紙の本
聖母マリアを中心にして、その家族像の変遷を絵画図版を多用して探求
2007/04/30 15:36
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ブルース - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者の岡田温司氏は、ルネサンス期のイタリア絵画について多くの注目すべき著作を発表している気鋭の美術史家である。中公新書にも『マグダラのマリア』という著作があり、絵画に描かれてきたイメージの変遷を通じて、娼婦から改心した聖女という聖書に記された枠には納まりきれないマグダラのマリアの多義的な姿を明らかにしている。
本書は、聖母マリア(上述のマリアとは別人)を中心に、夫のヨセフ、母のアンナについて論じられている。冒頭では、マリアの処女懐胎の宗教上の教義が比較的詳しく触れられており、多少煩瑣な感じを与えるが、それを読み進めていけば、マリアの処女懐胎を巡る豊穣な絵画世界が展開されている。ここで興味深いのは、処女懐胎という人知を超えた出来事に誰もが抱く疑問、例えば、マリアはどのようにして神の子イエスを宿したのかということに絵画を具体的に辿ることで答えを探ろうとしていることである。著者が掲げている絵画図版から見て取れることは、当初は驚くことに、マリアはその耳を通じて神の子を懐胎したという情景が描かれていることである。これは、旧約聖書に「初めに言葉ありき」という記載があることから分かるように、原初的には神は明確な姿を持たずに耳からその教えが伝えられということが背景にあったものと思われる。しかしながら、時代を経るにつれ、このようなイメージはさすがに不自然と思われるようになり、神の子は光となってマリアの腹に当たり、聖母は懐胎したという情景に改められるようになっていったという。
このような処女懐胎を巡る論考自体、興味深いものがあるが、本書の中で注目すべきは、今まで論じられることの少なかったマリアの夫のヨセフや母のアンナについてそれぞれ章を設けて触れられていることである。
ヨセフについて言えば、中世の民衆劇では哀れな寝取られ亭主として、嘲りの対象となっていたが、ルネサンス期ともなれば、聖母マリアとイエスを外界の悪から守る堂々とした男として描かれるようになっていったことが多くの絵画図版を用いて論じられている。
このように言えば、著者は美術史の定法であるイコノグラフィ的な手法のみでヨセフ像の変遷を辿っているように思われてしまうかもしれないが、ここで強調したいのは、著者は最近目覚しい成果を挙げている社会史的な知見も取り入れて記述を進めていることである。例えば、上述のヨセフ像の変化が何故ルネサンス期のイタリアで生じたのかということについて、当時のイタリアで家族の形態に新しい変化が起こっていたことが背景にあったことを指摘している。中世にあっては、家族は大きな親族共同体を意味していたが、ルネサンス期ともなると時代の要請を受けて、家族が大家族から現代に見られるような核家族に移行していったという。ヨセフ像の変遷は、そのような時代の新しい時代のうねりを如実に反映していたとしている。
本書は、随所にこのような社会史的な知見が盛り込まれていると同時に、キリスト教の信者でないと容易に近づきがたい処女懐胎・無原罪の宿りなどの世界が、著者のシャープな視点・豊かな学識・明晰な文章・的確な図版の使用を以て論じられており、類書を超える素晴らしいキリスト教美術の入門書となっている。
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テーマの展開は非常に面白いし興味深い。図版を多用しての論述も非常にわかりやすい。気軽に読める知的好奇心満足の本。ただし、ジェンダー論への関連付けがやや過剰で鼻につく感あり。
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烏兎の庭 第三部 箱庭 12.20.08
http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto03/diary/d0812.html#1220
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[ 内容 ]
処女にしてキリストを宿したとされるマリア。
処女懐胎はキリスト教の中心に横たわる奇跡であり、夥しい図像を生み出してきた。「無原罪」の「~がない」という否定形の図像化一つとってみても、西洋絵画に与えたインスピレーションは巨大である。
また、「養父」ヨセフや、「マリアの母」アンナはどのように描かれてきたのか。
キリスト教が培ってきた柔軟な発想と表象を、キリストの「家族」の運命の変転を辿りつつ描き出す。
[ 目次 ]
第1章 マリアの処女懐胎
第2章 無原罪の御宿り
第3章 「養父」ヨセフの数奇な運命
第4章 マリアの母アンナ
[ POP ]
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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美術の勉強に読みました。授業で習ったことの復習にもなったし、きちんとまとめられている本として読んだことで、頭の中にあった雑多な情報がきちんと整理された気がします。
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イエス・キリストの母マリアを中心に、"養父"ヨセフや"マリアの母"アンナが中世では、どのように考えられていたか、旧約聖書、新約聖書、聖書外典からスタートし、絵画や彫刻を通して考察しています。タイトルだけだと、もっと宗教色の強い内容を想像しましたが、どちらかというと美術史としての色合いの濃い内容です。今まで、イエスの誕生というのは、キリスト教として一番重要な部分ではないかと思っていましたが、時代や政治的要求によって、だいぶ解釈が変わっているのだなと分かりました。
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イタリア旅行前の本②。キリスト教の宗教画を見るのがぐっと面白くなる本。この著者の「マグダラのマリア」も読んでいたので、興奮してるとことかニヤリとしながら説明してるとこが文字なのにありありと分かるのがこの人の文体らしい。
口絵や本文にもたくさん事例としての処女懐胎の図が示されていて、ほうほうなるほどと思いながら読める。
百合とバラに囲まれ、月を踏みしめる青い衣の清い少女として描かれるに至る流れ、男を本質として、女はそれを受け止め出力する器(materia)とみなす古代ギリシアからの概念を下地にした新約の語られ方、マリアの夫ヨセフ、マリアの母アンナの描き方の変遷には特に惹きつけられた。
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ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」に描かれた天使がユリエルだとは知らなかった。受胎告知でマリアの前に顕現したのはガブリエルだから「岩窟〜」もそうだとばかり。
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処女懐胎というタイトルが冠された絵画
(マリアのもとに大天使ガブリエルが訪れてるアレ)の、
あの1場面についての本かと思っていたら違った。
もっと広範囲、そして当時の社会の様子まで言及されていた。
副題の「描かれた「奇跡」と「聖家族」」こそ重要。
マリアの母アンナの章が刺激的。
アンナの三度婚(トリヌビウム)による
三世代の親戚が集まった絵が
15世紀の北方でもイタリアでも
ノスタルジックだったのが印象的。
私自身も幼い頃は休みに祖父母の家で
叔父叔母や従兄弟たちと食卓を囲んだなぁ。
アンナについて、彼女の祝日に追放事件があったことから
フィレンツェにおいて政治的シンボルになったという話はもっと読みたい。
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19
エペソス公会議「神の母」
正確には「神の母」というよりも、「受肉した御言葉の母」というべき
24
近代医学以前の「胎児」観
・ヒポクラテス
・アリストテレス
・折衷案としてのガレノス
72
ロレンツォ・ロット
奇跡の誕生よりも普通の人間と同じように生まれたと暗に示す
80
何かを描くこと、つまり何かが「ある」ことを見せることによってしか、何かが「ない」ことを表現できない
81
キリストの「両親」であるマリアとヨセフの関係は、ある意味で、その祖父母であるアンナとヨアキムによって先取りされていた
87
予防的贖罪
コンドーム
97
235
聖家族の歴史社会学的考察