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北畠親房 大日本は神国なり みんなのレビュー

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みんなのレビュー5件

みんなの評価4.9

評価内訳

  • 星 5 (4件)
  • 星 4 (1件)
  • 星 3 (0件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)
5 件中 1 件~ 5 件を表示

紙の本

14世紀半ばの歴史を理解するための好著

2010/01/02 15:12

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:FAT - この投稿者のレビュー一覧を見る

 鎌倉幕府の崩壊後の14世紀半ばの歴史は、通常「南北朝時代」とされ、室町幕府の成立過程として著述されることが多いのではないだろうか。それも、「室町幕府の創設者」として、足利尊氏(高氏)の活躍を軸として描かれることが多いと思う。しかし、足利尊氏とその周囲の人物だけに焦点を合わせた歴史像には、何かしら腑に落ちないところがある。
 本書は、北畠親房という南朝の中心人物の動静から、南北朝両統定立時代の成立過程を描写する訳だが、いわゆる「南朝」勢力の整序のプロセスにおける親房の微妙な立ち位置というものが、このプロセスにおける本質を表象しているだと思われる。
 というのも、本書で明確に打ち出されているように、「建武新政」期というのは、足利尊氏を中心とする武家権力と後醍醐天皇を中心とする公家勢力が対立していたのではなく、後醍醐、護良親王、足利尊氏という三つの勢力の合従連衡が政治の力学を形成しており、その中でも中心的な対立軸は、後醍醐と護良の対立であったということなのだが、この点を分析する上で、北畠親房は絶好のポジションにあったということだ。
 というのも、元々護良派の親房が、建武新政崩壊後、吉野の柱石となっていく過程こそ、南朝が南朝という独自の存在感を作り出していくプロセスだからだ。

 いずれにせよ、南北朝の歴史を単なる足利尊氏という武家による「室町幕府」成立とするのではなく、もっと複眼的に把握する上で、北畠親房という人物は欠かせない人物であり、その動静を縦糸として書ききっている本書は、とてもおもしろいものであった。

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紙の本

歴史の研究書のはずだが歴史小説のように面白く読める

2010/02/28 16:34

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:萬寿生 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 間違えた。読みたかったのは、北畠親房の息子で、公家でありながら足利尊氏側の軍勢と東北、関東、畿内にわたって転戦し、若くして戦死した軍将、北畠顕家の方である。
 しかし、父親の親房の方も息子同様、畿内、関東、東北にわたって戦争したり、北朝方とまた南朝内部で政争したり、公家のしたたかさと武家の剛毅さを持った英傑である。後世の時代ごとの毀誉褒貶の振幅の大きさもそれを示している。
 本書では、現存する原資料を相互に関連付けてその行跡を分析し、親房が如何なる理想、思想で行動したのかを明かにしようとしている。「神皇正統記」が誰のために何のために書かれたのかなど、新たな独自の解釈や知見も示されているようだ。本書は一般向けとはいえ歴史の研究書であるはずだが、それでも文武両道を兼ね備えた乱世の英雄の波瀾万丈の生涯は興味深く、歴史小説のようになかなか面白く読める。

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紙の本

源氏の話。

2009/10/04 22:00

5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オタク。 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 この本の著者が書いた「源氏と日本国王」という、いささか論理が飛躍した感がある本は読んだが、親房は久我通親の子孫だから清和源氏の出身には違いがない。
 戦前なら南朝の忠臣として過剰な程称賛された親房だが、なかなか面白い本だ。特に後醍醐・後村上の両院と親房の関係が、細かく書かれているので。後醍醐天皇と親房との関係が、ただの主従の関係だけでは無かったのが、よく分かる。
 正平の一統が破綻した後に後光厳天皇が践祚されるまで、南朝は北朝を「偽朝」と呼ばなかった(238頁)とある。「神皇正統記」に光厳天皇を「元弘偽主」と称し、光厳天皇の廃位と正平の一統の際に光厳天皇と北朝が任じた官位を否認はしても、後醍醐・後村上の両院は光嚴、光明、崇光の三代に太上天皇の尊号を宣下して、光嚴、光明両天皇の践祚に関わった人々を追及しなかったのは、後鳥羽天皇の践祚の先例を否認する事になるからだろうか?故村松剛氏の「帝王後醍醐」でも光厳天皇と正平の一統までの北朝の正当性を否定しない、あるいは出来なかったのは、そこにあるのだろう。もし、それをしたら「神皇正統記」自体の論理が破綻する。
 たとえそれが建武3年に、「元弘偽主」が「御弟」を践祚される結果になったとしても。
 しかし今谷明氏が後光厳天皇の践祚を前にして広義門院の令旨(この本では何故か「院宣」という言葉を使っているが)として「天下一同の法」という超法規的、あるいは強引な手段で北朝や幕府を再建した事を紹介されている(「象徴天皇の発見」171~184頁等)が、この本には出てこない。
 それと親房と律僧について時々出て来るが、背後に律宗出身の小野僧正文観の存在があるはずなのに、文観について何故か一言も出てこないのが不思議だ。文観が後醍醐・後村上の両院の護持僧でも「性の宗教・立川流の大成者」というイメージのせい?鎌倉幕府に近づいて自分達の救済事業を行った先師興正菩薩叡尊や忍性菩薩と違い、朝廷に近づいた人物だから、触れたら面白いだろうに。

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2010/07/19 21:29

投稿元:ブクログ

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2021/01/16 00:03

投稿元:ブクログ

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