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紙の本
いやあ、さすが!叙述推理といえば、これでしょ。これに対抗できる本といったら、ま、今年は幾つもあったけれど、やっぱり正統・王道といえば、これ『被告A』
2003/12/06 20:46
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
折原には『冤罪者』『沈黙者』といった、犯してはいない罪でとらえられた男が、刑事の厳しい取調べにあう話がある。これも、それに似た始まり方をするが、もう定年身近である北沢刑事が見せるそれは、殆ど拷問に近いもので、正直、これが本当ならば人権侵害だろうなあ、と思ってしまう。
しかし、それも仕方がないかな、と思うのは、その容疑者・田宮亮太が犯したとみなされているのが、東京・杉並区で起きた四つの連続殺人事件であり、被害者にはという少女も含まれている凶悪なものだからだ。現場の死体の傍らには、決まって悪魔の絵柄のトランプが置かれることから「ジョーカー連続殺人事件」と呼ばれたものである。
被疑者の自白を得ようと、荻窪署の捜査一係の北沢健司刑事が非人道的な取調べを行っている最中、一人の青年が誘拐された。高校を中退し、引きこもり生活を送りながら、一念発起して大学検定を受け、今年なんとか第二志望の私立大学に合格し、法学部へ進むことを決心したばかりのタア坊である。
我が子の育て方すらろくに出来ず、そのあまりの甘やかし方ゆえに夫から離婚された52歳の教育評論家・浅野初子のもとにかかって来た電話は、息子の命と引き換えに一千万を要求するものだった。警察に知らせるな、という犯人の要求に、初子が見抜いたのは、この犯人たちこそ「ジョーカー」だという確信だった。
ジョーカーとみなされ、警察の圧力に屈して自白をしそうになる亮太。真犯人は別にいる、と信じながら、我が子が可愛い、いや子育てに失敗しながらも、それを人に知られることなく教育評論家として地位を築いたわが身が可愛い、こころに暗い思いを秘めた初子。誘拐犯にあまりに自由に翻弄される初子を見ていると、愚かな親だなあ、だから、などと思ってしまう。
それから、いつも決まって埼玉、それも蓮田といったマイナーな地域を犯罪の舞台にする折原だが、今度は東京が舞台だ、と思っていたら、やっぱり途中から身代金の受け渡し場所として蓮田のインターが使われた。雀百まで踊りを忘れず、人間50過ぎたら記憶は朧、ではないけれど折原の埼玉、蓮田地区への偏愛ぶりがうかがえて、思わずニヤついてしまった。
しかし、である。そろそろ「驚愕の結末」と宣伝文句に書くのは、自粛したらどうだろか。書きたい気持ちは分からないではないけれど、この一言があるばかりに、読者は最後の章まで「どっちにせよこの話は、このさきでひっくり返るんだよな」とそればかり意識して、せっかくの作者の工夫が台無しである。たとえばサラ・ウォルターズ『半身』なんて、あのあとがきの余分な一言がなかったら、もっと素直に驚いた気がする。でも、折原のほうは、やっぱり驚くかな。
ある種の裁判ものだ、とは言えるけれど、そこまでにしておこう。伏線は良く考えられていて、途中でガリッと石でも噛んだような違和感を覚えるところがあって、あれ、勘違いかなと思っていたら、最後に上手く説明されている。これはじっくり味わってもらうに限る一冊で、今年のミステリ界のベストの一つに挙げられることは間違いない。さすが、と思ってしまった。
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