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ゴースト・ストーリー傑作選 英米女性作家8短篇 みんなのレビュー
- 川本 静子 (編訳), 佐藤 宏子 (編訳)
- 税込価格:3,520円(32pt)
- 出版社:みすず書房
- 発行年月:2009.5
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紙の本
満たされなかった思いが、家庭や狭い生活空間の中で、解放される出口を求めてそれが与えられず、泥のように沈澱していってしまう。そこから生まれる怪奇現象を女性作家が描いた古典8選。
2009/07/17 12:03
6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る
残念ながら本書には、ジェイコブズ「猿の手」ビアス「アウル・クリーク橋」ホジスン「夜の声」級の瞠目すべき作品は収められていない。怪奇小説傑作選としてのパフォーマンスだけで評価するならば、そういったものが目玉として所収されているアンソロジーには、大きく水をあけられてしまうかもしれない。
しかしながら、「英米女性作家8短篇」という副題が示す通り、どういう目的で集められた作品集かという点に注目したとき、「怪奇」での満足度というよりも、封建的な時代の女性たちの精神生活がどのようなものであったのかを読んで知る面白さということでアンソロジーとしての価値は決して低いものではない。
エリザベス・ギャスケル「老いた子守り女の話」1852年、メアリー・エリザベス・ブラッドン「冷たい抱擁」1860年、シャーロット・リデル「ヴォクスホール通りの古家」1882年、ヴァイオレット・ハント「祈り」1895年と、ここまでの4人が英国の作家であり、シャーロット・パーキンズ・ギルマン「藤の大樹」1891年、ケイト・ショパン「手紙」1895年、メアリ・ウィルキンズ・フリーマン「ルエラ・ミラー」1902年、イーディス・ウォートン「呼び鈴」1902年という4人が米国の作家である。
19世紀半ばから20世紀初頭の間に、怪奇小説、心霊小説、ゴシック小説が盛んに書かれたという潮流の中にあって、職業作家であった彼女たちが、どこか似通った雰囲気のあるゴースト・ストーリーをこぞって書いていたということにとても興味を惹かれる。
何が似通っているのかと言えば、たまに町や自然の中に飛び出すことはあっても、多くの場合、舞台となるのは家屋敷であり、そういったものをすべてひっくるめ、ごく限られた「生活空間」だということがまずは挙げられる。
これはよく考えてみれば当たり前のことである。上流階級ならば、英国人なら明るい光を求めてイタリアへ旅をしたり、米国人なら歴史や文化を求めて欧州へ渡るといったことはあっただろう。だが、現在のように交通が発達していなかった時代に、あちこちへ旅をして、わざわざ心霊スポットで恐ろしい体験をするという設定は成り立ちにくいのである。男性ならばまだしも、女性であれば尚のこと、生家と婚家、それらを包み込む小さな村や町が一生のうちに知り得る場所なのだから……。
では、そのような限られた空間では何が起こるのか。現象は様々であるが、超常的な現象の原因は、人の満たされなかった思いが過剰なまでのネガティヴな感情に結びつくということである。満たされなかった思いが、家庭や狭い生活空間の中で、解放される出口を求めてそれが与えられず、泥のように沈澱していってしまう。結果として起きる悲劇が、怪奇的現象を生み出すのである。
これも現代と対照するならば、いつもの生活の場とは異なるところへ出かけて行って、気晴らしを得やすい私たちの暮らしからはやや遠い。女性はかくあるべし、身分に応じた振舞いはかくあるべしという封建的社会が持つ閉鎖性が、個々の家庭や私生活にも影を落とし、ゴシック的状況が現出しやすかったのではないか。
しかしながら、地域社会の絆が弱まり、少子化や単身者の増加が進む中で、個人が社会における自分の位置を見失いがちな今、小さな閉鎖的空間で人が正気を失っていくゴシック的状況は、再び生じやすくなっているとも言える。
古いゴースト・ストーリーが好むがらんとした家屋敷の暗がりで起きることは、現代の幼児虐待や家庭内暴力、家庭崩壊などの荒廃と根を1つにする。封建社会の価値観が人を、特に女性を狭い場所に閉じ込めたように、個人の実現のために多くの困難を抱える現代社会が、やはり人を狭い場所に追い込む。ということは、今の世の中も怪談を生み出しやすい土壌なのである。
そのように考えてきた時、「年老いた子守り女の話」で語られる領主館で起きた昔の悲劇と、その犠牲者である少女と母親の亡霊は、家名を重んじるあまり家族の幸福を葬ることをよしとした家長の暴力が生み出したものと捉えられる。「藤の大樹」もまた、不道徳な娘を家の名誉のために葬った家長の矜持が作り出した悲劇だ。
「冷たい抱擁」は、旅と芸術探究を自由にできた画家が、小さな町で画家の帰りを待ちつづけるしかない婚約者の女性に加えた精神的な暴力によって起こるべくして起きたたたりである。
そして、「呼び鈴」もまた、妻の自由を拘束し、妻の友人関係にあらぬ疑いをかけるという一種の家庭内暴力を物語の軸としている。
「ゴースト・ストーリー」という題名からは、何がどのようにして出たのかという幽霊譚をイメージしてしまう。しかし、幽霊よりもむしろ、怪談の形で人間の感情の極端な歪みが表現された話なのではないかと思えた。
今内容を紹介してみた4作は、女性が男性に抑圧されるという構図であるが、「祈り」「手紙」「ルエラ・ミラー」は女性側からの抑圧が描かれている。よって全篇にフェミニズム意識があるということではない。
本邦において怨霊やたたりが成仏できなかった魂から生まれたものであるのと同様、宗教的救済に至らなかった哀れな魂が、行き場なく家屋敷や野をさ迷う話を読んでいると、日々の自己実現に努め、問題と向き合って解決に励み、ネガティヴな感情を溜め込んだままではなくきちんと解放しておくことが必要なのだなと妙に納得してしまった。
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