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紙の本

世界に想像する余地を

2005/09/25 01:59

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:後藤和智 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 平成17年9月13日、私は所謂「メイド喫茶」の先駆的存在である「メイリッシュ」という店に寄った。メイド喫茶の中ではどのようなシチュエーションが展開されるか、ということはあらかた想像していたのだが、いざ実際に店に入っていて、店員(メイド)に「お帰りなさいませ、御主人様」といわれたときにはさすがに戸惑ってしまった。私は少々気恥ずかしかったので、早めに昼食を済ませて退出したのだが、中にはメイドと楽しく会話をしている人もいた。
 メイド喫茶とは、食事のみならず、メイド(=店員)と「御主人様」(=客)という想像上の関係性を楽しむ場所でもあるのだが、昨今よく聞かれる「萌え」というものは想像上の存在や関係性に対する愛情や憧れであると思う。本書はそのような「萌え」の現在を報告する極めて良心的なルポルタージュである。
 私が思うに、本書の最大のキーポイントは、声優の清水愛氏のインタヴューにおけるこの発言に存在していると思う。
 《実在の人間だと、誰かの奥さんだったり彼女だったりとかするとすごく難しい恋愛になっちゃいますけど、キャラクターというものは、ひとりしかいないながらも、みんなの前にたくさんいる。……みんなが心のよりどころにすることができて、だれもそれをとがめない。……キャラクターはみんなに平等に愛情を伝えますから。それは「面白いなあ」と思います》(290ページ)
 要するに、キャラクターは万人に平等であるからこそ、万人が十人十色の想像をし、キャラクターとの関係性を作り上げていく。それは極めて創造的な行為である。本書では、アニメやゲームのキャラクターに関しては、(コスプレの商業的展開としての)メイド喫茶や、抱き枕、等身大のフィギュアが挙げられている。更に、実在の存在であるアイドルや声優にも触れられており、我が国におけるキャラクターの存在というものがいかに大きくなっているか、ということが一目でわかる。
 このような動向を、現実での関係性を失った「今時の若者」が陥る頽廃的な趣味であり、そのような「不健全な」関係性に没頭した若年層が、例えば少女が犠牲者となる性犯罪を起こすのだ、と言う偏見をマスコミで述べる人はいまだに多い。ならばそれらの人に問いたい。世界に想像する余地があってはいけないのか、と。「想像する余地」というのは本書第9章からの流用であるが、今・ここには存在しない世界に対する想像力というものが性犯罪を生み出す=現実にその「世界」を求める行為に出る、というのであれば、その想像力の乏しさ、あるいはその想像力が本来の方向に進んでいないことを問われなければならないはずであろう。
 昨今のキャラクター産業の盛り上がりで、キャラクター産業は経済戦略や国家戦略の分野で取り上げられることが多くなっている。だが本書は、あくまでそれを横に据えて、キャラクターとファンの関係性に主軸をおいている。どうして我が国のキャラクター産業が世界で受け入れられるのか、どうして「クール・ジャパン」などと呼ばれるのか。それは我が国に広がっているキャラクターと人間の関係性が世界に通用するようになっている、と考えるほかない。その点を忘れてはならない。
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