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版画は勿論のこと、掲載された文章が秀逸。
〇以下引用
神話や説話といった口承や各種の儀礼などによって、人間と動物との関係を良好に保ち、祖先からの土地との結びつきや自然のなかで生きる知恵を伝えてきた。
先住民のアーティストにとって、作品は彼らの先住民としてのアイデンティティを表明し、伝統的な世界観や価値観を表明する場であった
そこに描き出される数々の情景には、人間の生活の過酷で陰惨な側面が影を落としているがゆえに、日々の生活の中で美しくも豊かに輝く穏やかな優しさが際立つ。
イヌイットは笑いを大切にする。微笑みを交し合うことが日常的な挨拶であり、どんな困難な試練に合おうと、まなづりを釣り上げてしまうのではなく、その困難をおおらかに笑い飛ばしながら冷静に対処する。楽しい気持ちを忘れず、何よりも皆で楽しむことを大切にする。
生きることは苦しく、凄惨でで、陰鬱な感情に覆われてはいるけれど、その中で穏やかに微笑み、おおらかに笑い、皆で喜びを分かち合うからこそ、生きることに価値はある。
作品には、数世紀にもわたる語りの伝統と、日常の社会生活の営みを通して考え抜かれ、私たちには想像することもできないほど洗練しつくされた生きることへの洞察が込められている。その洞察が、さまざまな日常を情景に、神話や物語の光景を編みこまれ、豊かな美しさと残酷さの狭間にたたずむ穏やかなやさしさとして立ち現れる。
大地「ヌナ」
イヌイットにとって「大地」とは、単なる物理的な生態環境ではない。次のイヌイットのことばにあるように、狩猟や漁労を通して一体化し、その一部に溶け込むべき「生きとし生けるものたちが生活する場」のことである。「大地は冷たく、広大である。それは荒野だ。容赦がない。無慈悲でさえある。しかし、大地は憩いの場でもある。生命を育み、息づいている。血を流すことすらある。それは我々の母なる大地の一部である。それは美しい。それは私たちの文化をはぐくむ。私たちはその一部であり、それは私たちの一部である。我々は一つなのだ」
シャマン
⇒トランス(忘我状態)の中で精霊などど接触する宗教的職能者をシャマンと呼ぶ。宗教学者エリアーデは、エクスタシー技能を身につけた「魂の技術者」と呼んでいた。シャマンは夢や修行を経て特別な能力を獲得し、治療者として、あるいは世界の秩序を洞察する者として、人々と超自然的世界を仲介する。また物語や音楽の伝承にも大きな役割を果たしてきた。イヌイットのシャマンには、海底を訪れ、海の精霊を慰めて狩猟の成功を導く役割もあった。