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ザ・ロード みんなのレビュー
- コーマック・マッカーシー (著), 黒原 敏行 (訳)
- 税込価格:1,980円(18pt)
- 出版社:早川書房
- 発行年月:2008.6
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紙の本
世界はまだ終わらない。
2008/07/25 22:54
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:求羅 - この投稿者のレビュー一覧を見る
灼熱の地を舞台にした『スコルタの太陽』と本作を平行して読んでいたので、酷暑と厳寒の責め苦を交互に味わったような気分である。
『ザ・ロード』は、いわゆる終末モノで、舞台は世界破滅後のアメリカ。
太陽はぶ厚い雲に覆われて始終空は薄暗く、地上には灰が積もっている。ほとんどの動植物は死に絶え、生き残った人々はわずかな食料を巡って争う。略奪・強姦・殺人がはびこり、飢えをしのぐために人間を食べる者まで現れる始末。
そんな殺伐とした世界の中、父と幼い息子が暖かい南を目指して旅を続けている。ショッピングカートに荷物を積み、道々で食料と物資を探しながら。
本書は、一組の親子が歩き続ける様子をひたすら追った作品である。
旅路で襲われたり、飢餓の恐怖に苛まれたりするスリリングさはあるものの、物語は不気味なぐらい静かで穏やかだ。すでに泣き叫ぶ段階は通り過ぎたのかもしれない。生と死の境界線のあたりを彷徨いながら旅する二人の姿は、ひっそりとしたものながら鬼気迫る存在感で迫ってくる。
ぽつりぽつりと呟くように交わされる会話が、印象的。かぎかっこのない会話文は、父と子の置かれた厳しい状況、孤独な世界を物語っているのか。文明を廃し、原始に戻ったこの世界は、神話の色合いを帯びているようにも感じられる。
たいていの場合、私たちが「世界」と言うとき、それは地球全体を指している。しかし、男にとっての世界は我が子ただ一人であり、少年にとっての世界もまた、父親しか存在しないのだ。そのことが、たまらなく悲しい。
他の生存者に対して非情に振る舞う父親とは反対に、助けを差し伸べるようとする少年。世界の崩壊後に生を享けた少年が、無垢で純真というのは皮肉なものである。それとも、作者が託した希望なのだろうか。絶望と狂気に満ちた世界で、少年の汚れのない優しさは人間らしさとは何なのか、考えさせてくれる。
人は一人では生きられない、とよく言われる。
多くの人に支えられていることはもちろん、「誰かのために生きる」という思い自体も生きる支えになっているのではないだろうか。少年の父親がそうであるように。
少年を待ち受けている未来は、けっして明るいものではない。いずれ食料も底をつくだろうし、南に理想郷が広がっているとも思えない。けれど、ラストにはなんともいえぬ感動が押し寄せてくるのである。作者が描いてみせたのは、人間の醜さではなく、愛する者を守ろうとする強い心なのだと、信じたい。
本書は言葉少ないシンプルな物語だけに、さまざまに深読みできるおもしろさがある。ピュリッツァー賞受賞も納得の佳作である。
紙の本
ワンアイデア、っていや、それまで。状況もほとんど不明のまま、ただひたすら歩く。でも、確実に文学してる。こういうのばかり読まされたら怒りますけど、これ一作だけなら、いいかな
2009/03/05 20:40
5人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
『ザ・ロード』、タイトルだけ見ればS・キングの新作?なんて思っちゃいます。しかも、クサナギシンペイの装画がいいです。抒情的ではありますが、スタイルはまさに現代美術。舞い散る雪と夜道が、それこそ象徴的に描かれているのですが、見ていて飽きることがありません。そして、そのことが小説の内容にも言えます。ちなみに装幀は坂川栄治+田中久子(坂川事務所)です。
さすがの早川書房もこの本の内容紹介には手を焼いたのでしょう。いつもであればビッシリと主人公の名前から時代、場所、事件があればそのあらましを書いているはずなのに、この本のカバー折り返しの言葉は
友達はいた?
ああ。いたよ。
たくさん?
うん。
みんなのこと憶えてる?
ああ。憶えてる。
その人たちどうなったの?
死んでしまった。
みんな?
そう。みんな。
もう会えなくて寂しい?
うん。寂しい。
ぼくたちどこへ行くの?
南だ。
世界は本当に終わってしまったのか?
荒れ果てた大陸を漂流する
父と子の旅路を独自の筆致で描く
巨匠渾身の長篇。
ピュリッツァー賞受賞作。
だけです。前半の独白のような会話は本文の54頁に出ているものを引いてきたようですが、実物の最後の一行「わかった。」だけが省略されています。意味があるんでしょうか、編集者なり装幀家に質してみたいものです。全体構成は本文と巻末に訳者あとがき、がつくシンプルな構成となっています。
ピュリッツァー賞受賞作とあるので、ノンフィクションか純文学、と思いましたが、内容的にはSFです。いや、冒険小説といっても構いません。サヴァイヴァル・ストーリーと言ったほうが分かりやすい。ただし、主人公たちが置かれた状況は、最初から最後まで曖昧なままです。でも、それなりに緊張感をもったままハラハラドキドキで一気に読んでしまいます。
黒原敏行の解説には、コーマックのことやこの小説に関しての情報が過不足なく書かれています。その良いところは、解説を読んだ人間に本文を、彼の書いた全作品を読んでみたい気にさせることです。そして小説の中身もそれに応えるように、解説から読んでも少しも興が殺がれることはありません。
それにしてもシンプルなお話です。登場人物は10人近くいますが、誰一人として名前が出てくることはありません。主人公にしても彼と少年、或は二人として語られ、時に会話の中でパパ、お前、と呼ばれるだけです。なぜ彼らが南に向かうのか、という説明もありません。読者は最後まで五里霧中の状況に置かれたようなものですが、それでも何かが薄っすらと見えてくる。そこがいい。
出版社のHPには
ピュリッツァー賞受賞! 『すべての美しい馬』『血と暴力の国』著者の最高傑作。
空には暗雲がたれこめ気温は下がり続ける。目前には、廃墟と降り積もる灰に覆われた世界が……。父と子はならず者から逃れ、必死に南への道をたどる。世界は本当に終わってしまったのか? 荒れ果てた大陸を漂流する父子の旅路を独自の筆致で描く巨匠渾身の長篇。
とあります。とりあえず読んでください、としかいえない本ですが、注意が一つ。エンタメ気分で読んではダメです、はい。
紙の本
いまここにある危機
2008/09/30 11:39
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:わたなべ - この投稿者のレビュー一覧を見る
アメリカの現代作家コーマック・マッカーシーの現在のところの最新作で、2006年に発表された作品。長篇と紹介されているが、スタイル的には中篇と言ったほうがいいだろうシンプルな構成になっている。物語は大きな破局(その詳細は明らかにされない)の後、灰色の雪が降る廃墟となった世界を人肉食や性的陵辱に怯え戦いながら冬の到来を避けて南へと向う父と子の旅を描いたもので、体裁は近未来SFといってもいいかもしれないが、読んでいるとこれはいま現在の状況を、文明の虚飾をはぎ取って描いてみせた「リアル」な作品だとしか思えない。実際、飢えと理不尽というのも愚かな暴力が全世界に満ち満ちているのをメディアを通して誰もが目撃しないではいられないわけだし、いまはたまたま地理的/政治的に非合理な暴力から遠ざけられ屋根があり食物があり寒さと飢えを凌げてはいるものの、いつ状況が激変して家族とともにそういった裸の世界に放り出されるか知れない世界に私たちは生きていて、私と私が愛するものを包むこの家が、壁が、この父子がその下で身を震わせている防水シートとどう違うというのだろうか。読みながらこの著者のこれまでの小説の展開を思うといつ決定的な破滅が訪れるかわからないので胸を締めつけられるような苦しさで読んだ。最近老猫を失い、子猫を飼いはじめたことも手伝って、愛するものがいつどうなるかわからないという展開は辛過ぎる。まあ、そういった読み手の多分に個人的な事情はさておき、小説の主題はいつものマッカーシーとほぼ同じであり、理不尽に失われてしまうものは、いったい何のために世界に存在したと言えるのか、という問い、神を第一原因とする決定論的で無限な世界のなかで、きわめて限定された人間の意志や記憶や自由には、いったい何の意味があるのか、という問いである。この作品ではそれが、失われた世界に対する記憶を、どうやってその後の世界に生きる者に伝えるのか、伝えることができるのか、といったふうに変奏され、ランダムに蘇る記憶の無時間的な現れが、世界の幻想性をいや増しに増す、という構成をとる。しかも父親が愛してやまない子は、つねに不可解なまでに彼に逆らい、まったく彼には想像も及ばないような世界の理解を示しているようなのだ。マッカーシーの、ほとんどマッチョなナルシシズムと踵を接しているようなすれ違い続ける関係性を、神秘主義に昇華してある種の連続性を発現させるラストは、国境三部作とほぼ同じ終り方で(地図のイメージ)、それまでのピンと張りつめた展開の緊張がふっと緩んで(まあ正直寓話的なご都合主義ではある展開なのだ)やっぱり感動しつつも、物語と構成のシンプルさに少し引いてそのいかにもアメリカ(ピューリタン)的な思想性について考えさせられるものがあった。派手な宣伝や評判とは対照的に、静かで内省的な佳作。