紙の本
日本人よ、自信を持て。
2008/11/27 16:33
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Y.T.Niigata - この投稿者のレビュー一覧を見る
景気後退などの苦境では、先人の名言が読まれるという。日清食品の安藤百福は「執念なき者に発明はない」と語り、土光敏夫は「物事を成就させる力とは、困難に敢然と挑戦し、失敗に屈せず再起する力、執念である」と記した。人生にはピンチが訪れる。逆境のなかで何ができるのか。原動力となるのは、まさに「執念」だろう。本書を紐解いて、この「執念」という言葉を反芻した。「私は執念をもって、何か物事を成し遂げたことがあっただろうか」──
戦後60年余、戦争を知らず、戦後を見ず、高度経済成長の恩恵を受け、バブル景気のなかで社会に出た私たち40代は、「執念」という言葉をむしろカッコ悪いものとしてきた。しかし今、はたと考える。汗をかき、涙を流し、血を吐く思いで働いたすえ、静かな老後を迎えた両親世代の「人間くさい」生活こそ、人間のあるべき真の姿ではなかったか、と。
「その時、皇太子も感動に震えた!」と帯にある本書『神宮の奇跡』は、学習院大学が東都大学野球1部リーグで優勝を果たした執念の顛末を渾身の取材で伝えている。試練あり、喝采ありの奇跡のドラマは、優勝した事実(試合の紹介)だけにとどまらない。生死を賭け戦禍をくぐり抜けて帰還した投手・井元俊秀の半生を、キャプテン・田辺隆二の母への深い思慕を、皇太子(今生天皇)と野球とのかかわりと成婚の経緯を、監督・島津雅男が今日のPL学園の礎を築いた心の歴史を描き、美しい「日本人」の精神を人間くさく活写している。
正直に言えば、私は何かをあきらめ、今の日本に生きることを嘆いていた。しかし筆者は、日本人を心から愛し、日本に誇りをもち、『神宮の奇跡』に登場する人物たちと同じような人生を歩んだであろう、高度経済成長を支えた日本人に敬意をあらわすことで、混迷の中にある今の若き日本人に「自信を持て」と諭している。
土光敏夫は「執念の欠如した者には、自信を得る機会が与えられない」と語った。筆者は、執念の欠如した高度経済成長後の私のようなヤワな日本人に、今一度自信を取り戻すためのヒントを与えようとしているのではないか。
筆者の日本人を見る目がはかりしれず優しいことに、胸が震える一冊である。
投稿元:
レビューを見る
最近の興味があるテーマの一つに、「戦争が日本人に与えた影響」がある。
日本の戦後復興を支えた偉大な経営者たちは、戦争による体験が
強烈な原動力になっていることが多い、という印象からだ。
本書では、戦争で命からがら生き延びたり、実の親と生き別れになったり
した体験を野球に対するエネルギーに振り向け、学習院大学を
見事東都リーグ優勝に導いたストーリー。
主人公の井元がPLの黎明期を作り上げたこと、皇室内のやりとりうんぬんが
わかっておもしろかった。
井元の「野球は、命までとられませんから」というセリフに象徴されるように、
いざという時の度胸を戦争が与えた。現代人の生活ではこのような強烈な
体験は不可能だ。戦争は忌むべきだし、容赦なく命を奪っていくが、
自分にもこれほどの体験があれば、と思ってしまう。
桑田、当時17歳。「努力するということが『才能』。自分にはその才能がある」
殿下「自分は生れと境遇からも、どうしても世情に迂く、人に対する思ひやりの足りない心配がある。
どうか、よく人情に通じた、思ひやりの深い人に助けてもらいたいのだ」
この謙虚さ、素晴らしいと思った。このような方が日本の天皇として、各地に慰霊訪問をされた。
天皇もまた、戦争体験を日々の生活の原動力にされてきた。
平和な時代に生まれた我々は、戦後の日本に何を学び、何をしていくべきなのか。
今は命を理不尽に奪われることも少ないし、物事を強制されることも少ない自由な
環境で暮らしている。その幸せが存在する前提となる先人たちのことをより理解する
必要がまだまだあるのではないか。
投稿元:
レビューを見る
昭和33年11月、学習院大学野球部が東都1部リーグで優勝した。この奇跡には、3日後に婚約発表をした皇太子も含めた数々のドラマがあった…。高度経済成長前夜、「戦後」を断ち切るかのような死闘を渾身の取材で描き出す。
人気の六大学に対し、実力の東都と呼ばれる戦国リーグで、野球エリートではない普通の男たちが成し遂げた50年前の奇跡が丹念に描かれる。戦争の傷跡を引きずるナインの出自の物語、肉親や師の情愛が胸を打つ。中心人物のその後もまた劇的だ。皇太子(今上天皇)が母校の応援に神宮へ駆けつけていたエピソードに驚かされる。ノンフィクションの力を見せつける佳作。
(A)
投稿元:
レビューを見る
昭和33年当時の皇太子(今上天皇)の婚約が発表され日本中が沸く中、皇室御用達の大学である学習院大学野球部が東都大学リーグで奇跡の優勝を果たす。大学野球部の優勝と皇太子の婚約はどちらも大逆転で同時進行で進んだものだったというノンフィクション。
とても興味深い内容でいくつかあげると
①優勝時のエースは終戦後朝鮮からの引き揚げ者で、義母が信者だった関係でPL教団の寮で暮らし、PL学園の第一期生となり、野球部を創設した人物。大学卒業後、PL教団に就職しPL学園野球部の監督に就任し、甲子園初出場を果たす。その後本格的に野球の勉強と人脈作りのため、スポーツ新聞の記者に転身しその後PLに戻ったあと、その人脈をもとに有力選手をPLに呼び寄せ、常勝PLを作り上げた。
②今上天皇の侍従には戦前東京帝国大野球部で活躍した野球選手で、今上天皇とその学友に野球の手ほどきをした。その学友の一人が学習院野球部を一部に引き上げ、初優勝したときのメンバーをスカウトしたり影響を与えた。その後今上天皇は周りの学友たちが戦後の野球ブームで上達していくなか、他の学友全部が始めたばかりのテニスを進められたことにより、テニスに打ち込むようになった。そのまま野球を続けていたら、今の皇后との出会いはなかった?
門田隆将さんのノンフィクションは読み応えのあるものがおおいですが、本作もとても興味深いものでした。
投稿元:
レビューを見る
朝鮮からの逃避行には得も知れぬ緊張感を感じたが肝心の野球シーンが若干迫力不足であった。
一癖も二癖もある人物が集い、話も二転三転する素材の面白さがありながら、非常にもったいない。
筆者はジャーナリストであって、スポーツノンフィクションライターには向いていないのかもしれない。
淡々とした描写のため、野球ドキュメントとしては読んでいて臨場感を感じない。
「ツーアウト満塁で〜がタイムリーを打った。」
では読み応えのないスポーツ新聞を見ているようであった。
筆者屈指の取材力は随所に感じたが。。。
脚本で化ける映画やドラマなどの題材にはなりそうたが、スポーツノンフィクション小説としてはあともう一歩。
もうひとつの軸に皇室や高度成長期を選んだのもなにやらありきたりでナンセンス。