紙の本
巨大な謀略の犠牲となった個人、その断固たる抵抗
2010/04/19 08:21
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:風紋 - この投稿者のレビュー一覧を見る
A・J・クイネルはすでに亡い。ディック・フランシスも鬼籍にはいった。読書の楽しみが減るばかり。
と慨嘆していたら、嬉しいことにマイケル・バー=ゾウハーの新作が手元にとどいた。本書である。バー=ゾウハー、1995年に邦訳された『影の兄弟』以来の小説だ。
エスピオナージの巨匠健在なり。
はたして、重厚にして緻密。期待を裏切らない作品だ。
A・J・クイネル作品の特徴を二つの熟語であらわすならば、戦士と人情だ。ディック・フランシスは競馬と不屈。この伝でいけば、バー=ゾウハーは、ユダヤ人と謀略ということになるだろう。
本書も、ユダヤ人と謀略で総括できる。
ロンドンに投宿したアメリカ国籍のユダヤ人実業家、ルドルフ・ブレイヴァマンが目をさますと、そこはベルリンのホテルだった。そして、殺人罪の容疑で逮捕される。『審判』のカフカ的状況だが、謎はルドルフの息子、ギデオンの尽力によりだんだんと解明されていく。そこで明らかになったのは、複数の国々の高官がからむ大がかりな謀略だった。ホロコーストを生きのびた一人のユダヤ人を犠牲にして・・・・。
敵とみえた人物が味方、味方とみえた人物が敵、陰謀の背後にまた別の陰謀、といった展開もあって、バー=ゾウハーのファンは堪能するのだが、不思議に思うのは、いま、なぜホロコーストか、という点だ。
しかも、ルドルフが逮捕された容疑は、ホロコーストに関与したナチの残党狩りに係る。
バー=ゾウハーは、職歴のさいしょが新聞社の特派員であったことからも察せられるように、事実への関心がふかい。『復讐者たち』『ダッハウから来たスパイ』のようなノンフィクションも残している。つまり、フレデリック・フォーサイスと同様、事実を可能なかぎり洗いだしたうえで、知られざる部分に想像力を注入するのだ。本書も著者がしらべた事実をふくらませている。そこに盛りこまれたフィクションも、いたるところで事実が裏打ちしている。
ただ、フォーサイスと異なるのは、バー=ゾウハー作品の底には常にユダヤ人の運命というテーマが流れている点だ。実生活でも、バー=ゾウハーはイスラエルの行政マン(国防相の報道官)や国会議員をつとめた。
してみれば、本書には、21世紀のイスラエル国民のアイデンティティを確認する意図があるのかもしれない。あるいは、昨今のイスラエル批判に対して国を擁護する意図が。もしかすると、本書で重要な要素を占めるネオ・ナチの台頭に係る警鐘かもしれない。
いや、これはあまりにも図式的な解釈だ。
ルドルフは使命に従事したことを悔いていないが、殺人という行為に嫌悪を覚え、後々まで悪夢に悩まされている。第三次および第四次中東戦争に従軍したバー=ゾウハーが到達したのは、生命を奪う行為そのものに対する根源的な疑問かもしれない。
これに直接係ることばではないが、作中に印象的な一行がある。「ものごとに動じない屈強な男は、終わりのない地獄のなかに生きていたにちがいない」
さいしょ敵対していた男女が、一転、深い関係になったりする甘さがあるのだが、この甘さがバー=ゾウハーのもうひとつの魅力ではある。
人は、状況にクラゲのように翻弄される一方ではなく、また計算された行動ばかりではなく、主体的に、時としては衝動的にうごいたりもする。人が主体的にうごく契機のひとつは恋愛である。恋愛は、歴史となった過去においても謀略にみちた現在においても、本書において重要な役割をはたす。陳腐といえば陳腐だが、本書で語られる戦後まもなくの恋愛は、すこぶる切ない。
ルドルフの主体性は、本書の末尾、恋愛とは別のかたちで発揮される。晩年の穏やかな幸福が約束されたはずだったが、個人を超えるなにものかのために自らを投げだす。
困難な時代をしぶとく生きぬいてきた者には、余人にはないレーゾン・デートル(存在理由)があったのだ。
紙の本
国際謀略と人間ドラマを楽しめるサスペンス
2010/06/29 17:07
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:かつき - この投稿者のレビュー一覧を見る
ユダヤ人のルドルフ・ブレイヴァマンは
ロンドンに宿泊していたはずなのに
ベルリンのホテルで目が覚め、
そのまま殺人事件の容疑者として逮捕されます。
彼は若い頃、ホロコーストを脱走した後、
ユダヤ人グループに参加し、
元SSの将校5人を殺害しました。
戦後62年たって、ネオ・ナチらが告訴したのです。
この不条理な幕開けが、世界を大きく揺るがし
物語にグイグイと引き込まれます。
ドイツ首相は隠れナチのような発言をし、
普段は忘れ去っている、ナチの負の遺産を
背負っているドイツ国民は戸惑い、
しかし、現在の法律に照らし合わせれば
ブレイヴァマンは犯罪者とみなします。
しかし、他の国はドイツを批難し、
ブレイヴァマンの釈放を求めます。
しかも、このブレイヴァマンの行為は
多くのユダヤ人の感情であり
実際、このような行為が繰り返されたという。
本作で、ブレイヴァマンが参加している「グループ・ナカム」も
実際にあったユダヤ人グループです。
600万人ともいわれるユダヤ人の犠牲者、
そしてその迫害と殺害を考えた時、
多くの人はブレイヴァマンに感傷的になります。
大きな陰謀に巻き込まれたブレイヴァマンを救うのは、
疎遠になっていた息子のギデオン。
そして敵対する上級検察官のマグダ。
政治謀略サスペンスのパートは
詳細に国際情勢や政治の駆け引きを描きつつも、
ギデオンやマグダの物語はドラマチック。
ドイツ人を毛嫌いしていたブレイヴァマンもまた
献身的な看護師、ウルリケを信頼していくという
エピソードからもうかがえるように
人間の両面性が豊かに描かれています。
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展開が早く、というか割りとあっさりと陰謀の黒幕に辿り着くあたりはもう少しボリュームアップさせてハラハラドキドキ感を与えて欲しかたところでしょうか。けれども重苦しく謎めいた導入部からラストまでは一気読み。描かれた陰謀はじゅうぶんにあり得るリアリティが。そして何より老人の下す男の信念を貫く決断に感慨深いものを得れる。
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久々のマイケル バー=ゾウハー。「本の雑誌」での評価も高く期待して読みました。
冒頭から引き込まれあっというまに読了。ただ、「陰謀」のおそまつさ、都合が良すぎるのではないか、と思わせてしまう展開にちょっと疑問あり。(それも著者の計算の可能性があるけど)ただ、主人公の最後の選択の重さはどうだ!。
いろいろ余計なことを考えてしまう。
・アメリカにとって日本の存在ははるかに軽いものになってしまったが地政学的に日本の存在が重いものであったら同様の操作はありえるのか。
・マイケル バー=ゾウハーの初期の作品を読んだときから比べるとイスラエルへの反感が若干増している。それが読後感に影響を与えているのではないか。
・また、その意識が同時に主人公の選択に衝撃を受けさせた理由ではないか。(著者はイスラエルの国際的なイメージに危機意識を持っているのではないか?)
マイケル バー=ゾウハーは初期の短めの作品のほうが面白い。長くなればなるほどつらくなる。あまり読まなくなってしまったのはそれも理由にあったと思い出す。
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過去と現在を行き来しながら陰謀の真相を暴く。そこに反ナチの思想が深く絡んでくるため、ある程度の読み難さは覚悟していたが、意外とスラスラ読めてしまった。
外堀を埋めてからストーリーが動き出すタイプなので、62年前の事件に至る背景部分は重くてしんどい。事件が展開すると一気にエンタメ性が濃くなってくる。ヘビーな背景は薄れ、スパイ小説としての面白さを堪能できる。ここが本作品の真骨頂なので、謎解きそのものには過剰な期待をしないように。ハリウッドが好みそうな題材ではある。
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NHKの「週刊ブックレビュー」で紹介されていて、面白そうなので読んだ。出だしがあり得ない設定で引き込まれる。中盤くらいまで一気に読んだが、後半は失速。でも、この著者の他の本も読んでみたいと思った。オーストリアに誕生したハンサムなネオナチ党首っていたなー(ハイダーだっけ?)と思いだした。その後、どうしたんだろう?
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「週間ブックレビュー」で絶賛であったが、期待していたほどではなかった。一部史実であるということは興味深いが、オチがなっとくゆかない。ミステリではなく、スパイものだね、しかたないか。
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手練れの作家の作品だから、読みやすいというか、澱みなくすいすい読まされてしまうけれど、内容としては「なんだかな」と思うところはある。
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15年ぶりの巨匠の新作。本格的なエスピオナージュを久しぶりに堪能した。現代を舞台にしても、おもしろいスパイ小説が書けるというよい見本。
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本当に久しぶりの新作。ノンフィクションは未読だったので、作品を読むこと自体も十数年ぶりのはず。冒頭の謎から哀切に満ちたエンディングまで、堪能できる一冊です。
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何気なく手にした本だつたけど、大当たり。
構成の骨が太く、ネオナチなど右傾化しがちな現代ドイツと過去の過ちを上手くテーマに織り込み、尚且つ西側体制の中でのドイツの立ち位置を米英の思惑から発した陰謀の形で組み込んだ作家としての力量は確かであり、読み手を飽きさせることがない。
ストーリーは、実在したユダヤ人の復讐組織、グループ・ナカムの老いたメンバーがドイツで訴追されロンドンで拉致されてドイツで逮捕されるところから始まる。右傾化と西側体制からの独立を標榜する現首相が首相選挙をリードする中で顕在化したユダヤ人の逮捕、票読みの行方が変わってゆくなか政治的駆け引きが進む。
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カーの『死者を語らずとも』を読んだ時のように、作中のドイツと現在の日本の相似を感じた。偶然だろうけど。自国の正義を貫くためなら、1人の老人の命も尊厳も踏みにじる、巨大国家の傲慢の恐ろしさ。これがフィクションと笑い飛ばせない現実の恐ろしさ。今のドイツはここに書かれているほどひどくはないだろうが、アメリカと日本はよりひどいかも知れない。
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ユダヤ=弱者、ナチ=悪者、という単純な区分では整理できないドイツの状況をベースとしたミステリー小説。英MI6、米CIAの思惑に振り回される強制収容所サバイバーのジューイッシュ爺さんとその息子が主人公。息子はアラバマで育っている設定なのだけど、「アラバマ臭さ」が全くない好青年すぎるのが違和感。
ロンドンホテルでチェックインして眠ったら、目が覚めたらベルリンだったという誘拐の設定は無理がありすぎだろ、と思ったら日本語版2010年出版。どうりでネットの位置情報的なプロットがいっさい出てこないわけだ。
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ブルガリア生まれでナチスの迫害を逃れてイスラエルへ移住した作家「マイケル・バー=ゾウハー」のスパイ小説『ベルリン・コンスピラシー(原題:Berlin Conspiracy)』を読みました。
「ジョン・ル・カレ」の作品に続きスパイ小説です。
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ホテルで目覚めたアメリカの実業家「ルドルフ・ブレイヴァマン」は、不可解な思いにとらわれた。
昨日はロンドンのホテルで寝たはずだが、ベルリンにいるのだ。
間もなく彼は、62年前に仲間とともに五人の元SS将校を殺した罪で逮捕され、彼の息子「ギデオン」が一連の奇怪な事件の調査を開始する。
父親の親友などの協力を得て、やがて暴き出す驚くべき国際的陰謀とは?
巨匠が実力を遺憾なく発揮した待望の新作エスピオナージュ。
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2010年(平成22年)に出版された作品でナチが絡んだ国際的な謀略小説… 「マイケル・バー=ゾウハー」の娯楽作品としては15年振りに刊行された作品だったようですね、、、
ロンドンにいたはずなのに、気付いたらベルリンに… 意表をつくプロローグが印象的な作品でした。
アメリカ国籍を持つユダヤ人実業家「ルドルフ・ブレイヴァマン」は、昨日はロンドンのホテルで寝たはずなのに、自分がベルリンにいることに気が付く… そして部屋に踏み込んできた警官に、62年前、仲間とともに五人の元SS将校を殺した罪で逮捕されてしまう、、、
自分はドイツに拉致されて来たのだとする「ルドルフ」の訴えに、ベルリン州上級検察官「マグダ・レナート」は耳を貸さない……。
折しもアメリカとドイツの関係は悪化しつつあった… 愛国主義的な態度をとるドイツ首相「クルト・ブルンナー」がイランを援助し、イランに対する軍事制裁を考えるアメリカと激しく対立していたのである、、、
そんな中で起きたこの不可思議な事件――それも、ナチスの戦争犯罪人をユダヤ人が殺害したという事件を62年後に蒸し返す、政治的に極めて微妙な問題を抱えた事件――は、ドイツの総選挙が近いこともあって、米独両国に深刻な影響を与え始めていた… SS殺害自体を悪事だとは考えていない「ルドルフ」は、取調べに当たっても頑固な態度を崩さない。
そして62年前に実際に何が起きたかも、なかなか明かそうとしないのだ… そこに、ほぼ義絶状態だった彼の息子「ギデオン」が、父を救うべくベルリン入りする、、、
「ギデオン」は事件の発端となったイギリス・ロンドンへ行き、父の親友「ニコラス(ニッキー)・ゲスト(クラウス・ルドナー)」の助けを借りて調査を開始する… そこに、祖父が行った残虐行為を知り、事件の展開に違和感を覚えた「マグダ」が加わり、事件の背景にはイギリスとドイツが共謀した国際的な陰謀があることに気付く。
事件の背景には、ナチスのユダヤ人大虐殺やそれに対する復讐劇があるのですが… アメリカのイラン攻撃計画や、ドイツ総選挙(すなわちドイツ首相の命運)、そしてイランに肩入れするドイツの反米姿勢等の国際戦略に関わる大きな力が働いていていたんですよね、、、
自国の国益を追求するための騙し合い、張り巡らされた奇々怪々な陰謀… 二転三転する真相の行方を愉しめるエンターテインメント性と、ネオナチの台頭に警鐘を鳴らそうとするメッセージ性が両立した作品でした。
そして、印象的なのは、最終章で「ルドルフ」が下す苦く重たい決断… この行動によってドイツ総選挙や国際情勢の行方には、影響があったのかな、、、
この決断が世界を寄り良き方向へと導くきっかけになれば… と切に願いながら読み終えました。
以下、主な登場人物です。
「ギデオン・ブレイヴァマン」
民俗学者
「ルドルフ・ブレイヴァマン」
ギデオンの父親。実業家
「マグダ・レナート」
ベルリン州上級検察官
「グラント・テイラー」
ドイツ駐在アメリカ総領事
「クリス・ブロリン」
ドイツ駐在アメリカ大使
「ヨアヒム・ルーエール」
アメリカ総領事館付き弁護士
「ゴードン・コーマー」
アメリカ領事館の政治アタッシュ
「クルト・ブルンナー」
ドイツ首相
「エルヴィン・シュタール」
反ブルンナー勢力の代表
「ニコラス(ニッキー)・ゲスト(クラウス・ルドナー)」
元ドイツ部隊の一員。ルドルフの親友
「ペーター・シラー」
旧SS協会会長
「ホルスト・ゲルケ」
シラーの友人
「レディー・アップルビー=ジョーンズ」
ゲルケの知人
「ジミー・エドワーズ」
名誉ある者たちの会のメンバー
「ウォルト・カーライル」
アメリカ国家安全保障担当大統領補佐官
「ヘルマン・レムケ」
ベルリン刑事警察警部
「エヴァ・ブロツキー」
ルドルフの恋人
「ティム・チャートウェル」
《タイムズ》の記者
「ヴィリー・マズア」
ブルンナーの選挙対策委員長
「リーザロッティ・ニーマイア」
マグダの祖母
「ルイス・マーシャル」
ホロコースト博物館の元学芸員
「ウルリケ」
ベルヴュー病院の看護師
「フランツ・ニーマイア」
ルドルフたちが殺害したとされる元SS将校の一人