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紙の本
淡々としているけれどおざなりじゃない
2009/07/03 15:54
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ぱせりん - この投稿者のレビュー一覧を見る
「稲生物怪録」を下敷きにしたひと夏の妖怪譚です。
全編、淡々と進みます。
ところが淡々と書かれているからといって、キャラクター造形もおざなりというわけではなく、出てくる妖怪たちがいちいち魅力的なのです。
とくに「おいしい」と言われて「だろっ!」と応える妖果がかわいらしい。
バックにコミカルな音楽すら聞こえてきそうです。
いくらでも長く出来る妖怪譚をさくさくさくっと進めていながらこれだけ魅力的な描写ができるということは、おそらく多種多様な材料を目指すところに向けて削いで削いで削ぎ落としていったということなのでしょう。
剛の者である紫都子の親友の話など、もう少し踏み込んで欲しいところもありましたが、どこまでも長く出来るからこそクライマックスを輝かせるために、必要最小限なエピソードにとどめたのかもしれません。
そしてその研ぎ澄まされた描写は、妖怪譚でありながら爽やかさをかもし出すのです。
どろどろとした妖怪譚が苦手な方は、まずはこの本で慣らしてみるとよいのでは?
妖怪たちの時間であった夜を抜けたすがすがしい夏の朝に読みたい1冊です。
紙の本
「神野悪五郎只今退散仕る」によせて
2007/07/28 22:55
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:杉山あつし - この投稿者のレビュー一覧を見る
一読後、思い起こされたものがある。宮崎監督の映画「となりのトトロ」である。少女二人が妖怪にであうという構造上の相似だけではなく、夏休みの帰省という幼児時代多くの人間が大切な体験として記憶している事例をきわめて美しい形で形象化した部分に共通点を感じたのだ。本書は上質の娯楽作品であると同時に読み手の原風景となるものを必ずよみがえらせる。
作者高原英理氏の歩みから本書をみるならば、この作品は氏にとってのある種の到達点であることはまちがいない。「少女領域」「無垢の力」で人間の精神における純粋な部分についてひたむきな注視をおこない、他方、「ゴシックハート」では闇なる想像力と意識について語る。氏の嗜好する作家にたとえるならば、作家高原氏は足穂的なもの(=無垢なる精神)と乱歩的なもの(=闇なる精神世界)との狭間でゆれうごいている。本書において特徴的なのは、それぞれの要素が融和した形であらわれている点にある。ラストの解決方法など「ゴシックハート」の作者ならではと感じさせる。
また、こういういいかたも可能かもしれない。これまで評論という理論で語られてきたものが実践編という形で示されたとも。いずれにせよ、高原氏の多面的な魅力を本書一冊で味わうことができる。
本書はまた想像力をもつことの大切さも述べられている。かつて幻想文学を「過剰なる想像力で描かれた文学作品」という簡潔かつ適切な定義を与えた氏ならではの主題提示であろう。もちろん、本書が一級品の幻想文学であることは疑いようもない。
きわめて魅力的な小説集をこの夏、得ることができた。収穫である。
紙の本
論文か小説か、ロマンはあるか
2007/08/14 00:17
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:空蝉 - この投稿者のレビュー一覧を見る
数年間、平田篤胤『稲生物怪録』がちょっとしたブームになった。豪傑少年・稲生平太郎が1ヶ月に渡る妖怪らの挑戦に物怖じせず打ち勝つという英雄譚。江戸時代の妖怪の姿・認識を知る上での貴重な資料ともなっている。
そしてこのたび高原が描いた物語はなんとも素直な妖怪ファンタジーだ。
素直、というのは主人公をとりまく妹や親戚が妖怪を最初から否定していないという意味だ。
中学生の紫都子は夏休みに祖母から「黒屋敷」に30日間寝泊りすることを約束させられるが、妹の妙子とともに着いたその家は妖怪まみれの家。稲生物怪録から出てきたような妖怪たちが次々と驚かしにかかってくる。しかし彼女は否定もしなければ怖れもしない、オバケ屋敷を笑いながら通る客さながら、その豪傑っぷりは妖怪タチの「審査」の合格となる。
祖母の代から受け継がれている約束を果たしに来た妖怪たちがこの度孫の紫都子にとんでもないお願いを明かした・・・
ストーリー自体は単純で読み物として気楽に楽しめるが、どうにも小説としての違和感がある。あまりにするすると順調に話が進むため、どうにも現実離れ(悪く言えばご都合主義のスピード展開)しているせいもある。
だがきっとこれは著者・高原氏が論文の名手であるがゆえのことだろう。『少女領域』『無垢の力』などで少年少女のロマン的実体を昇華させた高原氏。「典型的な例」を列挙して論ずる対象を具体化させることが多い論文に慣れているせいだろうか、高原氏の描く少女・紫都子はどこかレプリカめいている。始めに人物ありき、ではなく。物語があってその物語にはこんな少女がうってつけ、というように作られた理想主人公がそこにいる。
「紫都子」著者の「理想の冒険」をし予定通り勝利して凱旋する。つまりすべては著者の思惑どおり、となりそれがあからさまに見えすぎる。
だからだろうか、どうしてもキャラの一人歩きがない。つまり紫都子や妙子のコトバがない。こういうタイプの具現化、で終わってしまった感がある。それが少し残念だ。
とはいえ、子供の読み物としてはなかなか面白いと思う。あえて子供、というのは悪い意味ではなく、文量からしても言葉や表現からしても「ミステリーランド」あたりに収まってくれるのが一番いいのでは?と思うからだ。 これでは、正直値段に見合わない、といわざるをえない。
高原氏の作品は私は好きだ、しかし小説以外で、と改めて思った。
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