いて、稲妻を浴びて青黒く光っていた。」「ライオンの濡れた足跡に映った乱雲」「キリマンジャロの山頂を迂回して降るスコールの列(P272,273)」ナイーマの撮った写真の描写。どんな写真であるかのイメージが鮮やかに浮かぶだけでなくナイーマの心象風景にもなっている。
アンソニー・ドーアの才能は疑う余地なし。『メモリーウォール』も読みたい。
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盲目の人が感じる世界って、文学でしか、味わう事が出来ないかもと、思わせる。自分がその場に居合わせているみたい。心穏やかになっていく。ただただ浸れる事が嬉しい。
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『すべての見えない光』を読んで素晴らしいと思い、同じ作者の過去の作品も読んでみました。
やはり文学の楽しみを凝縮したような、幸せな読後感になる作品ばかりの短編集でした。8つの作品、どれも膨らませて長編で読みたいくらいです。
自然の描写が繊細で、行ったことがない異国の地のイメージが膨らみます。
特にリベリア内戦をテーマにした短編が印象的でした。序盤は目を背けたくなる戦争の残酷な描写が続き辛いですが、時を経て、男性の心の傷が癒えていく過程で、少女と心を通わせ、明るい未来を感じさせる終わり方に温かい気持ちになりました。
読み終えるのがもったいなくなる短編集です。
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現実と地続きに、霊的なるものが混じりあい、溶けてゆく。
そしてそれは奇跡や恩寵ではなく、極めてシンプルでナチュラルなこと。
「きちんと目を向けさえすれば、自然の美しさや荒々しさの中に確かに存在している“何か”に気づけるはずだよ」、と語りかけられているかのよう。
そして本書からは、「幸せな結末とは呼べないなくても“善きもの”を求めることが、人はできるはず」というメッセージも差し出されている。
細やかで丁寧な情景描写が連なり、時折はっとする煌めきを放つ言葉がある。
痛みの先に静けさと慰めがある。
どの短編からも、著者の優しさや繊細さが伝わってくる。
“無知はー結局のところ多くの面でー特権だった。貝を見つけ、触れ、なぜこれほど美しいのか言葉にならないレベルでのみ理解する。彼はそこに限りない喜びを見出した。そこには純粋な謎だけがあった。”
“頭上には、星がナイフの先端のように硬く白く輝いていた。彼の言葉を運んだ息は凍って結晶し、どこかに飛んでいった。言葉そのものが形になり、力尽きて消えたようだった。”
『世話係』のラストが好きだ。
リベリア内戦の殺戮を抜けてアメリカへ亡命してきたジョゼフは、己が故国で見聞きしながら残してきたもの、生き延びるための代償として犯した過ち、それらの全てに絶望しながら、森の僅かばかりの空き地に野菜の種を蒔く。
その空き地に、浜辺に打ち上げられて死んでいったクジラの心臓を彼は埋葬したのだ。
クジラを養分として芽吹いたメロンの果実を口にしたときに、弔うことのできないものに絡めとられていた彼の心にも再生の可能性が兆す。
“もう一度やり直さなければならないとしたら、クジラを丸ごと埋めよう。誰の目にも見えるくらい大きく色鮮やかな菜園を作ろう。雑草もツタもそのまま育てて、どんなものでもそのまま育てて、あらゆるものがチャンスを得られるようにしよう。”
食べたメロンの種をそっと包みポケットにしまうシーンはとてもうつくしい。
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「ケニア沖の孤島でひとり貝を拾い、静かに暮らす盲目の老貝類学者。だが、迷い込んできた女性の病を偶然貝で癒してしまったために、人々が島に押し寄せて…。死者の甘美な記憶を、生者へと媒介する能力を持つ女性を妻としたハンター。引っ越しした海辺の町で、二度と会うことのない少年に出会った少女…。淡々とした筆致で、美しい自然と、孤独ではあっても希望と可能性を忘れない人間の姿を鮮やかに切り取った「心に沁みいる」全八篇。「ハンターの妻」でO・ヘンリー賞を受賞するなど、各賞を受賞した新鋭によるデビュー短篇集。」
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裏表紙で短い神話と評されているが、その評価は本当に的を得たもので、フィクションが持つ類の現実味さえ消失させたような独特の空気感がある。
それは詩的と呼べるかも知れず、寓話的であるかも知れないが、いずれにしても文章が固めで、肌に合うものではなかった。
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目次
・貝を集める人
・ハンターの妻
・たくさんのチャンス
・長いあいだ、これはグリセルダの物語だった
・七月四日
・世話係
・もつれた糸
・ムコンド
これがデビュー作らしいけど、初めて読むアンソニー・ドーアの短篇。
長編と同じく静謐な生の営み。
そして荒々しく訪れる破壊と死。
愛し合っているのに分かり合えない夫婦のもどかしさと哀しみ。
かと思うと、生まれも育ちもまったく違うのに、言葉すら介在しないのにわかり合えた男と少女。
詩情の持ち合わせがなく恋愛小説も苦手な私が、『ムコンド』を読んで、涙がこぼれた。
それは哀しい涙でも感動の涙でもなく、男の思いの強さだったり情景の美しさだったりに触れて、ただ、流れてきた涙だった。
こういう経験はほとんどなく、本人が一番驚いたのだった。
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自然の美しさと残酷さ、非日常感と、前編に漂う孤独感や喪失感がとてもいい1冊でした。
若い頃に書いた短編集だと聞いて驚くほど、練られていて文章も(翻訳ですが)読みやすく、想像できないような、あるいは幻想的な風景や世界も目に浮かぶようでした。
貝を集める人
盲目の老貝類学者の話
ガラスの夢の描写や、見たこともない貝や海の描写がとにかく美しくきれいで好きだった。
世話係
ジョゼフが作った菜園、ベルと心を交わした日々、そしてラスト、メロンを2人で食べるシーンの切なさがとっても好き。
蛇足ですが、小川洋子が好きな人は好きかもと進められて読んだんですが、すごく似通ってるわけでもないけど、自然の描写がきれいなのにどこかグロテスクで不気味な感じとかがそうなのかも、と思いました。
この作家の違う作品にも挑戦してみます。
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収録作「ハンターの妻」でO・ヘンリー賞を受賞したドーアのデビュー短編集。全八篇。
ページを開くとその世界に入り込める物語の作り方がとてもうまい。
リアルを忘れたい人にオススメ。→
「ハンターの妻」「世話係」「ムコンド」の三作品は特に没入感がすごい。短編なのに長い物語を楽しんだような充足感が味わえる。大好き。
「長いあいだ、これはグリゼルダの物語だった」はラストの爽快感がたまらない。
「七月四日」のブラックコメディ感は癖になる。