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紙の本
明治維新のエンサイクロペディア「特命全権大使欧米回覧実記」
2017/10/31 18:21
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:親譲りの無鉄砲 - この投稿者のレビュー一覧を見る
以前、団伊玖磨が或るTV番組に出演した際、祖父団琢磨が岩倉使節団に同行して米国留学した時に発給された旅券を披露した。そこに「観光」という文字が大書されており、印象に残った。これは単なる物見遊山ではなく、遅れた東洋の島国から西洋文明という「光」を視察(学び)に行くことを意味していのだろう、とのことだった。よく言及されるが、東洋の社会倫理規範であった儒教の経書「大学」は、儒者の修得すべき心得として、明明徳・親民・止於至善の三綱領と格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下の八条目が掲げる。しかし格物・致知には全く説明がなく後世の議論の的になった。結局儒学ではその概念の本質に迫ることは出来なかったが、一方西洋では(格物致知に相当する)実証主義的科学が発達し、新しい自然観とそれに基づく社会が形成されるようになった。それは産業革命として19世紀初期には産業構造を中心に劇的に社会を変えた。西洋に遅れることその差40年、明治の人々は怯むことなく前向きにその光を求めた。
岩倉使節は不平等条約改正の悲願も付託されており、結局こちらは不調に終わったが、一方「観光」の方は実り多かった。そして大使随行として久米武邦(元佐賀藩士)らの見聞を編纂したものが、公式報告書「特命全権大使欧米回覧実記」である。この実記の文庫本化を行った田中彰自身がこれをコンパクトかつ的確にまとめて近代日本における西洋と東洋の出会いについて解説したのが本書である。福沢諭吉、中江兆民と久米の視点の違いを比較するなど、本書ならではの論点も興味深い。著者は政治、教育、資本主義システム、科学・文化等の様々な観点にわたり丁寧に整理する。男女交際の実態への驚き、近代の流通・運輸の本質を車輪動力の使用と道路整備であることを指摘(数値的に道路の舗装状態による車両の抵抗力の違いを示す)、海洋航路の要衝であったスエズ運河を開通したフランス人技師レセップスに対して捧げた讃嘆、崩壊の跡生々しいパリ市街を間近にした時のパリコミューンに対する冷めた眼差し、ロンドンの黒く汚染された空気が健康に深刻な害を及ぼすことに鑑み自然との共生思想・環境保全が国にとって重要であることを早くに認識していたこと、手話、点字教育といった身障者向けの手厚い教育への注目(社会福祉への開眼)等、興味深い箇所は枚挙にいとまがない。(なお不平等条約が解消されるには憲法制定が必要という認識も出つつあったが、憲法の記述はない。)実記は久米の思想や主張も色濃く反映する。欧米の政治家の質は高くない、文明国は草莽に豊富な人材を抱え、新聞等の通信・ジャーナリズム等はじめ社会発展に寄与して国力を高める、といった指摘もユニークだ。
一方、実政策上に久米の提言が採用されなかった点は注目である。例えば、理系脳の福沢が洋へのキャッチアップを優先するため脱亜・大国指向となるのに対し(結局こちらが主流)、徒に大国化を目指さずとも小国でも国の繁栄が可能であると久米はいい、スイスやスウェーデンのあり方を評価する。また商業は大平時の武力に依らない戦争とし、勝つ為に自主の精神を涵養する自由教育の重要性、貿易の重視の経済政策を唱える。結局、副使木戸文部卿下で制定された地方の実情に即す自由教育令は、中央集権化の方針により改変され、また内殖産興業が重視される分、貿易振興は軽視された。さらに富国強兵主義により、小国主義は顧みられることなく植民地獲得のため外地を目指す。環境保全等のエコロジカルな観点も目先の産業振興の前には無視されるようになる。久米の思想に進取性がある分、今読んでも残念に思う。
紙の本
西洋から学んだもの、排除したものは何か?
2004/04/25 08:17
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:未来自由 - この投稿者のレビュー一覧を見る
明治初年、2年近い欧米視察の旅を続けた「岩倉使節団」。その公的な報告書である『欧米回覧実記』を読み解き、その経験から何を受け止め、何を排除していったのかを浮き彫りにしようとする力作。
岩倉具視を中心に木戸孝允、大久保利通、伊藤博文などの使節団。明治維新以後の政府の一員として著名な各人である。この使節団は、何を見、何を学んできたのか。
『欧米回覧実記』原本を見たわけではないが、本書を読んだだけでも、多岐にわたる見聞、視察をしたことがわかる。
ホテル・ビル・下水道、道路や鉄道・運河、明治初年の日本には無い近代化。資本主義のシステムや政治、教育、科学と文化。本当に多岐にわたる。
本書は、これらの視察の結果、日本政府が行ったこと、排除したことを描くことによって、使節団の報告とその後の日本を描いている。
多くの点で鋭い洞察力を発揮し、その指摘に共感する。
とくに、ジャーナリズムの役割に対する問題意識は鋭い。『実記』は、「新聞人には大統領とも雌雄を争うような人物が出る、と断言して憚らない」。そして、その「筆鋒の勢力は、百万の兵にすぐ」と指摘する。
使節団帰国後、「新聞や言論の自由など」「つぎつぎに手をうった」と分析。新聞や言論の自由の力を知った政府は、いち早く新聞・言論の自由を奪ったのである。
言論の自由の奪われたところに民主主義はない。ここに近代日本が戦争の道に踏み出すにあたっての出発点ともいえる問題点があるのではないだろうか。
本書はまた、『実記』と同じく西欧に学んだ福沢諭吉、中江兆民との比較をしている。
それなりに有効な論点であり、東洋のルソーといわれた中江兆民との比較には妥当性を感じた。
しかし、福沢諭吉を徹底した平等主義者だったと描く視点には納得できない。たしかに福沢諭吉は『学問のすすめ』の中で平等をうたった。だが徹底した平等主義者ではなかった。
日本の朝鮮併合問題で、人間的に劣る朝鮮人を日本国の傘下にするのは当然のことと考えた福沢諭吉をとうてい平等主義者とはいえない。
このことを除いては、ずいぶん学ぶことの多い書であった。
私たちは、過去の歴史や他国の経験にも真摯に学び、明るい未来をつくるためにこそ、その知識を生かすことが必要である。
このことをあらためて考えさせてくれる本であった。
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