紙の本
周辺人物が語る「英雄」
2022/04/17 10:39
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Koukun - この投稿者のレビュー一覧を見る
主人公を描く際に直接語ったり 描き出したりするのではなく、周辺人物の証言から主人公の人物像を浮かび上がらせてゆく という手法を取っている。この手法はアルキビアデスのように毀誉褒貶が激しい人物を描く場合に非常に効果的である。この作品はその典型例であると感じた。
投稿元:
レビューを見る
ローズマリー・サトクリフ若かりし頃の渾身の作品。
アルキビアデスがこれほど華麗な人生を送った人物だったとは…
毀誉褒貶する矛盾の多い人生にある筋を通すため、当時の状況を推理し、カリスマ性のある特異な性格を入念に描いています。
世に名高い人物が唯一信頼出来たのは若い頃からの腹心の酔いどれの航海長というのも泣かせます。
遊び女として登場したティマンドラは騎馬民族の出で少年のように馬を駆る颯爽とした女性。最後まで一途な愛を捧げます。
激動の時代を色々な視点から描き、参戦することもなかった穏やかな一市民の見たアテナイの衰退など、最後は万感胸に迫ります。
投稿元:
レビューを見る
歴史小説にしては臨場感があると思います。嗅覚にうったえる描写が印象的で、リアリティーが増します。
ティマンドラの勇気に満ちた愛が素敵。市民ティモティオスの語りではじまり、ティモティオスで終わったところがアテナイの生活の余韻にひたれて良かったです。
投稿元:
レビューを見る
ペロポネソス戦争という言葉そのものは、世界史の教科書などでお目にかかった事があるはずだ。
おそらく、第一次と第二次があった事もそこには書かれていただろう。
しかし、日本の教科書というのはとても中立的であるし、さほどそのあたりの時代には重きを置いていないので、その詳細については語られない。
せいぜい、ギリシャ(都市国家のよせあつめ、ありは同盟)がペルシャと戦った、という程度だろうと思う。
しかし、一行程度に要約するなら、第一次は陸軍のぶつkりあいであって、多分こちらの方が有名だろうという事かな。
第二次の方の詳細は、恥ずかしながらほとんど私は知らなかった。
事実上、アテナイとスパルタの戦いであり、アテナイが海軍国に対してスパルタが陸軍国である。うん、このあたりまでは良い。
ではどこで戦っていたんだろう?
……舞台は海だったのだ。
私は子供の頃から陸軍より海軍が好きだったので、おおmね古代から現代まで、海の方に比重をかけて古典も小節も読んできたつもりだったが、これは盲点だった。
大好きなサトクリフであるのに、(おそらくは日本でマイナーな、以上のような舞台を扱っているために)近年まで訳されなかったというのも原因だったと思う。
海、海、海。
エーゲ海(あれですよ、ジブリアニメでいうと『紅の豚』ですよ)と、これまた日本人にはさらに馴染みが薄い黒海沿岸で物語は展開される。
めくるめく、古代の開戦が、これでもかとリアリスティックに展開される。
全国の海軍ファンに全力でお勧めしたい!
……凄いですよ。
なんといっても、サトクリフといえば、その歴史考証はもの凄いのだ。
あたかもその場にいるかのように、五官を刺激する文章で、良いことも悪いことも克明に描き出しているのだ。
ところでこの物語が長く日本に紹介されなかった原因はもうひとつあると思う。
それは、物語がアドニスの葬送に始まり、アッティスのそれに終わる、という点だ。
民俗学の好きな手合いならば、ここで『金枝篇』? と連想すると思う。事実そうである事はサトクリフがあとがきで述べている。
ギリシャ神話は好きだよ~、というのなら、ああ、アドニスってアポロが愛した美少年で、アポロが投げた円盤(陸上競技の、あれね)が頭にぶつかる事故で亡くなったんだよね。
というくらいはすぐに思い出せるはずだ。
『金枝篇』によれば、アッティスもアドニスも植物神であるそうだ。
すなわち、神に愛されt少年であり、不慮の事故などで若いうちに落命し、その血がこぼれたところから、花が咲いた。
アドニスから生まれたのがアネモネで、アッティスの方は菫。色の濃い菫だと本作のン中で語られる。
こうして死んでしまい、その「血」という生命力の象徴が大地にまかれる事で、大地の繁殖力を回復させるという信仰がそこには、ある。
作中で、アドニスの祭は女性によって行われること、アッティスの方は奴隷たちが祝うもの(というか、おそらくはペルシャの奴隷にされていた黒海沿岸の人々のもの)となってい��。
このような植物神は『金枝篇』によると、イエス・キリストもその一柱であると書かれている。
共通点をあげよう。
まずそのひとつに、植物神はしばしば、「樹上」にあげられる。
(イエスの場合はこれが十字架になっている。十字架は勿論木製だ)
そして、死して三日の後、女たちが墓を開いて見るとそこは空になっていて、植物神が復活した事を象徴すると。
『聖書』でも、確かに女たちが三日目にイエスの墓に行ってみるとそこは空であって、遺体を包む布だけがそこに落ちていたとされる。
あ、当時のユダヤでは、洞穴に遺体を安置して墓にしていた事が『聖書』のなかの様々な描写からわかります。
そんな、キリストにつながるアドニスやアッティスの祭によって始まり、そして終わる。
すなわちサトクリフは、暗にアルキピアデスも神々に愛された青年であり、植物神のひとりにたとえているだけでなく、「世の救済者」である事も示唆しているわけだ。
勿論、アルキピアデスはアテナイの人なので、アルキピアデスすなわちアテナイの救済者なのだが、イエスが出身地のガリラヤで預言者として容れられなかったように、アルキピアデスもたびたびアテナイに顔を背けられるのだ。
「アテナイは汝を愛し、憎んだ」
章題のひとつに掲げられたこの言葉が、物語全体を物語っているように思う。
日本では児童文学の大家というように紹介されるサトクリフであるけれども、本作は決して児童文学ではなく、完全に大人向けの作品で、かつ他の作品よりも長い。
事実上下巻となっており、しかも下巻の方が格段に重かった。物理的に。
サトクリフの作品といえば、前述した通りとてもリアリスティックであって、それは物語がハッピーエンドに終わる事を意味しない。
それゆえ、本作も終わりに近づくに従って、胸がふさがり、痛むのだが、うん、これこそがサトクリフの本領であえろう。
なるべく史実をもとに描かれ、史料となった古代ギリシャのさまざまな著作に登場するアルキピアデス像には齟齬するところがあり、それらはサトクリフが「このようであったろうか」と、ドラマ性をもって語っている。うん、このあたりは日本の歴史小説でもしばしばある事だろう。
そこを加味しても、とても死亡率の高い物語でもある。
「アテナイは汝を愛し、憎んだ」
この言葉を通じて、単に歴史的な事実であるだけではなく、古代ギリシャのさまざまな恋愛観もまた描かれている。
投稿元:
レビューを見る
原題の「The flower of Adonis」が意味深でかっこよくて良いな。
日本だとピンと来ないか。
私も「英雄アルキビアデス」となかったら目に留まらなかったかもしれない。
アテナイがぼろぼろで戦争物の面白さはもはやあまりない。
あくまでこれは戦記でなく物語なのだ。
登場人物が語るアルキビアデスと過ごした時間たちが戦争を終わらせていく。
鮮やかすぎる赤の花に絡めたはじまりと終わりが、物語を強く印象づけていた。
不吉な赤と愛が沈み込んだ赤。
どちらも血を思わせるような暗い赤ながら、
戦争とは離れたところで濃い色を放つ。
戦いに生き壮絶な死を遂げると思っていた彼の
晩年の生活と最期が、穏やかに無為で彼らしくなく。
ギリシア神話の一端を見ているような読後感だった。
投稿元:
レビューを見る
ペロポネソス戦争後期の立役者の一人、アルキビアデースの物語。この人物の名前は、トゥーキュディディースの戦史、及びクセノポンのギリシア史に名前が出てくる。
トゥーキュディディース(作品中何度か名前が上がるが)もクセノポンも、このような不真面目な/巫山戯た人物は好みではないらしく(そりゃ、真面目な学者が好む人物ではない)、淡々とした描写の中でもあまり評価されているようには思えない。
しかし、ワルこそモテるが世の常であり、サトクリフも惚れ込んでいるのがよく分かる(この辺、塩野七生がシーザーにゾッコンなのに似ているかもしれない)。
作品はアルキビアデースに関わる人物達の語りで話が進められ、外から見た人物像でしかわからないが、その奥深くに、アルキビアデースの本質が垣間見える仕組みになっている。そして男女とも皆アルキビアデースに大なり小なり惚れ込んでいる。
ワルの危うさに語り手たちと一緒にドキドキしながら読み進められる逸品。ただし、惜しむらくはペロポネソス戦争の知識がある程度必要となる点であろうか。