紙の本
ニューヨークのブロンクスは現在でも治安の悪さが言われるところだが、この物語の1950年代から70年代は差別と貧困と犯罪が無限に循環するごみためのような町だった。この物語はブロンクスを舞台にした少女・イヴの誕生から社会人として自立するまでの戦いと成長の記録である。
2010/12/13 00:09
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
本著はふんだんに使われる比喩やアイロニーなどが抽象的で難解な言い回しであり、また直訳的硬さが気になる。そんな文体であるのだが、ゆっくりと進む物語によくあるいらだたしさこらえながら、じっくり読んでいくと著者のメッセージの深い意味あいが見えてくる。
多彩な登場人物の個性が際立つ。
生まれながら耳が聞こえない主人公の少女・イヴ。
イタリア系移民の父・ロメインは盗みと麻薬の売人という町のチンピラ程度の悪であるが、家では暴力で妻・クラリッサを支配する残忍な男である。
クラリッサは夫の凄まじい虐待を受け入れるだけの女である。ただ忍耐することにより、この苦悩がいつか神の恩寵で報われることをぼんやりと期待しているのであるが、その日が来るとも思われない。
やがてロメインは少女イヴを麻薬取引の手先に使い始める。
もう一人の凶暴がヒスパニック系、薬物中毒のロペス。この男もまた町のチンピラ程度である。
服役中、彼の妻は薬物中毒により狂人となり、挙句の果てに刺され、野垂れ死にする。
二人の間の子、やがて耳が聞こえなくなる幼女ミミは善意の黒人・ドーア夫妻の里子として庇護されている。
釈放されたロペスはミミの周辺へその暴力の矛先を向ける。
イヴの恋人であり、ミミとおなじドーア夫妻の里子であるチャーリー。プエルトリコとジャマイカ人の混血、彼はロメインとロペスの暴力を排除する献身者として登場する。
しかし、なんといってもこの物語で異彩を放っている個性はドイツ移民の女性、フランである。両親が残したキャンディストアの店主。だが彼女の過去もまた過酷なものである。ナチス政権下で実施された断種法により強制的に施術をされ、心と肉体に死ぬまで消えない傷を抱えている女性だ。アル中でもある。
彼女はロメインやロペスを社会的弱者であると指摘し、その弱いものがさらにひ弱いものを敵として暴力を振るう、この世界の仕組みを憎悪している。弱いものが生きていくための制度などありえないと透徹している。弱いものに恩寵があると信じられているキリスト教を否定する。むしろ宗教こそこの不条理を助長していると指摘する。そして善意の人々はこの問題の解決には無力なのだと。教会で祈るクラリッサに対しては、現実にある敵は夫のクラリッサであり、敵と戦う勇気を持てと諭す。
しかし、ロメインとロペスの狂気による犠牲者が周囲に相次ぎ、読者は主人公たちの救いの見えない境遇にいたたまれなくなってくる。
大人になったイヴ、繰り返される暴力との戦いに疲れ果てたイブにフランの血のにじむ人生哲学はなにをもたらすのか。
「世の中には測り知れない苦悩を抱えている人たちがいる。そんなことはあなたにもわかっていることは私にもわかっている。でも言わせて。人生というものは悲しみに耐えることよ。勇気とはその悲しみを克服することよ」
「人生は不毛ではないなんて、そんなことはたわごとよ。わたしたちはなんのために悪戦苦闘しているのか。それがあなたの質問なら、わたしの答は………次の一日のためよ。無味乾燥で血も涙もない(答だとあなたは思うかもしれない)?(でも)あなたは壊れたりしない。わたしがそれを許さない。さあ、目を覚ましてしゃんとして………。」
人生に意味はない。ただ明日を生きるために生きるのだ。その勇気を持て………と。
彼女はまさに孤高のニヒリストだと私には思われる。その悲愴と哀切がここに凝縮されている。彼女の言は、究極の絶望に落ち込んだ人がその崖っぷちでなお生き抜くための数少ない道標であるかもしれない。しかも、特定の地域、特定の時代の話としてではなく、その説得性には今も通用するようなリアルさで迫り来るものがある。
やりきれないストーリーに読者までが鬱屈をつのらせるが、そのストレスは大きな盛り上がりの中で解消されることになる。最近読んできた外国物ミステリーではお目にかからなかった気分のいいラストであった。
一方で神の不在を告発しながら、実はここで虐げられた女たちこそ真実の神なのではなかったか………との余韻を残して。
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すばらしい作品です。物語のテーマは非常にシンプルで、「ままならない境遇にある者たちが、虐げられ利用され、それでも悪に屈しない」様を美しく力強い筆致で書き切っている。とくに、どんな痛ましい現実にもカメラを持って向き合うイヴの強さと、彼女を支えるフランの優しさが印象的で、結末は圧巻。まさしく傑作です。
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この作品は、ハードボイルドに仕分けできると思う。ただ、チャンドラーやハメットではない。
登場人物は女が3人、男が2人。諦観した女と現状に徹底して抗う女、過去の負を抱きつつ、前進する女。そして、女を食い物にするこでしかアイデンティを保てない男2人。
この5人が複雑に絡み合い、物語は進行し、男たちは惨めな死を、女たちは新たな希望を得ることになる。
本当の愛、勇気は、性に拘らないのだ。真っ直ぐに前を見据えることの出来る覚悟こそが、他者を愛し、それを守る勇気を生み出すと知った。
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「失われ、忘れられた過去の値打ちは、その年月にあり、愛にあり、求めることにあり、喜びにあり、友情にあり、希望にあるのよ。そして、それは鋳造されるものでもある、硬貨のように。でも、あなたの内側には涙がある。悲しみにあなたの眼を見えなくさせ、もう二度と何も見たくなくさせる涙がある。そんなところであなたを死なせるわけにはいかない」
ガーーーーーーン。。。。
打ちのめされた・・・
凄い作品なのでした。
本当に、どかんと見えない何かに殴りつけられたような感覚をもってしまうような世界。
いや、この世界自体は広くない。
小さなコミュニティの中で、もがく女たち。
その様は、世界規模ではない。
それでも、そこで考えたり、得たりすることは、とても大きい。
凄い。
とにかく、やられたなぁ・・・
ジェットコースターのように上がって、下がって、上がって、下がって、希望を見いだしたら、絶望にたたき落とされて、
ひたすらその繰り返しだったのだけれど、、、
それでも、彼女たちは、足掻き続けるのだ。
その様が、清々しいほど、カッコいい。
はぁ。。。
凄い1冊なのでした。
【8/19読了・初読・個人蔵書】
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「神は銃弾」のテランが描く聾唖の少女の命の物語。
貧しいイタリア移民の子供、そして聾唖者として生まれたイヴ。
彼女を最低の生活からすくい上げたのはドイツ人移民で、孤独に暮らしているフランだった。
娘が、底辺の生活から抜け出すには学問が、手話が必要だと奔走する母親の姿にまず心打たれる。
そして、そんな母子を助けるフランの壮絶な過去に胸が痛む。
その上、イヴにも不幸が降りかかってくる。
けれど、彼女は何度でも立ちあがる。彼女は、自分の命を母が与え、フランが守ったものだと、知っているからだ。命はそのようにしてつながっていくものなのだ。
それにしても、出てくる男がどいつもこいつも、最低野郎なのだ。(イブの恋人など例外もいるけど)
なのに、憎みきることができない。
母親を虐待し、イブを苦しめ続ける父親でさえ、憎みきることができない。彼は彼なりの、それしかできない生き方をしていたのだと、思ってしまう。憐れみさえ感じてしまう。
この作品の本当にすごいところは、そこなのかもしれない。
憎しみは何も生み出さない。愛だけが、人生の光なのだと。
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小説を読んだのに、心に刻まれたのはイヴの撮る写真。たぶんモノクロの(勝手に想像)。行ったことのない場所なのに、光景も人もヴィヴィットに映像として迫ってくる。それって言葉の力に圧倒されたってことなのかもしれない。
フランがかっこよくて哀しい。映画になるとしたらジーナ・ガーションのイメージかな。
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フランにとても魅力を感じる。
凄惨な過去を抱えつつも、世間に対して心を閉ざさない強さと、
どこか脆さを感じさせる人間臭さで。
ろくでもない夫であり、父親であるロメインの側からの描写も多いので、ろくでなし対迫害される女性という単純な構図から免れているようにも思う。
世間様が騒ぐほどには、のれなかったけれど。
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読んでいる途中で、少し間が開いたからかもしれないが、特に面白いとは思わなかった…女性や耳の不自由な主人公が弱い立場とされてしまう時代を背景にした小説だが、ストーリー展開自体はシンプルで、あまりサプライズなどが無い感じ。まあまあかな。
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断捨離本。中盤から斜め読み。いやあ、こんなつまらないミステリって久しぶり。しかもアメリカの作家で。女性の強さといったものを描きたいんだろうけど、ことばは表面を撫でているだけで、全く内面に染み込んでこない(読了後に調べたら男性作家だった。やっぱりね)。
訳が拙いのも、読みづらかった一因。仮に原文が流れない文体だとしても、もっと上手い訳し方があると思う。肝心な場面でカタカナ英語を使ったために展開がよくわからないとか、致命的すぎる。わざわざ新品を取り寄せて買って損した一冊。あー、がっかり。
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原題のシンプルなWomanも的確で素敵ですが、詩的な邦題も雰囲気に合ってて凄く良いです。あと文庫版裏であらすじを放棄してる紹介文は初めて見た。
徹底的に女性が強い、女傑と言っていい、この物語にヒーローは出てこない。女性を守れる男は出てこない。男たちは残酷に弱く、それ故に女性たちは鮮烈に強くならざるを得なかった。
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いやー、よかった!!
原題の“Woman”がぴったりの作品。
真の強さを持った女たちの物語です。
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久しぶりに海外小説を読んだ。
言い回しが日本のそれと違うし、ちょっと考えながらでないと上手く頭に入ってこない。
難聴者の「イブ」とキャンデイー店の「フラン」2人は親子でもないのに、それぞれに影響し合って生きていく。
自分の生きがいをカメラを見つけてからのイブの生き生きとした表情。
どんな苦難を強いられたものでさえ、生きがいを見つけるとあんなにも強く生きていけるものなのか。
日本にはなじみのない、麻薬や銃。
海外ではあたりまえに行われているんだな。
自分たちが幸せであることを考えないといけないな
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『人生とは悲しみに耐えることよ。勇気とはその悲しみを克服することよ。
(略)
わたしたちはなんのために悪戦苦闘しているのか。それがあなたの質問なら、わたしの答えは――次の一日のためよ。』
名作だ。是非翻訳ものが大丈夫な方であれば・・・稀に受け付けない人もいるので・・・ご一読を願いたい。
こんなに骨太な小説を読んだのは久し振り。
繊細さや柔らかさを求めるのであれば間違っているけれども、生きる事の美しさや強靭な魂を読みたいと思うならば良書としか言いようがない。
女から女へ紡がれていく、生きるという事。
それらは耳の聞こえない主人公を軸にするために、彼女たちの指から紡がれる。
その指は、仕事に疲れ、荒れて、貧しさを塵のように積もらせたものなのか。
言葉に出来ない凄惨な過去を乗り越えた、たくましく厳しいものなのか。
それともまだ芽吹いたばかりの初々しい新芽のような、それでいて凶暴性と破壊の衝動を持ち合わせたものなのか。
これをセンチメンタルと呼ぶ人もいるかもしれない。
リリカル? ハートフル?
いや、私にはこれは素晴らしいハードボイルドにしか、思えない。
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貧しい家庭、女で聴力障害者という弱い立場に生まれついたイヴを中心に、過酷な運命に立ち向かっていく女たちを淡々と描いた傑作。
ミステリーではなくドラマチックなストーリー展開もない、重くせつない話だが、イヴとフランが理不尽な仕打ちや哀しみに屈せず、それを静かに乗り越えて進んでゆく凛々しい姿に心を打たれた。私はこんなに強く生きられない。
『神は銃弾』のケイスもそうだったが、この作者の描くヒロインは素晴らしいと思う。
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耳の聞こえない少女イヴを中心に繰り広げられるとても苦しく、愛おしい物語。男が女がねじ伏せようとする話、と僕は解釈した。読みながら思わず舌打ちをしてしまうほど、クソみたいな男ばかりが出てくる。けれど、決して屈しない彼女たちの姿に胸を打たれた。気軽に読める話ではない。重々しく心にのしかかってくる。けれど、素晴らしい小説だ。