紙の本
「論理力」と「言語力」こそ、いま最も日本人に必要なスキルである。カタカナ語の「ロジカルシンキング」を一過性の流行に終わらせないために必要なメソッドとは
2010/02/23 16:38
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:サトケン - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本のサッカーを世界水準に引き上げるには何が必要なのか。それはずばりいって、選手の個人としての「自己決定力」であり、その基盤となるのが「論理的」に思考し、それを的確に表現できる「言語力」である。著者は、自らの現場(フィールド)であるサッカー界を舞台に、「言語技術」や「論理力向上」をともなった「サッカー選手の育成プログラム」の取り組みの実際を具体的に紹介している。
高校・大学時代そして実業団時代には選手として活躍した著者が、指導者(コーチ)になるため1980年代前半に留学したドイツのケルンで体験したものは、子供たちのサッカーに「バカ蹴り」がない!という事実だった。
「バカ蹴り」とは、監督にいわれるがままに無意味な大蹴りをして、ボールを遠くにクリアすること。ドイツでは10歳の子供たちでも、「バカ蹴り」はせず、自分が出したパスの意図を、コトバによって言い合いをする・・・。著者にはこれは大きなショックだった。これこそが、日本とドイツもその一つである欧州サッカーとの大きな、そして埋めがたいまでのギャップだったのだ。個人として「自己決定」したうえで身体技術を駆使し、自らの行為を「論理」で説明できるプレイ。これが日本のサッカーには欠けているのだ、と。
なぜなら、「サッカーは、スピーディーなゲームの最中に究極の判断を求められるチームスポーツであり、刻々と変化していく局面に対してその都度、自分の考えを明確にし、それを相手に伝えていく必要性が生じるからです。こうした姿勢や対応能力は、日本人がこれまで最も苦手にしてきた領域だといえるでしょう」(P.15)。
著者の問題意識をもとに始まった、指導者向けの「ディベート」訓練と「言語技術」訓練。個人としての選手のもてるチカラを最大限に引き出し、チームのチカラを勝利に向けて導いていくのが、「論理的」に説明し、納得させる能力をもつ指導者のチカラなのである、と。そこにあるのは選手どうし、選手と監督、コーチとのあいだで交わされる、論理と論理のぶつかりあいである。
そしてユース向けの中高一貫コースでの「言語技術」訓練。論理力と言語力を鍛えるためには、中学生から「言語技術」を生活習慣化させることが必要だと、著者は実践をとおして主張している。
本書は、「言語技術」や「論理力向上」をともなった「サッカー選手の育成プログラム」の取り組みの実際を具体的に紹介しているが、サッカー以外の世界でも、日本人が真剣に取り組むべき方向性を指し示してくれたと受け取りたい。
全体をとおして繰り返しの表現がやや多いのが気にはなるが、それは著者の情熱のほとばしり捉えるべきだろう。また「エリート養成」という表現が鼻につくという人も多いだろうが、これは真の意味におけるエリート、すなわち一流の人材であってかつ、いずれ人の上に立つことになる指導者(リーダー)と言い換えて理解してもいいだろう。
「ロジカルシンキング」というカタカナ語を一過性の流行に終わらせないためにも、「言語技術」は生活習慣化していかねばならない。これによって、国際水準で張り合っていける日本人は必ず育成されるはずだ。
この本はまた、新しい時代に求められる「リーダーシップ」とは何かを示してくれる本でもある。すぐにでも応用可能なメソッドの実例が紹介されており、サッカーだけでなくビジネスでも、またその他どんな世界でも、一流を目指し、指導者(リーダー)を目指す人、そしてその父兄、教育者、そして企業の研修担当者にとっても必読書であるといえよう。
ぜひ一読を薦めたい。
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これはサッカーに留まらず日本の教育論として良書だと思う。
サッカーをしている子を持つ親はもちろん、そうでない子であっても小中学生の親にとって参考になる事が多いのでは。
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JFAでも中心的な立場の著者が日本サッカーの問題点といままでの歴史を「言語技術」の未熟さで斬っている。
言語技術という言葉が使われているが、ようはコミュニケーション力とプレゼンテーション力に欠けているということが力説されている。
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日本サッカー強化のための構造改革論。プレーヤー経験者が信念をもって具体的な取り組みにつなげているという点でスポーツ界においては先進的。野球界にもこの発想と実行力がほしい。
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日本人にプレーの「意図」を聞いても答えられない。考えていない以前に思考能力が不足している。論理的に考え言葉に発する力を身につける必要がある。
JFAがそれを理解し、指導者そして選手の育成プログラムに「ロジカルコミュニケーション技術」「言語技術」などが組み込まれている。
これからの日本のサッカー界が楽しみである。
この本は、是非スポーツ指導者(サッカーだけでなく)に読んでもらいたい。
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「サッカー」というよりは「言語技術」と言う部分が気になり手にした本。特に「再話」の授業の部分など、興味深かった。
「サッカー」にかかわる人にはぜひ読んでほしいと思った。そして、このような教育を受けた子供たちがどんな風なサッカープレーヤーになっていくのか・・・?!およそスポーツには興味のない人間だが、そこのところだけ今後も注目していきたいと思う。
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実は日本のサッカー界においてもロジカルシンキングは取り入れられつつあったこと、そして、スポーツの分野でもロジカルシンキングが効果を発揮することを知れます。
多方面での有効性を知ることでロジカルシンキング習得へのモチベーション向上の一助となると思います。(久野)
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日本サッカーのさらなる発展のためにサッカーに携わっている人達が、常に努力することが求められる。
ブラジルはブラジルのサッカー
イタリアはイタリアのサッカー
イングランドはイングランドのサッカー
があるわけで、じゃぁ、日本は?ということになる。
日本(日本人)の特長、個性、伝統・文化などなどを活かし、日本のサッカーを創作していかなければならない。
そのために、指導者一人一人がどのようなサッカーをしたいのかを明確にし、追求し実行していくことが
各カテゴリーで必要なのかもしれない。
それが、日本サッカーの発展の一助になっているからである。
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サッカーは、瞬時に最良の判断を求められるチームスポーツのひとつ。
刻々と変化する状況に対して、自分の考えを明確にし、それを相手に伝えていくことの必要性を説く一冊。
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2008/1/28 Amazonにて購入
2009/1/18〜1/19
田嶋氏の経験からサッカーが強くなるためには、「言語技術」の習得が必須である、ということで、JFAアカデミーでのエリート教育の内容や目指すところを述べている。
いつも私がまわりに言っていることと共通するところも沢山あり、サッカーの部分を研究という言葉に代えればそのまま言いたいことが言えるような本である。
ただ、田嶋氏自身は指導者として直接あまり成功していない(どちらかというとコーディネーターとして成功されているようだが)。私も注意せねば
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著者がサッカーでドイツに留学していた時の体験を下に、日本のサッカー強化、ひいては日本の教育が抱える弱点について考え、改善しているサッカー協会の取り組みを書いた本。
ドイツの子供は1本のパスについて、意図をしっかり話す事が出来るが、日本では選抜された中学生位の子供ですら、意図を話す事ができない。この違いは何だ?
サッカーだけにとどまらず、日本の教育、子育ての弱点だが、それを克服するべく取り組む協会の姿勢は素晴らしい。
また意識すれば家庭でも取り組める事もあるので、教育が悪いと言う批判だけでは終わらせないで、家庭でアッセンブリーをするなど工夫次第で言語技術を磨けると思う。
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この本を読んで、自分のサッカー人生にかなり役に立つ本だと思いました。サッカーは、団体スポーツなので、チームメイトとの声の掛け合いや指示をすることがかなり重要なスポーツです。その中で、言語技術は確かに重要な役割を果たしている事が分かりした。日本語は、言葉の中でも難しいと言われています。その言葉を話す日本人が言語技術を今よりアップさせれば日本のサッカーのレベルが上がると思います。言語技術の大切さを知った本になりました。
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・日本のスポーツは「論理」が重視されない
・日本人は答えを一つに限定してしまいがち
・問題の内容にとらわれすぎない
例)絵を見て今何時ですか?という質問→時間を無理に特定する必要はない.絵だけでわからないならそのことを説明すればよい
・「バカ蹴り」の理由や原因を論理的に語る自分の言葉をもつこと
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サッカーだけでなくすべてのスポーツにおいて言語技術は重要になってくるだろう。
現在ワールドカップをやっているが日本だけが単一民族で日本語で会話しているが、他のチームは見ての通り、ひとつの国なのにあらゆる民族がいるのが目立つ。コミュニケーション、言語がとっても大切になるであろうことは容易に想像できる。
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噂に聞くドイツの「なぜなら…」癖は幼少期からの教育の証なんですね。
要は「自分の行いを説明できる人間になれ」ってこと。
スポーツマンに限らず、政治家にも自分にも言えることだ。