紙の本
ゆっくりと頁を捲りながら、共に半生記を生きてしまった。
2009/02/11 03:48
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:田川ミメイ - この投稿者のレビュー一覧を見る
最後の一行を読み終えたとき、思わず、ああ、と声をあげた。そのまましばし茫然として、ひとつ深くため息をつき、ようやく本を閉じたのだった。
上下2段組で、565頁。大作である。「初出」を見れば、2002年2月~2007年8月。5年半もの歳月をかけたこの小説は、1971年2月の博多駅、17歳の寺内茉莉が「駆け落ち」する場面から始まる。といっても、家出することも男と一緒だということも、親は既に承諾しているという。だから、さほど劇的なオープニングという訳でもない。むしろ、ひとり娘の駆け落ちを「止めても無駄だと分かっているから」了承してしまうなんて、いったいどんな家庭なんだ、と、そのことに気を取られていると、まるで答えを差しだすかのように茉莉の回想が静かにゆっくりとはじまっていく。
ガーデニングが好きで「緑色」が好きで、どこにいくにも『鮮やかなオレンジ色の口紅をさし、胸をはって歩く派手好きな母親』、「喜代」。『大学を終の研究室と思いさだめ、以来、見事に出世競争からはずれた』という父親の「新(あらた)」は、愛妻家で穏やかな紳士だ。幼い頃から人並み外れて聡明で大人びた兄「惣一郎」を茉莉は誰よりも頼りにし、彼に対する信頼や尊敬は、ほとんど「信奉」とも言えるようなものだった。その惣一郎と一番仲の良かった「祖父江九」は隣家に住む正義感にあふれた真っ直ぐな少年で、幼い頃の惣一郎と茉莉と九は、いつもどこに行くのも一緒だった。
群れることが苦手で、嫌なことはしたくない、という茉莉は当然ながら学校に馴染めない。そんな茉莉に向かって惣一郎は「チョウゼンとしていればいい」と、事あるごとに静かに言うのだった。その惣一郎に守られて過ごした幼い日々から、駆け落ちをするこの日までのあいだ、茉莉の家族にはいくつかの大きな事件が沸き起こり、それが彼女の人生を揺さぶり始める。だからこそ茉莉はチョウゼンと自分の人生を歩いていこうと、住み慣れた町を離れて、東京へ向かうのだ。
人と群れるのは苦手だけれど決して「人嫌い」ではない茉莉は、いくつもの出会いと別れを経験する。時に母親譲りの「奔放さ」を見せたりもする。男が変わり、住む土地も職業も変えて、時には流れに抗い、時には濁流に流されていくその人生は、確かに平々凡々なものではないけれど、でも「数奇」というほどでもない。その時々で迷い、悩み、打ちのめされてはなんとか起き上がり、また歩きだすその様は、きっと誰にも覚えがあるものだろう。特異な「物語」の中だけに存在する女を描いたものではなく、きっとどこかにいるはずのひとりの女の「半生記」。「左岸」はそんな小説だ。
うねりながら続いていく人生の河は、あまりに広くて長くて、先が見えない。だから、茉莉の姿だけを追いかけて一気に読みたくなるのだけれど、でもそんなふうには読めなかった。積み重なっていく歳月を少しずつ体に馴染ませながら、一日に5頁とか10頁とか、惜しむようにしてゆっくり読んだ。そのせいなのか、いつの間にか「茉莉」が遠く離れて暮す友人のようにも思えてきて、なんだか不思議な感覚だった。そして、いよいよラストが近づいたとき、なぜか唐突に冒頭の場面が浮かんできたのだった。無愛想で不器用だった幼い茉莉の姿も。その瞬間、思ったのだ。なんて遠くまできたのだろう、と。
歳を重ねて、ある日ふいに過去を振り返ったとき、たぶん誰もが一度は思う「遠くまで来た」という感覚。振り向いた先にいるのは当然自分自身の姿で、だからこそ「実感」としてそう思うのだけれど、小説の中の主人公にそれを実感したのは初めてのことかもしれない。この500頁余りの本を読むあいだに、茉莉と共に半生記を生きてしまった。そのことに驚き戸惑っていたあたしは、いよいよラストを迎えて更に驚くこととなる。ああ、と、ようやく気がついて、だからこそ茫然としたのだった。
喪失、不在、出会いと別れ、家族の絆、恋、友情。この物語にはたくさんの事が散りばめられているけれど、考えてみれば誰の人生にもそれらはいつも入り混じっている。すべてをひっくるめたものが人生なのだ。だからこの小説を読むとき、テーマは何かとか作者の伝えたいことは何かとか、そんな事は考えなくていい。頭で考えずに、ただ茉莉と共に半生記を生きてみれば、きっと最後にすべてが腑に落ちるはずだから。そう、そうだった、と茫然として、深くため息をついたあと、柔らかな明るい光に抱かれる。
そういえば、同じく辻仁成とのコラボ作品だった「情熱と冷静のあいだ」は、停滞した静けさに満ちた小説で、そこには絶えず雨がふっていたような気がする。何かが起るのをじっと待ちながら、あるいは半ば諦めながら、降りそそぐ雨に閉じこめられていた。が、この「左岸」には全編を通して明るい「光」が射している。時も人もひとところに留まることなく、絶えず流れつづけていくこの小説には、初夏の心地よい風を感じるのだ。
だが、「情熱と冷静のあいだ」は恋愛小説だったから、行き着くところも、並行するもうひとつの物語も想像に難くなかったけれど、ひとりの人間の半生記を描いた「左岸」では、向う岸にいる祖父江九の物語「右岸」がいったいどういうものなのか、想像し難い。茉莉の人生の合間に見え隠れする九の姿から察するに、「左岸」とは全く違う物語になるのではないかとは思うのだけれど。描き方によってはジャンルさえ違ってしまいそうで、これはやっぱり「右岸」も読んでみなくては、と、読み終えてそう思ったあたしは、どうやら江國香織と辻仁成の術中にまんまと陥ってしまったらしい。お見事、というしかない。
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人生、そううまく転がるのだろうかと思ったり。
それでもやはりこの人の文章は淡々と鮮やかに人を語る。
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なんか、小説で取り上げるエピソードの趣旨など、いまひとつ深みが感じられない。
右岸では取り上げられないけど、この重なり合う部分でどのような影響を与えているか・・・。
とか、もうすこし掘り下げないと、単なる自分勝手なオバサンの失敗した人生になってしまう。
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先に『右岸』を読み、それから『左岸』を読んだ。
その順番があっているのか、逆に読んだら印象が変わるのか、それは分からない。
でも、二つは両方読んで初めて一つなんだ、と強く思った。
福岡のテレビ塔が見えて、急斜面の芝生の坂があって、すぐ真上を飛行機が轟音を立てて横切る町。
そこで大好きな兄、惣一郎と隣家の幼馴染、九ちゃんと共に過ごした日々。
それが茉莉の心にずっとずっと生き続けている様子をじっくりと描いた作品だった。
柔らかく甘い響きの福岡弁、東京、パリ、博多の街並み。
茉莉と同じ空気を吸っているかのように、作中に深く入り込めた。
感想を書きやすい作品と言葉にまとめにくい作品とがあるけれど、この作品は私にとって後者だ。
でも、間違いなく私の心に何かを残した作品だと思う。
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あーお腹いっぱい!ごちそうさまでした
もうちょっと時間が経ったら
また読み直して考えて見ます。
って感じ(笑)。
茉莉という女性の半生を描いた物語。
というよりも、茉莉本人と
それを取り巻くあらゆる物の物語。
『人よりも物の方が、あきらかに長生きするのだ。』
やはり江國さんの本だからこその
すごく素敵なフレーズはいっぱいある。
人や物だったり、風景や想い出だったり。
でも、それらはもう「今」じゃない。
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辻仁成とのコラボ(?)です。福岡、東京、パリを舞台に、ちっちゃい茉莉から中年の茉莉まで。とにかく恋する女です。江國さんの文章は擬音語が綺麗。リズムが素敵。うったうったうー。は秀逸だと思う。
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最初は江國さんの文章にしてはフワフワ感がなく、違和感あり。
だんだん主人公が大人になるにつれて、江國さんらしいフワフワな恋愛感がただよって心地よくなる。
曖昧に書きすぎてるため右岸を見て納得する部分も多々あり。
しかしこれがそれぞれの主人公の人間性・感情の違いがはっきりしていて2人の人生を垣間見た気にさせてくれる。
1冊だけでも成立してるけど、
2冊読んで満足する。(08/11/17読了)
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辻仁成さんの右岸とのコラボ作品です。
左岸は茉莉という女性の生き様が書かれています。
兄惣一郎と隣に住む九と茉莉はいつも一緒に行動していた
茉莉は兄と踊ることが大好きだった
12歳で兄が自殺をしてしまった・・・・
そこから家族・茉莉・九の運命も大きく変わっていく
17歳で駆け落ち、同棲、別れ、妊娠、結婚、愛する人の死など
波乱万丈な人生の中で
いつもどこかに陰のように九がいた
お互いに惹かれあっているのに
けして時間を共に過ごせない
両岸に位置している二人
せつなさも感じたけれど
読み終わった後は
満足感がありました
560ページもありましたが
長さを感じませんでした
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江国香織さんと辻さんのコラボ小説。上下段のぶあつい本で、読んでも読んでも読み終わりませんでした(笑)でも、テイストは江国さんなので飽きずに最後まで読み続けることができました。次は、辻さんの「右岸」です。(2008/12/20読了)
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まず江國作品から。
茉莉という女性は作者のイメージとどこか重なるように感じた。恋多き乙女の人生は晩年まで波乱ずくめ。それでも幼なじみの祖父江九とのつながりは時には濃く時には薄く最後まで続く。
波瀾万丈の生涯。
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喫茶店でただ読み。しかも江國さんの方だけ。
あんまりでした。
ちゃんと読んだら、もっと面白かったのかな。右岸の方も読む必要がありそうだ。
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図書館にムリを言って『右岸』と同時に借りました。
なぜならおふたりの前作『情熱と冷静のあいだ』を2冊交互に読み進めて面白かったから。
(推理小説でも結末を先に知りたいタイプなのよね〜困ったことに)
ところが!『左岸』第1章を読んで『右岸』第1章を読んだら『右岸』の方が面白くてずっと読むことに…。
最近の江國香織作品はどうも主人公が好きになれない…茉莉もしかり。
主人公のモテっぷり&自由奔放っぷりに私は読みながらヤキモチを焼いてしまうみたい(笑)
祖父江九からの渾身の手紙が茉莉にちっとも届いてないのがすごく現実的で良かった。
女ってこんなもんだよねぇ〜なんて妙に納得しながら等身大に茉莉を感じたなぁ。
茉莉と九が歳を取っていく感じもひしひしと伝わってきて大河ドラマを見るような作品に仕上がってます。
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同時に2冊図書館で借り、
咲に右岸を少し読んだ。
辻さんの書く小説はたいがい読んでいるのだけど、
今回の葉なんだか読みにくく、左岸にとりかかる。
江國さんが描く茉莉の物語は、後半になればなるほど
サクサク読めた。
九州、東京、フランスと渡りながら、恋せずにはいられない
茉莉がなんだか愛らしく、でもこんな人が親だったら
ちょっといやかも、なんて思いつつ、
どこか応援したくなるのは、
惣一郎を失い、母を失い、旦那を失い、
それでも力強くまっすぐ生きていこうとするから
なのだろうか。
茉莉の物語では、九は人生の中の一ページでしか
過ぎない、?なんだかよくつかめないお隣の九ちゃん?だったので、
右岸で茉莉のことがどう書かれるのか気になるところ。
2009年1月10日読書終了。
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毎々、江國さんの描く主人公は、自由で力強くて、好き。
先に「左岸」から読んだけど、
どっちが先がいいのかははっきりと分からんけど、
多分、「左岸」先のほうがいいんじゃないかなと思う。
話の軸が違って、「左岸」であっさりと書いてある超能力の話が、
「右岸」では当然軸になっていて、
人生は、その人自身のもので、交わるようで交わらない、
タイトルにかけて言うなら右岸と左岸そのもの。
それでいいと思うし、
そういう風に描かれているところが、素晴らしいと思う。
両方読み終わると、よく晴れた日に対岸を眺めるような感じで、
視野が開けると思う。圧倒的に、両方読んだほうがいいね。
読みやすさは、「左岸」より「右岸」かな。
「左岸」は、前半展開とリズムが悪くて進みづらいけど、
後半いつも通りのリズムの良さで、後半から気持ちいい。
「右岸」は、いつも通りの読みやすさ。って感じでした。
2009年1月読了。
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「右岸」を先に読んでいたのですが。。。う〜ん、どっちが面白かっただろう。
時に危うい恋愛行動を起こしてしまう茉莉ですが、嫌悪感を抱かせないのは江國さんの筆力か、茉莉本人の人間性か。
右岸と読み合わせて色んな真実が見えてくるところが、やはりこの形態のいいところです。
「右岸」は長い人生をポイント置かずに綴った感じだけど、「左岸」はポイントを置いた書き方だったので、時間の経過にやや戸惑ってしまいました。
「左岸」から読んだら、そんな違和感がなかったかもと思いました。
(「右岸」から読んだ利点もたくさんあったけどね)
とにかくね、どちらも長くて読了に時間がかかりました。。。