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バッハ研究の概要と現在の研究内容(と言っても1990年代の状況ですが)について考察した本。研究成果が判りやすく紹介されていて、大変興味深かった。
内容は、バッハ研究の現状(資料や楽譜等の研究)、演奏習慣、偽作の問題など多岐にわたり、最新の研究成果と研究者としての著者自身の成果も併せて紹介している。特にバッハファンにはお馴染みの『フーガの技法』の謎解き、『ロ短調ミサ曲』完成までの考察が面白かった。未完成で終わった『フーガの技法』は、以前はバッハ最後の作品として認知されていたが、紙の透かしや筆跡、譜面の状況から検討した結果、彼の死よりももっと早い時期に書かれたものであることが判った。『フーガの技法』を初めて聴いた時、バッハがこの曲を未完のまま無念の想いで筆を置いたと思っていたので、この結果にはやや残念な感じもあったけれど、その代わり有名な『ロ短調ミサ曲』が最後の作品とされたことには納得できた。この曲は、バッハの集大成に相応しいし、著者も同様のことを述べている。
研究ポイントのひとつである作曲時期の決定には、時代背景や演奏記録の他、記録に残るあらゆるものー例えば、譜面上の筆跡や書き方、作品の様式等から推定できるようだ。筆者は現代の様々なバッハ研究者の意見を紹介し、彼らの意見への賛否も含めて自説を紹介している。ただ説明にあたっては、バッハの譜面等の比較事例も多く提示されているが、自分のような音楽の基礎知識のない読者にとっては、やや判りにくい部分もあった。それでも筆者の考察は明快で、音楽を聴くだけでは判らないバッハの真の姿を知る事ができて、大変楽しめた。バッハの作品を鑑賞したら、このような本で一歩踏み込んで理解を深めるのも良いと思う。