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ガリヴァー旅行記 上 みんなのレビュー
- J.スウィフト (作), 坂井 晴彦 (訳), C.E.ブロック (画)
- 税込価格:770円(7pt)
- 出版社:福音館書店
- 発売日:2005/12/22
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文庫
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紙の本
人間とは、かくも醜悪な生き物か
2006/06/04 21:44
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:栗太郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
子どもの頃に読んだもので、記憶を探ってみてから、読み返してみた。記憶によれば、船医のガリヴァーが、「小人国」「巨人国」「飛ぶ国」「馬の国」に漂着し、その地で過ごすうちに、なんだか人間嫌いになってしまう話?
で、読み返してみた。ストーリーは、ほぼ記憶どおりだったのだが、こんなにも痛烈な皮肉に満ちた物語だったかと、驚いた。そして、描かれる人間がここまで醜悪だったかと。子どもの頃は、過激な思想部分や、エログロの部分はうまくカットされた子ども版を読み、物語の風変わりな面やハラハラドキドキの冒険面を、主に読んでいたのだろう。チクリチクリ、あるいはニヤリとするような風刺もあったが、実にオブラートに包んだ表現になっていたのだ。
今でこそ児童文学と位置づけられることが多い「ガリヴァー旅行記」だが、もともとは大人のためのもので、それを大人だけでなく子どもたちもまた大絶賛して受け入れた。児童文学史的にも、本書と「ロビンソン・クルーソー」の担う物は大きい。ということは知識としてあったが、本当に大人の読み物だと改めて思った。当時、子どものための文学というものはなく、この物語に子どもたちが飛びついたのは理解できるが、正直なところ私が親だったならば、原文のまま渡すのは大いにためらう内容だ。もうちょっと大人になってから読んで欲しいな、と。
作者スウィフトにとって、人間社会は、そこに属することすら苦痛な世界だったのだろう。それでも「小人国」「巨人国」のあたりは、それが社会に対する風刺ですんでいた。人間の描き方も時に下品で愚かであったけれど、ユーモラスな魅力があった。それが「飛ぶ国」「馬の国」になってくると、自身が人間であること、人間の社会で生きることに対する苦しささえ感じさせる描写になってくる。「飛ぶ国」では人間の愚かさに対する嘲りを、そして「馬の国」では理想郷を描きながらも、そこで知性を持つ存在は馬であり、人間はヤフーと呼ばれる醜悪な種族として貶められている。
このヤフー=人間の図式は、ガリヴァーが故郷に戻ってから、より明らかにされる。ガリヴァーは自身もヤフーであることを認めながらも、馬の国で修行した分、他のヤフーたちよりは上等な存在であるとし、家族を含め他のヤフーが厭わしく汚らわしくてならないのだ。自分が結婚し幸福な家庭を営んだことをして、ヤフー族の一匹の雌と交わって数匹の子を生ませたと捉え、そのことで耐え難い恥辱と当惑と恐怖に襲われどおしというのだから、相当なものだ。
行きつくところは、人間そのものに対する呪詛である「ガリヴァー旅行記」。しかしこの作品には時代を超えてなお人の心を引きつける、魅力と力がある。そのうち、魅力部分については「あまりに過激な部分はカットするなどの処理をして」との注釈がついてしまうが、力については確かだ。ガリヴァーは作者自身であり、彼の口にする人間嫌悪や呪詛には作者の全身全霊が込められている。仮に、現代の作家が「ガリヴァー旅行記」を模倣し、人間をここまで貶めようとしても、本書と同じ底知れぬパワーを感じさせることはできないだろう。
人間社会への復帰を頑なに拒否し、最後には二頭の馬にだけ心を開くガリヴァーの姿は、屈折した人間観を持ち、自らの心を制御すること叶わず、晩年は心を病んでしまったというスウィフトの姿が重なる。
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