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5番目の視覚野が壊されると動いているものが見えなくなる。人との会話にも支障をきたす。(唇の動きがみえないから)
ラジコンねずみ
ハンドル→ヒゲを刺激
アクセル→報酬系を刺激
脳というのは進化に最小限必要な程度の進化を遂げたのではなく、過剰に進化してしまった。進化の教科書を読むと、環境に合わせて動物は進化してきたとあるけど、これはあくまで体の話。脳に関しては、環境に適応する以上に進化してしまっていて、それゆえに、全能力は使いこなされていない。能力のリミッターは脳ではなく体というわけだ。
大きな荷物を肩に担いで運んでいるときは、おおいな荷物の先まで神経が行き渡るようにかんじられるね。
体は脳をきめているかもしれないけれど、脳も体をきめている。
汎化=事象を一般化する。
宿題1の答え
もしもこの箱が立方体なら変の長さは同じはずなのに、真ん中の立方体の棒は手前にあるような「気がする」。下の立方体にある棒はおくにあるような「気がする」。立体視しようとして脳が勝手に補正するから錯覚が生まれる。
なぜ、錯覚がうまれるか→世の中は三次元なのに、網膜は二次元だから。
この三つの特徴、つまり、形、色、動きの情報は解析にかかる時間が異なる。
赤いりんごがころがっている、と一口に描写してしまったらうそなんだ。なぜなら、それは決して同時の現象ではありえなくて、転がっている瞬間の少し直前のりんごとそのまた少し直前の赤色がいまの意識のなかでひとまとめにされて赤いりんごが転がっていると「錯覚」しているだけなの。
人間は同時にすべてのものを把握することはできないんだ。
ここまでいろいろ話(錯覚、盲点、時間の埋め込み、色づけ、目に入った光をどう解釈するか)してきたけど、人間の行動の中で意識してやっていることは意外と少なくて、見るという行為でさえも無意識だとわかった。こう考えていくと、人間の行動のほとんどが無意識かもしれないと創造できるよね。
クオリア=覚醒感覚
音楽を聴いて、すごく美しいと思ったり、悲しい気分になったり、りんごを食べて追いしとか甘酸っぱいとか。そういう生々しい感覚のことをクオリアという。
クオリアというのは「表現を選択」できない。
意識の条件
?表現の選択(判断できる)
?短期記憶=ワーキングメモリ
?可塑性(過去の記憶)、経験を糧にする
これら三つの特徴がすべて言葉に備わっているから、言葉というのはまさに意識的なんだね。
表情は人種を超えて、世界共通
顔の表情のパターンは遺伝子に記憶されてる
言語として存在しないものは連想しにくい
「言語をしれば、その国や社会構造体系を知ることができる」チョムスキー言語学者
⇔ 人間は自分の言葉で自分の世界を構築してる。自分の使う言葉が相手に与えるイメージをつくる。言葉こそ自分自身。
ミラーニューロン
研究者がシャーベットを食べるたびに、サルも口にもっていく部分の神経がし��きされていたことから発見
ある「しぐさ」に反応する神経
好きなときにボタンを押す実験
動かそう!と意識で思った瞬間には、すでに、無意識は行動を始めてる。
まずは無意識で神経が活動し始めて、その無意識の神経活動が手の動きを促して「ボタンを押す」という行為を生み出すとともに、その一方でクオリア、つまり「押そう」という意識や感覚を脳に生み出している。
→自由意志などない!
扁桃体を失うと「恐怖」の感情がなくなる。
サルは普通、イヌに近づかないけど、平気で近づくようになる。そして交尾しようとする。
動物には「本能」の欲求がまずあって、それを「恐怖」によってかんじがらめにした状態が「理性」ということになる。
完璧な記憶は役に立たないから、脳はあいまいに記憶しようとする。
ものごとはばらばらにしただけではわからない=還元主義だけではだめ
社会の動きなんかは、まさにそうだよね。株価とか為替とか。それに宗教とかも。人間ってここのときと集団のときとぜんぜん行動が違うでしょ。そういうものも「複雑系」を考えないとダメなんだ。
なぜチョキをだすか、なぜ人をすきになるか
特に理由はない
「ゆらぎ」に起因している。。
脳の中にある程度の予備知識がないと知能は生まれない。経験がないと予測なんてできやしない。記憶や予測は知性の必要条件。
相手がきっとこういうことをしゃべっているんだおろうと予測して、情報をどんどん埋め込むわけ。
だから相手の声が十分届かなくても会話が成立する。
近視の話
夜蛍光灯をつけて子供を寝かせる親の子供は55%
でも、近視の親のせい?近視の親は子供が良く見えるように常夜灯をつける。
これこそ科学の本質をついた問題かも。一見、科学という学問はゆるぎのない確固たる営みに思えるけど、現実にはデータの解釈によって結論が左右される。
科学=解釈学
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脳のあいまいさこそが高性能の証である、というような説明が印象に残った。完全な記憶ほど下等な動物の脳の特徴であり、不完全さを補正しようとする、いわば応用力を有しているのがヒトの脳の利点である、と。
コレを読んで脳への興味が出てきた。他の著作もいずれ読んでみたい。
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おもしろい。
脳の仕組みを深く掘り下げていくことで、生命の本質に迫る哲学的な話、未来の人間の可能性に関する洞察まで与えてくれる。
再度読み返したくなる作品。
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よく知らない脳についてのお話。かなり読みやすい。驚嘆すること、納得すること等等。最新の脳科学の入門書にどうぞ。
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池谷さんシリーズ。
ひとまずここで集大成をまとめた、みたいなつくり。
高校生への授業というスタンスもけっこう面白い。
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脳について書かれた本って、どうして、こんなにワクワクするのだろう。特に、池谷裕二さんのは面白い。わかりやすく、だけど、簡単な内容ではない、かなり、詳しく掘り下げている。学生さん達との語り合いの中身のレベルの高さに驚かされた。
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とても読みやすく、脳の仕組みが分かりやすい。あまり「脳」というものに興味が無く、なんとなく読んでみたけれど、とてもおもしろかった。
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前著『記憶力を強くする』(ブルーバックス)が面白かったので、続けて読みました。基本的には、内容は『記憶〜』と変わらないけど、本書は高校3年生の講義をもとにしているところが一番の違い。講義といっても、教師から生徒への堅苦しい一方通行の教えではなくて、かなりフランクに質問や雑談をはさみながら行われている。そのせいか、前著よりいくぶん平易な印象を受ける。いや、こんな授業受けてみたかったですよ。
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2007/12/11
期待していた以上に面白かった。最先端の知見をもとに脳と意識・無意識の関係や脳と体との関係を考えていく当たりは特に。やっぱり池谷先生は講義が上手いし,頭が良いなと思った。
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人間の視覚は画素数でいえば、約100万画素だそうです。今時のデジカメはメガピクセルを超えているから、人間はデジカメより画素数では劣っているけど、ガタガタな映像を見ているわけではない。脳が補完してくれているんだそうです。
最新の脳科学を講義形式でまとめられています。読みやすかった。
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池谷さんのファンになる一冊!!やっぱり学者さんも万人に分かりやすく、面白く研究を発表できないと、だめだよ!この研究者はこれが結構上手です。
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20/2/26
脳だけ見るとイルカの脳は高性能。だけど手が無い、指が無い
脳はもっともっとポテンシャルを秘めている。人間の体という性能の悪い乗り物に、残念ながら脳は乗ってしまった。
目の画素数は100万程
人間の脳には100分の1秒以下は同時
鼻は右が右脳へ、左が左脳へつながっている
「クオリア」ラテン語で「質」
「表現を選択できる」これが意識の条件の一つ
表情は人種、民族とは無関係に6種類。喜び、悲しみ、怒り、驚き、不安、嫌悪
記憶と言うのは正確じゃだめで、あいまいであることが絶対必要
あいまい性を確保するために、脳は物事をゆっくり学習するようにしている
脳のやり方は帰納法
基本的に人間の行動は抑制と興奮のバランスで成り立っている
脳の神経は「0」「1」。でもその「0」「1」の決まり方があいまい。揺らいでいる
「三体問題」物体が3つになるととたんに難しくなる。還元主義だと分からない。全体を見る複雑系で考えないと
脳には再現性がない。二度と同じ状態にはならない。
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イルカの脳は人間の脳よりも大きくてシワが多い、脳が九割なくてもまともな生活を送れる、体が脳を支配する、言語がないと抽象的思考ができない、人類は進化することをやめた……。
しびれるほどおもしろい。
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話題殺到の一冊。
一般向けの軽い読み物。専門的な内容がとてもわかりやすく(しかも面白く)書かれているので、とても読みやすい。
内容は広く浅い印象を受けた。
読み終わったら、頭の中は「?」がいっぱい。脳に興味を持つきっかけにはなると思う。
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脳のことについてわかりやすく説明してくれています。
学問として、また医学的知識として学ぶ機会がない領域なのですごい驚きの連続です。
このくらいは教養として知っておくにはいいと思います。
また、日頃文科系の本を読んでる人には、幅広い知識を得るためにもいいかと思います。
かなりおすすめです!