紙の本
故郷にはもう帰れない
2004/12/08 13:58
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ぼこにゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者はうら若い新人。近頃は若者の方が老成した文を書くのでその点は驚かないとしても、叙情性というか、潤いを含み立体感のある語り口にすっかり幻惑された。湿った潮の香りや、魅惑的だけれどどこか無気味な貝のずっしりした存在感まで伝わってくる『貝を集める人』がやはり随一かなとは思いつつ、それ以上に魅了されたのは『それは長いあいだ、グリセルダの物語だった』という、一風変わった題名の小品。
小さな街にサーカスが現れ、芸人に一目惚れした姉は彼について旅に出る。めくるめくような夢の暮らしに飛び込んだ直情的で華やかな姉と、対照的に語られる、地味で堅実で単調な残された妹の明暗の妙が、最後にガツンと効いてくるのだ。この姉のヒドいところは、ひとつには故郷の地道な生活をいともあっさり見限って打ち捨てて行くという根源的な残酷さ(仕方ないと言えば仕方ないのだが)、もうひとつは、そんな行為をほとんど悪気もなくやってのける無邪気さというか、より正確には無神経さ(私は常々人の無邪気さというものは神経の太さに比例すると考えている)。姉が捨てて行ったものは、たとえば責任とかシガラミとかを多分に含んだ、地道な生活につきものの煩雑な手続きであり、またそんな暮らしを運営するのに不可欠な思いやりとか忍耐などでもあり、地域社会においてこれらを自分の一存で放棄するというのは、実に顰蹙を買う行いなのだ。
だから出奔から年月を経て、芸人と姉とが街に凱旋興行に訪れた際の、妹の手痛い仕打ちがなんとも小気味いい。それまで無口な脇役として振舞っていた妹の、突風のような逆上、いや逆襲は何度読み返しても快哉を叫びたくなる。自由に生きるということは現代最強の信仰のように思われがちだけれど、その途中で自分が何を踏みにじって来たのか、省みることを忘れてはいけない。
古い小説のヒロインみたいに名刺に『旅行中』と刷り込むのもいいけれど、そんな不実さをいつまでも容認してくれるほど、故郷の人々だって甘くはない。物語を毅然と貫くそうした現実性を、私はおおいに気に入っているのだ。
紙の本
人間と自然の描写が美しい短編集
2016/11/22 01:10
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オオバロニア - この投稿者のレビュー一覧を見る
何かを求めて生きる人達の人生を切り取った短編集です。
短いフレーズを並べた無駄のない文章と、自然と生物の綺麗な描写が印象的でよかったです。特に、貝の緻密な描写が際立つ「貝を集める人」と、生きた自然を追い求める「ムコンド」は、どうしようもなく自然に魅せられた人の感情表現が巧くて感動的でした。
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この新潮クレストに出版される作家たち(特にアメリカの作家)はひどく混乱した状況でも外から見たような冷静な視点で書かれていて、それが素晴らしい展なのだけれど、このアンソニー・ドーアという人はちょっと温度が高いような気がする。自然に魅せられている人の話はとても切なかった。
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短編集。中でも私は題名にもなってるシェルコレクターが気に入ってます。
表紙の貝殻のような綺麗な話がたくさん載ってます。
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美しさと絶望に交互に襲われる。
最後の、『ムコンド』が一番好きでした。確かに手の届かない自然の美しさがあふれているけれど、私は運命のもとに生まれた、逆らえない恋の短編集だと感じました。手に入れられない、誰にも見えないところで、たったひとつの恋をする。
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これは最近読んだ海外小説の中で一番印象深かった作品です。
この若さでこんな洗練された文章が書けるなんてーーどんだけーーー。
何より魅力だったのが、情景が目の前にひらけていくかのような表現力。
画一的ではあるかもしれないけど、痛いほど伝わってくる遠まわしで繊細な心理描写。
とにかくきれいなお話です。
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表題作を含む8短編を収録。今ここにある世界とそうではない世界。そんな2つの世界の狭間に漂うかのような、不思議な感触の物語。
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短篇集。8篇収録。
冬の森の生き物たちの密やかな生の営み(「ハンターの妻」)、アフリカのジャングルを恐れ知らずに駆け回っていた女性が、成人した後に手にしたカメラで捉える雲の情景(「ムコンド」)、盲目の学者の手に触れる貝の螺旋(「貝を集める人」)・・
どの作品にもみられる自然描写が、ことのほか心に沁みる。
きしきしと鳴る雪を踏みしめて歩いた雑木林、ぬるんだ水のなかの蛙の卵、刈り取られた稲の切り株が、ごつごつと足に当たる感触・・・・・そんな、ごくごくささやかなものにしか過ぎない自分の自然とのふれ合いの記憶が揺り動かされるような、せつないような・・・
自然の不思議さをあるがままに受け止める女性と、理に逃げる男性。逃げながらも、そんな女性に魅せられ続ける男たちの、おずおずした愛情もせつないのだが。
日常のことはすべて母親任せ、人生の喜びも目的もなく生きていた男が、内戦を経て、苦悩する人として世界を彷徨う姿を描いた「世話係」が心に残る。
The Shell Collector by Anthony Doerr
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著者の若さに驚いた。熟練作家だと思った。落ち着いた観察眼、美しい自然の描写…。どの短編も短編とは思えない読後感が残る。大好きな一冊。
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最初に感じるのは肌に触れる空気。
短編集なのだけれど、終わってほしくないなぁと思う本。そこに書かれ自然や、匂いやいらだちや命や、文字から読み取れる世界を全て感じ取りたい、味わい尽くしたいと思わせる作品。
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若い作家なのに、この豊かな表現力はなんだ。
人間の内面と自然をこんなに繊細に、イマジネーション豊かに
描き出せる才能に驚嘆し、その世界観に浸った。
そして、孤独な登場人物たちの心の動きに自分を寄り添わせていた。
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見方によると寂しい、孤独を感じる物語だけど
最後には開放感やすがすがしさがあって、その空気感は心地いいと思う。
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面白い海外小説が読みたいなと思ったら新潮クレスト。外れなし。
表題になってる「貝を集める人」はもちろんよかったけど、ほかもどれも素晴らしかった。
共通するのは自然と人間の関係を描いていること。人が人の力の及ばない何かと調和したときの喜びと切なさ。
短く、潔いんだ、文章が。「マリガンの胸で熱く血がたぎる。リールが悲鳴をあげる。魚は跳ねる。」みたいな。
訳者あとがきより。
「ケニアの海の輝きや、冬眠するクマのにおいまで感じられる簡潔で美しい文章、二転三転する意外な展開--どの作品にも短編小説の喜びが凝縮され、読み終えたあとも、幸せな驚きがいつまでも心に残ります。
いずれの作品も完成度が高く、まるで熟練作家のような印象さえ受けますが、驚いたことに、じつはまだ20代の新人作家が書いたmのです。
作品の舞台は世界各地にわたり、主人公も14歳の少女から、60歳を過ぎた学者までさまざまです。まるで神話のような超自然的な力に支配されている作品もあれば、楽しいほら話もあります。
このように多彩な作品が収められていますが、すべてに共通しているのは、自然への畏怖の念です。自然には人間の理性がおよばない巨大な力と美しさがあり、そのなかでは人間は小さく無力な存在でしかないという認識が全体を貫いています。」
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アメリカだけではなく、世界の様々な場所が舞台になっていて、そこにある自然の描写も非常に優れたもので、読んでいて吸い込まれていくようです。色の表現の豊かさにも驚かされます。
登場人物は、変わった生い立ち(不運だったり、不幸だったり)や特殊な才能の持ち主が多く、どの人物も魅力的に描かれており、しかもそれにプラスして、私にとっては意想外な物語の展開の仕方なので、どの作品も本当に心地良く楽しむことができました。どの作品も、思うようにいかない人生を描いているのですが、救いがないわけでもない。これらの物語の主人公たちに私が惹かれる理由はそこにあるのだと思います。
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新潮クレストブックス。
自然との関わり合いを通じ、孤独や苦難から救いを見出していく短篇八篇。
‘たくさんのチャンス’に表題作、‘長いあいだ、これはグリセルダの物語だった’もよいけれど、
フェイバレットは‘世話係’。
光へ向かって歩んでいく。