紙の本
漂泊者。
2004/09/07 20:40
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投稿者:ソネアキラ - この投稿者のレビュー一覧を見る
「島」という響きも素敵だが、「半島」という言葉も好きな言葉の一つだ。陸と海の間に位置し、道路も線路も先端で行き止まりとなる。山あり、渓谷あり。リアス式海岸だったら、天然の入江が良好の港となって、西の方だったら水軍の伝説やら、中国との密貿易だの、いわれがある。海にすぐ山が迫って、滝なんかもあって、修験者が打たれていたりして。富士山と同じコニーデ式の火山があって、なんとか富士と呼ばれてて、霊験あらかたな温泉が湧出しているといい。
って長い枕なんだけど、『半島』を読んだ。
主人公は、商社マンから大学の教師になった、いわば根無し草の男。大学は学園紛争でイヤになり、以前訪れたことのある半島を再訪する。そこで出会う土地の人々。老人から偶然、彼が教えたことのあるUターンした若者。魅力的なタイレストランの中国人の若い女性。彼女が面倒をみている中国人の子どもたち。
行き止まりの場所へ来て、男は、かつて海外放浪していたのと同じ感覚でエトランジェとして、あてのない暮らしを愉しむ。今後の身の振り方を考えに来たというのが名目だが、ずぶずぶと自堕落な日々にご満悦の様子。
旅行や出張などで知らない町を歩くと、わくわくする、あの感じ。やがて中国人の娘とのっぴきならない関係になる。うらぶれた町、さびれた半島なのだが、目を凝らしてみると、そこには堆積された時の重みやしがらみ、光を当てたくない禁忌があり、なかなかどうして奥が深い。
男は夜な夜な酩酊しては、幻想に溺れ、幻想かと思える光景が現実だったりする。中でも廃坑をトロッコで走る光景は、ディズニーシーのセンター・オブ・ジ・アース、さながら。日本のようで日本でない無国籍感が心地よい。
たぶん、主人公とほぼ同世代であるぼくにとっても、この半島は作者が述べるところの「桃源境」である。換言するならサンクチュアリであり、アジールだ。
アラビア語で半島は「ジャジーラ」という。そう、アルジャジーラのジャジーラ。
やがて男はここが自分の居場所でないことを思い知らされ、半島を去る。次の「桃源郷」を探しに。そんなところがないことは先般、承知しているけど。
ま、確かにステロタイプな人物造型で、ご都合主義的な筋かもしれないけど、それはそれで。デキのいい劇画を読むような気分、あるいはATG映画を見ているような心持ちで読むことができた。
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日常と非日常。ここは主人公迫村にとって非日常だが、周囲の人間にとっては日常。話は淡々と進んでいく。なんとなく、境界の世界を感じさせる。遠く異国へ旅をしていたときに感じた感覚を思い出した。視点は現代小説ながら、一昔前の、純文学的でもある。
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瀬戸内海に面する架空の街・S市の、南に突き出した小さな半島が舞台である。
大学を退職し迫村がふと昔を思い出して訪れ、しばしの住処とするところから物語ははじまる。
S市の中心部と繋がる橋を渡ってしまえば、半島はあるところから時間が止まったような佇まいをみせる。一見するとうらぶれた静か過ぎるほどの場所である。
しかし知るほどに 混沌に迷いこんだような 不可思議な心持ちにさせられるのである。
それは喩えて言うならば、遊園地のお化け屋敷のような平面では捉えられないような不思議さのようなものであろうか。
この半島で迫村が経験したこと自体が、現実のことなのか それとも 人生の一時期――進むことも戻ることもできず、足もとが心もとなくなるような――の拠り所をどこに求めていいのか戸惑う不安定な心持ちが描き出した幻想なのか、それさえも判然としなくて 幾重にも不可思議さが重なったような一冊だった。
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地理的に隔離され、現実から浮きあがった不思議な世界。そして、そこに?生息?する人々。安部公房の『砂の女』を思い出した。手前の駅、川の向こう側、もしくは道路の向こう側でもいい。ちょっと足をのばすだけで我々も同じような体験ができるかもしれない。
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私の評価基準
☆☆☆☆☆ 最高 すごくおもしろい ぜひおすすめ 保存版
☆☆☆☆ すごくおもしろい おすすめ 再読するかも
☆☆☆ おもしろい 気が向いたらどうぞ
☆☆ 普通 時間があれば
☆ つまらない もしくは趣味が合わない
2012.9.2読了
小説は、物語それ自身がおもしろいかどうかと、その小説ならではの雰囲気をもっているか、その世界を作り上げているかが大切だと、ミステリーのレビューでは、いつもそう書いているが、たぶん、ミステリーではないこの作品を読みながら、やはり同じことを思っていた。
この小説では、物語のおもしろさは、何ほどのこともなく、作者自身もそのことは、あまり気にかけているわけでは無いのだろう。
しかし、その小説世界を構築することにかけては、余程、注力されていて、そして、洗練されている。
そのため、それほど読みやすい文体ではないが、しばらく読んでいるとスッとS市の半島の中に引き込まれ、その暗い道や通路を歩いていることに気付く。
そして、その物理的な位置、それは町の中の位置や建物の中の位置、または時間軸上の位置をすごく巧みに操っていて、何時の間にか、妖の世界に足を踏み入れている。
それは、あたかも作品の中に書かれているお化け屋敷の見世物小屋、それもうんと高級なやつに入って見たようだ。そこには、さすがに高級な仕掛けや上質な陳列物が置かれていて、かすかな酔いにも似た心地が味わえ、それなりに楽しめる
しかし、読後には、やはりお化け屋敷を出た後と同じような感慨しか残らないのが、少し惜しまれる。
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30代以降の中高年のための童話。詩人でもある著者らしく、時に妖しげに美しい描写がある。単行本の装丁は名品。近年にないでき。
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仕事を辞めて東京を離れた男が、半島にやってくる。のどかな静かな街と見える。
しかし、主人公の様々なイメージや妄想の中で夢とも現実ともつかない世界が広がる。
ものすごく面白い。次々とドアをくぐり、さまざまなイメージに翻弄される。
読後感は、幸福。こんな本が読めるなんて。
ポールラファージの失踪者たちの画家にも似た愉悦。
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「半島」(松浦寿輝)を読んだ。
これは良いな。
胎内くぐりめいた隘路であったり、黄泉比良坂めいた下り坂であったりを辿り、そうして行き着いた異界の朧げな時間を呼吸した主人公が再び現実に戻る時、そしてそれが度重なるうちに、微妙にブレが生じていく。
そもそも『現実』というその瞬間こそが容易く移ろう仮初の事象に過ぎないのであるわけで、まあそれ故に貴重で美しくすらあるとも言えるが。
この仄暗く謎めいた半島の密やかな日常に溶け込み、"あわあわ"とした存在のまま齢を重ねるその時間の流れに心惹かれる私である。
どれも一筋縄ではいかない愉快でもありグロテスクでもある寓話が積み重なった快作(怪作)であった。
最後に印象的だった文章をひとつだけ引く。
『横ざまに倒れこんだ姿勢のまま手足を引きつけて胎児のように軀を丸め、その格好でずいぶん長いことじっとしていた。魂というのはきっと丸い形をしているんだろうなという脈絡のない思いがふと浮かんだ。』(本文より)