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白い犬とブランコ 莫言自選短編集 みんなのレビュー
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紙の本
取り返しのつかない過失を犯した人間、絶対に克服できない制約を負った人間を、この作家は慰撫しない。一条の光射す結末にまとめようともしない。だが、ベスト級短篇集。
2003/11/26 11:15
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
家族もご近所も寝静まった深更、残りページが少なくなったこの本を読み上げようとページを繰っていた。行きつ戻りつ——決して肥沃ではないが、緑や水に日の光、小さな生き物など、自然は豊かな中国の農村や里山の光景を現出させる詩的な描写が、心を捉えてすいすい先へ進むことを許してくれない。
「坂を下ると、小さな石橋だった。肉を売って県城からもどってくると、石橋はいつも河の上に伏せては、腰を曲げ、首をかしげ、尻尾を振りして微笑むのだった。そのたびにわたしは、ネコ車がその背中にかかったとき、橋がわたしたちを河に振り落としはしないかと、それが心配だった。そんなことは起こったためしはなかったが、いつだって起こりうるし、いつかは起こると感じていた」(219P『豚肉売りの娘』より)——こんな特異な書き方をした場所もある。
本を読むことは、数はこなさなくても、作家の内面にいかに深く潜行し、もうひとつの生を生かしてもらい、もうひとつの視座を獲得するかが大切なのだと思わせられる(時に浅すぎて、こちらの意図が叶えられないものがあっても)。自分にとっての「読む価値」を確認し、喜びがあふれてくる。そういう描写である。
ふと、何かがかたりと音を立てる。寝床から這い出していって見るまでもない程度の音だ。しかし、魔法のような描写につづけて侵されているところであるから、確かめたい気にはかなりなっている。
玄関の扉を開けると、そこには腹をすかせたやせっぽちのこぎつねが立っているのではなかろうか。そのきつねは、本当は人間の男の子に化けて私の家を訪ねたかったに違いない。でも、あんまりお腹がすきすぎて、化けるための力が残っていなかった。あの音は、こぎつねが尻尾で私にノックをした音ではなかったか。
本書は、現代の中国文学界を代表する作家である莫言自身が、中国で出版された全3巻『莫言小説精短系列』という短編小説精選より、日本の読者のためにさらに選び出した14篇を編んだアンソロジーである。
川端康成『雪国』の描写の一節がきっかけで、「高密県東北郷」という莫言専属の文学領土が生まれた旨、巻頭言が付されている。ある作家が書いた短い描写が、文学史に残る偉大な作家の拠って立つ領土を作り上げてしまう。文学や芸術作品というものは、そのように人の原型に揺さぶりをかけ得る「かけら」を秘めたものなのだろう。それこそが本物なのだと言い切ってしまうこともできはするが…。
さらに巻末には、米国スタンフォード大に招聘された折の講演「飢餓と孤独がわが創作の原点である」も収められている。中途半端だが、最後の部分を引く。
「〜奥底を流れているのは同じ一つのものです。それは、飢餓に追い詰められた子供のすばらしい生活に対する憧れなのです」(257P)
腹をすかしたこぎつねのようだった少年が、作家になれば腹いっぱい食べられると聞かされて創作を始めた経緯が、つつましやかな口調で語られている。
ここにある小説は、ペンネーム「言う莫(なか)れ」が表しているように、何から何まで語り尽くし物語をまとめ上げるような真似はされていない。働くこと、食べること、睦みあうこと、遊ぶこと、思いを抱くこと——言葉の魔術は作用しているものの、生の区切られた時間だけが、小説的真実として、ただ生き生きとうごめいている。
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