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紙の本
清張初期の大衆時代小説 ストーリーはやや間延びしているが 江戸のこもごもの仔細な情景描写に魅了される
2010/10/11 16:57
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
『かげろう絵図』は昭和33年~34年に「東京新聞」に連載された清張初期の長編時代小説である。初めて読む作品だが森村誠一『悪道』に物足りなさを感じたところで手に取った。
寛政から文化・文政、天保と長期政権を執った十一代将軍徳川家斉は将軍の座を家慶に譲った後も引き続き大御所として権力の座にあった。
政務を忘れ遊蕩におぼれるこの暗愚の大御所を牛耳っているのが向島に隠居する中野石翁と彼に取り入る水野美濃守らのグループである。家斉が寵愛するお美代の方は石翁の養女であり、石翁は大奥という裏舞台にある権力をコントロールすることで諸大名や有力武家への人事権その他を一手に掌握している。彼らから受け取る膨大な賄賂で贅沢三昧の日々をおくっている。
そしてこの腐敗政治に鉄槌をくだそうと老中水野越前守忠邦(やがて天保の改革の立役者)をトップにする脇坂淡路守、島田又左衛門らのクーデター派を対立させる。実際のストーリーは幕政には無関心で市井に起居する青年武士・島田新之助と彼を支える謡の師匠で粋筋の豊春姐さん、貧乏人からは金を取らない医師・良庵ら庶民派の善人グループが勇敢にも巨悪・石翁の奸計に立ち向かっていくという簡素な筋立てである。
半世紀以上も前の作品である。最近でもテレビドラマや映画でいわゆる大奥ものが時々ヒットするが、この作品はもしかしたら大奥もののはしりなのではないだろうか。女の世界に男が絡み野心、嫉妬、色欲、痴情が絢爛として渦巻く。これはこれで見せ場があるのだが、昭和30年代ならともかく、大奥ものになれた今読むと、平板で新鮮味にかけるのはやむをえない。特に情交シーンなどはむしろ滑稽である。
又最近の時代小説はスピード感があって、ドンデンガエシの連続、迫力ある殺陣、複雑な謎解きが主流であるから、その風潮に馴染んだものにとっては物足りなさを感じる。
清張であるなら当時の統治体制に現代政界の闇を重ねたメッセージがこめられているはずなのだが、面白いことにそういう鋭角の視点はないように思える。
清張らしさはラストのシーンにあった。
医師・良庵が石翁一味を排除し新体制ができたのは貴方の力だとヒーロー・島田新之助の功績を賞賛するシーンがある。これに対し新之助は石翁たちの大屋台をひっくり返したのは個人の力ではないと応える。
「おれもすこしは何かをしたかもしれぬ。なに、そんな人間の一人一人の働きなんざしれたもんだ。そんなもんで公儀の大きな仕組みが変わる訳はない。人間の力ではどうにもならぬ別の仕組みが、ひっくり返すのだ。」
ここに、いかにも清張らしい史観が立ち現れている。
のんびりしたストーリー展開に見えるのは江戸城要所の豪華絢爛の情景が詳細に述べられているからなのだ。関心のあるものにはこたえられない楽しさを見出すことができる。将軍の寝所、大奥の詳細、慣習、決まり事、服装、調度、庭園、など文献を丹念に収集・分析した結果が表れており、それが物語と調和して完成されている。そして向島界隈を中心とする江戸の町々のディテールに目を見張る。そこには江戸の色と匂いとざわめきがいきいきと描かれている。私は向島周辺の散策をなんどかやったことがあるが、この本を読んでもういちどあのあたりに足を運びたくなった。
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