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紙の本
穿った見方もいいんじゃないか?
2010/04/01 10:57
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:空蝉 - この投稿者のレビュー一覧を見る
空の中、に続いて有川氏の作品だけあって、やっぱりSFチック・・・だけど、こちらはより現実味があった。
怪物云々よりも、全国規模で「ある大事件」が起こったときの、日本の脆弱さが浮き彫りになっているため緊迫感があり、穿った見方をすれば政治批判にもなるかもしれない。いや、面白い。
日本は今「平和」と自己防衛と、戦力の有無とでゆれている。いわゆる自衛隊をはじめ、戦力の保持が必要かどうかという問題だ。そんな状態だから、「何か」あっても結局日本は何も出来ない。決断できず、しどろもどろしている間に当の戦争は終わってしまう。とはいえ、戦力を持つことがイコール、いいこととは決していえないしそれはまた、別の問題だ。
例えば、もし日本にゴジラみたいのが現れたら、映画みたいに即、自衛隊がでてきてズドーンと撃つだろうか?発言の「ブレ」や求心力のなさを問われる今日の政治家にそんな大胆な決断が出来るとは思えない。本書にはそんな姿が浮き彫りになっている。いつだって総理も官僚も、お偉方は高いところで保身を第一に考えているだろう・・・。
そして国民もまた、危機意識が足りない。
「海の底」から突如押し寄せる巨大甲殻類が人を襲い、喰う。避難する人民、逃げ惑う人々。逃げ切れずに潜水艦に閉じこもった子供たちと乗組員2人の不安と不満と憤りの交錯するやり取り。外の世界では自体の収集に向けて、警察、陸軍・海軍・政府・大人たちとマスコミ・・・いろいろな視点でこれを描かれる。簡単に言えば、子供たちの成長物語だけれども、そういう周囲の大人たち(警察や自衛隊やマスコミすべてを含めて)の脆弱さがある意味強いのではないかとも思う。
でも、これは素直に前者の意味で面白く読ませていただいた。スカッとしたラスト。青春モノとさえいえる、すがすがしさ。次回作も期待!
紙の本
政治・人間・恋愛・そして巨大ザリガニ
2008/06/11 17:34
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:テオ・カロア - この投稿者のレビュー一覧を見る
一説には『塩の街』『空の中』そしてこの『海の底』で自衛隊三部作とも呼ばれる有川浩作品の海自編です。
今更言うまでも無くその完成度に定評のある有川浩という作家の作品、さすがの文章力である。
相当細かい設定が織り込まれているし、登場人物もかなり多数なのにしっかり物語が波打ちながら流れていく。お見事。
物語は、横須賀の海から人を食らう巨大ザリガニの群れが上陸したことで巻き起こるパニックが主軸である。
もっともここは怪獣が居て当たり前の世界では無い。当然、想定外の化け物の来襲に人々は騒然となる。犠牲者も大勢出る。
その描写は襲われるとか殺されるとかいう生易しいものではない。文字通り「食われる」のだ。
この辺り、人によっては嫌悪感で読めなくなる人も多いと思われるので先に注意しておく。生々しい描写があるので苦手な人は覚悟が必要だろう。
しかし、そういった事が苦手な人も最初の山を乗り越えれば大丈夫。
話の大半は有川浩お得意の政治と人間描写だからだ。
何故なら、この非常識な事態に直面しているのは極めて常識的な面々であり組織なのである。
怪獣が出ました。じゃあ戦車出して戦闘機出して戦艦と一緒にバンバン撃ちまくりましょう……なんて事には到底なり得ない。
ウルトラ警備隊なんかいない常識的な日本を舞台に、従来の常識で非常識な敵に立ち向かわされるのは――果たして警察であった。
本来人間相手に運用されるために組織された警察機動隊を、人を食う化け物相手に無理やり相手させればどうなるか……これが悲劇となる。
逆に言えば、何かあった時、現代日本において極めて慎重に運用されている自衛隊をいかに持ち出すか、が秘められた課題なのだろう。
実際、某全国紙で政治的観点から評価されたこともあるという。
ライトノベルと侮るべからず。この作品は真面目に現在の情勢を問いかけている。
また、作品を読んだ印象として、全体から大人の姿が匂ってくるのが魅力のひとつ。
他作でもその傾向があることから見て有川浩のポリシーなのだろう。
ここに出てくる海自隊員も警察官も陸自隊員も、職務に忠実で現実の難しさと戦う大人たちだ。如何にして事態を乗り越えていくか、自分の置かれた立場で苦闘する大人たちの姿が見られる作品である。
そんな追い詰められた状況から、痛快なひと言や打開策が飛び出してくる辺り、爽快だ。
これが、有川浩の作品が幅広い層に受け入れられている秘訣なのかもしれない。
ただ……難点がひとつ。
艦内での人間関係をひっかきまわしトラブルメーカーとなる中学3年の少年については…………年齢設定が少々辛いと思ってしまった。
いっくらなんでも中学3年を子どもに描きすぎである。
思春期と成長期の真っ只中である15歳の少年はここまで幼く母親に依存していない。ごく普通の中学生の自我がこの程度で収まるわけがない。
彼のとりまきである少年達も身近すぎる生活範囲から抜け出せていない事から、この設定だけが残念である。
恐らく閉鎖された人間関係から来る歪みを描きたかったと推察されるのだが……小学生ならまだしも、中学生にもなれば部活や趣味などで世界が広がり、その行動範囲は「クラスや団地のグループ」なんて枠には収まるものではない。
たぶん、これが小学6年辺りだったらしっくりしていただろうな、と思う。私は途中から勝手に「この子は小学生」と思って読んでいた。
だからこの点だけが残念で仕方ない。
それ以外では違和感も無く、有川浩の文章世界に引き込まれた。
作者の他の作品と比べて残酷なシーンがあるので少々面食らうかもしれないが、まぎれもなくこれは有川浩の実力作である。
なお、この『海の底』の番外編みたいな短編が『クジラの彼』に収録されている。登場人物の幅に惹かれた方はそちらも読んでみてはいかがだろうか。
『海の底』は大きく広げた風呂敷をしっかり包む、有川浩の筆力が遺憾なく発揮された作品である。
一読の価値があると言えるだろう。