投稿元:
レビューを見る
日本が日中戦争から太平洋戦争に至る一連の戦争の中で直面してきた様々な悲劇。それを挙げれば枚挙に暇がない。しかし、この山西省残留兵の問題はシベリア抑留と並んで「やる方のない憤懣」を我々の心に抱かせる大きな出来事である。
「日本軍を山西に温存し、将来の復興に備える」、「来るべき中共軍との戦いに日本兵を利用する」、「配下の兵を残留させる換わりに、自らの戦争犯罪容疑を罷免してもらう」・・・様々な自分勝手な思惑の間に挟まれ、自らの意志に反して戦後3年以上も戦い続けねばならなかった兵士たち。
多くの戦死者を出して、いざ復員してみれば国家は何の補償もしてくれない。
日本政府の怠慢な体制を暴き、戦争の裏で理不尽な犠牲になった元・兵士からの直接インタビューを元にルポルタージュする。
なお、同名の映画作品も著者の製作によるものである。
投稿元:
レビューを見る
~ 1月5日
日中戦争、太平洋戦争で泥沼に陥った日本政府が中華民国政府と単独講和する。その見返りは中国大陸の日本軍が国府軍と共同で共産党軍と戦うというシナリオ。
それを地で行く事が本当にあったとは。数年前に映画「蟻の兵隊」の話を聞いた時、それはインドネシアにおける独立義勇軍のよう考えていたのだが、本書と「わたしは「蟻の兵隊」だった」を読んで、とんでもない勘違いをしていたことに気付いた。
自分のシナリオも勝手にオリジナルのように思い込んでいたが、保阪正明が推測する終戦直後の参謀本部による中国大陸居留民の棄民計画や山西省残留日本軍裁判に関連する記事を読んでの連想ではなかったかと改めて思い直した。
投稿元:
レビューを見る
本来なら国へ帰るべき時に、一部上層部の人の思惑の為だけで中国へ残る事になり、尚且つ知らない間に意思を決定づけられ、なんやかんやでその上司は勝手に抜けてしまって、やっと祖国へ帰れたと思ったらお前ら勝手に残ったんだろう、と国に言われてしまう。
違うと言っても国も元上司も聞いてくれない。
ちゃんと調べてくれと言っても聞く耳を持ってくれない。
何もしてくれない。
国の偉い人達は、何もしてくれない。
政治ってなんだろう、と思わずにはいられない話でした。
戦争の内容については、これは日本兵と国の話なので中国側の意見の本も読まないとだけど。
投稿元:
レビューを見る
日本が連合国に降伏した1945年8月のあとも中国に居残り、国民党軍所属の兵士として解放軍(八路軍)と戦闘を続けた日本人達の物語。
敗戦の後、旧日本軍の司令官や参謀たちは戦犯として裁かれることを怖れ、国民党系の地方軍閥と協定して、選抜をした2,600人の兵士をつれ中国に居残ることにした。
「天皇の軍隊」として中国を侵略した彼らは、この時期以降「司令官と参謀の私兵」として(しかし主観的には旧来の日本軍として)、国共内戦のなか、苛酷な戦闘の道を辿ることになる。
国民党軍の軍閥に戦犯の容疑をもみ消してもらった澄田司令官が、これらの兵士を捨て、アメリカの豪華客船で日本に帰国した頃、敗戦の日から3年8ケ月経ち、残留兵達約400人は最後の猛烈な解放軍の砲火に曝され屈することとなった。
6年2ケ月に及ぶ中国での刑期を終了し、1954年の9月に引揚船興安丸から舞鶴に帰国した彼らは、すでに軍人ではなく民間人にさせられていた。
< 上官の命令はすなわち朕の命令>だと教育された彼らにとって、私利私欲に走りできの悪い自分勝手な上官は、天災のようなものだ。いやこれは天災に比すべき人災である。生き残っている彼らは、一体山西省残留とは何だったのかとの、真相解明に残り少ない人生を費やしている。