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紙の本
復讐者としての「歴史」
2007/01/21 16:01
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:唐賢士 - この投稿者のレビュー一覧を見る
本作は、東南アジア最大のイスラム教徒を抱える多民族国家であり、オランダによるかつての植民地支配の残滓である無根拠な国境設定が今なお傷跡として残り、その結果としての諸島部における相次ぐ独立闘争と国内の宗教対立による絶え間のない小規模紛争とを、宿命的な「病」として抱え込んだインドネシアを舞台とした作品。
端的に言って本作の妙味は、アンボン島周辺を舞台として、多民族国家インドネシアを代表する複数の宗教・民族に焦点をしぼり、多民族が共存してきた穏やかな東南アジアの風景が、小事件を積み重ねつつ社会が少しずつ崩壊していく微かな違和感を増幅させながら、誰もがなぜそうなったかハッキリとは説明できないままに、「いつの間にか」血で血を洗う凄まじい殺戮抗争へと日常生活が変容していく、その「過程」をたんねんに描ききった「他集団同時進行」(イスラム・キリスト教・華人の三集団)のストーリーテリングにあるのではないかと感じた。
本作を読了することで読者は、これまで数多くの紛争地帯を取材し、その歴史を学び、多くの作品を仕上げてきた作家・船戸与一の想像力を借りながら、なぜこのような凄惨な他民族間・宗教間の紛争が起こるのか、それも時として外部からは「突如として」勃発したかのように見えるのかについて、このような紛争の経験をほとんど持ってこなかった日本人には分かりにくいであろう、多民族社会の日常とその崩壊のディティールにまでわたって、多少の理解を得ることができるように思う。
また、本作のもう一つのポイントとして、本作が単純にイスラム・キリスト教間の紛争を作品としてたんねんに追跡・再構築したというだけであれば、ただの「よく出来たルポルタージュ」の域を脱していない「現実の後追い」小説に終わりかねないところではあるのだが、歴史と叛乱と暴力についてこれまで自作を通じて独自の考察を展開してきた船戸は、イスラム過激派のカリスマ的指導者を装いながら実際にはいかなる宗教・信条も持たず、純粋な「テロのためのテロ」を画策することで紛争を次々に拡大させていくテロリスト・ファウジを、「民族も宗教も越えたひたすらなる破壊への渇望」の象徴として活躍させることで、冷戦後に頻発してきた宗教・民族紛争の「次の段階」としての、犯罪と破壊活動が混淆し、もはやそれ自体が目的と化した「テロルの日常化」という事態に対する予言となっている点は注目すべきであろう。
本作を読了して最後に感じたのは、決して物語の主役でも本筋でもないのだが、日本人である読者に興味を持続させる「隠し味」としての日本・日本人が東南アジアに落とす影の絶妙なリアルさであり、本作に登場する、インドネシアに派遣された老齢の漁業指導者でありながら現地の少女と出来心の関係を持ってしまったばかりに、何の主体性も意志も発揮できないままインドネシア情報機関とCIAにひたすら利用され続ける準主役の日本人などは、かつての船戸作品に登場してきた超人的な破壊工作者であった日本人像に比べて、日本人として読んでいて実に腑に落ちる絶妙な「不甲斐なさ」であると同時に、人物造詣の完成度という点で言えば高まっていることは否定できないであろう。
今後も、船戸作品における日本人像の変遷には注目していきたいところである。
紙の本
ロシア・北オセチヤ共和国の学校占拠テロによる死者は330人を超えるという。チェチェン独立運動の武装勢力による犯行と見られており、イスラム原理主義過激派の関与が取りざたされている
2004/09/06 17:39
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
強大国による圧制とマイノリティーの独立運動、異民族、異文化の摩擦、さらに先鋭化する宗教対立、複雑に交錯する諸外国の利害、そしてイスラム原理主義過激派によるテロ活動など背景を共通する内乱が地球上のいたるところで勃発している。人間のあらゆる英知、努力をもってしても抗い難いその悲惨の連鎖は破壊の神々の降臨そのものなのだろうか。
この作品がそうである。船戸与一『降臨の群れ』はインドネシア共和国アンポン島で現在進行中の複雑な内乱を小説化した作品である。
近接する地域に知識のない私としては手近にある資料で小当たりしてみる。
インドネシア共和国。戦後、オランダ、ポルトガルの植民支配から独立し、民族主義の政権下にあるが、伝統、習慣、言語、宗教が異なる各地ではいくつもの分離独立運動がおこり、また宗教戦争、イスラム原理主義の浸透に影響された内乱が頻発している現状にある。
マルク州アンボン島について現時点の外務省ホームページによると
「マルク州ではかねてよりマルク地域のインドネシアからの独立を目指す『マルク主権戦線ー南マルク共和国(RMS)』と称する一部分離主義者の散発的かつ小規模な活動が見られていました。(4月25日国旗掲揚行事が行われたことから、治安当局は分離主義運動メンバーを逮捕)分離主義者支持派グループとインドネシア支持派住民との衝突がエスカレートし、市内の随所で民家やホテル等が放火されたり銃撃等により多数の死傷者が出る事態となっています。治安当局は治安部隊を増派し事態の収拾に努めていますが、事態は依然として緊迫しています」と目下の緊張状態を告げている。
別な資料によるとこの地域の現地人はオランダ支配時代にキリスト教に改宗し、アンボン市の人口は現在31万1000人。うちプロテスタント系キリスト教徒52%、カトリック系キリスト教徒6%で、残り42%を占めるイスラム教徒は、ほとんどがスラウェシなどからの移民。分離独立派はプロテスタントであり、この対立はプロテスタントとイスラム教徒の宗教戦争でもある。
予備知識を得ると船戸がこの国の戦後の内乱史を手際よく整理はしていることがわかり、この作品の持つ迫真性がより強く伝わってくる。ただ、紛争の原因や背景の本質に迫ろうとする姿勢がないこともわかる。プロテスタントとイスラム教徒の殺し合い。身内を殺されたもの同士がその憎しみを増幅させ次の殺戮へと連鎖反応していく。分離独立の意義もイスラムの教義もまるで無知な若者が巻き込まれていく。自己喪失の日本人主人公もまた否応なく巻き込まれていく。その非情さをやりきれないタッチで叙述しているのだが………。それだけの作品でしかないように思えた。
この憎悪と殺戮のスパイラル的増殖をあおり立てるのがテロリストであり武器商人や軍部腐敗分子たちの狂気であるといいたいのだろうか。まさかこの連鎖を断ち切ろうとしているのが民族主義政府の諜報員であり、アメリカの工作員だと言いたいわけではあるまい。現在進行形の国際紛争を小説化することはそれだけ難しいのだろう。因果はなお不明なことだらけであり、しかも事態は小説家がうかつに創造力で変えることができない現実の重みがある。そしてその事実がフィクションよりもセンセーショナルであるからなおさらだ。
人物像が書き切れていない。アメリカとインドネシアのそれぞれの情報工作員がそうであり特に国際協力事業団から派遣された日本人主人公にいたっては存在感がない。それは船戸の「埒外にある日本人」に対する揶揄なのかもしれないが私には現実に圧倒され身動きできなくなった船戸自身の自嘲であるかのように思われてならない。
見果てぬ夢であってもいい、カンボジアの内乱の中で人身売買の組織と戦う、あるいは識字率の向上に身を挺する、『夢は荒れ野を』に登場させた男たちのロマンには情感あふれる本物の船戸節があったはずだ。
紙の本
インドネシアにおけるイスラム教徒とキリスト教徒の闘い
2004/07/19 02:23
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:格 - この投稿者のレビュー一覧を見る
舞台はインドネシア東方の小さな島,アンボン島.時は2002年雨期.前年にアメリカ・ニューヨークへのアルカイーダによるテロから,アメリカはイラクへの攻撃をねらい,そこから,イスラム教徒の脱出が始まっている.インドネシア経由オーストラリア行きが多い.全体でもインドネシアでは9割がイスラム教徒であるが,ここアンボン島では,イスラムとキリスト教徒プロテスタントの人口は拮抗している.攻勢を強めるイスラムに対し,反発するプロテスタント.そこにビジネスを第一とする華僑の動きが殺人を呼び,恋人や,家族を殺し合う.さらに,インドネシアの軍隊の汚職と武器横流し,さらに,旧日本軍の隠したものまでが絡み,力と力の全面的ぶつかりあいに向かって走っていく.
一応,主人公は日本人の笹沢浩平61歳,国際協力事業団のメンバーでインドネシアの別の島で海老の養殖の指導者をしている.インドネシア国軍とCIAに弱みを握られ,ある任務を帯びてアンボン島にやってくるのだが,昔の日本軍の隠したものに関連するぐらいで,本筋とは関係ない.あくまで中心は,イスラム教徒とプロテスタントの闘いであろう.
宗教の違いは,自治権を確立するまで相いれないものなのか.ほとんど無宗教の日本人には理解しがたいものがあるが,ここで描かれる殺人の連鎖は致し方ないとさえ,思えるもの.それにしてもイスラムとプロテスタントの闘いは世界中に広がっていくのか.単にイラクとアメリカの闘いにとどまらない.そんなことを考えさせてくれる.
しかし,エンターテインメント小説としては,淡々と事件を追っていくだけで,ちょっと退屈.
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