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紙の本
映画『黒部の太陽』の企画から完成までの苦難に満ちた道程を監督自らが余すところ無く描いた稀有なドキュメント!三船・石原・熊井の映画にかける熱い情熱が伝わって来る。
2005/03/07 23:02
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ブルース - この投稿者のレビュー一覧を見る
黒部には、今では、バスやマイカーなどで簡単に行けるが、黒部第四ダムが出来るまでは、この地は、ベテランの登山者だけが立ち入ることが出来た秘境であった。現在でも、第四ダムを訪れても、このような急峻な所に、これほどのダムを造ったものと驚嘆させられる。事実、このダムは、信濃大町側から黒部へ資材運搬の為に掘削されたトンネルが破砕帯にぶつかり未曾有の難工事となり、人知を結集してようやく完成している。
映画『黒部の太陽』は、その難工事の模様を描いているが、実際の工事同様、その企画から完成までは苦難の連続であった。本書は、監督の熊井啓が、自らの記憶・当時の資料・映画制作に携わった人たちへのインタビューを通じて映画作成の内幕を綴ったドキュメントである。
この本を読むと、一つの映画が出来上がるまでには紆余曲折を経ることが分かる。ましてや、映画会社にはよらない独自企画(企画者は三船・石原)、空前のスケール、豪華なキャスト、莫大な費用ともなれば、一つ一つの障害を乗り越えること自体至難の業と言える。ところが、意外なことに、この映画制作の最大の障害になったのは、そのようなことではなくて、当時の日本映画独特の「五社協定」であったという。「五社協定」とは、当時の日本映画会社ビッグ5の東宝・新東宝・大映・松竹・東映(後に、日活も加わる)の各社が相互に結んでいた協定で、本書の言葉を借りれば「五社とそれぞれに所属する芸術家・技術者との契約を五社が相互に尊重し、不公正・不公平な競争をしない」ということ。分かり易く言えば、各社間で有名俳優・新人俳優・監督の引き抜きは止めようということである。一見尤もらしい取り極めに見えるが、要は大手映画会社が俳優や監督を一定期間縛り付けておくことであり、この協定のために、映画会社を横断した意欲的な作品が企画の段階で立ち消えとなり、日本映画に計り知れない禍根を残したと言われている。
『黒部の太陽』は、五社協定を無視して企画された為に、三船・石原に映画会社から有形無形の圧力がかかり、当時まだ、監督作品が2つしか無かった熊井には、この映画を撮るなら、以後は一本も監督できないことになるなどと映画会社から恫喝が加えられたという。そのような将来の生活にも係わる恐れもものともせずに、一歩一歩障害を乗り越えて、映画を完成させたこの3人のパワーには圧倒させられる。とは言っても、この3人も時には迷い、時には逡巡し後退しながらも前へ進んで行ったことも率直に綴られている。この辺りの記述が、本書を単なる映画ドキュメントを越えた優れた読み物にしている。
本書は、映画が創られていく過程もつぶさに綴られている。演出面の記述が無いことは残念であるが、各シーンがいつどこで撮影されたか書かれていて、少しづつ映画が出来上がって行くのに立ち会っている臨場感がある。中でも、この映画のクライマックスとなる破砕帯大出水のシーンの撮影は、かなりの危険を伴うもので、その命がけの撮影について綴られた章は、関係者しか書けない迫力に満ちている。巻末には、映画のシナリオが完全収録されている。同時に、詳細な「スタッフ・キャスト一覧」も載せられていて、参考になる。
本書は、以上のように難産の末に映画が出来上がるまでの稀有な記録であり、人間ドラマとしても読み応えがある。映画ファンのみならず、多くの読者に自信を持って推薦できる熱き本である。
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