紙の本
読書の終着駅のことを思う文章に心ひかれた
2011/04/22 21:43
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る
昨年暮れに手にした『夕暮の緑の光――野呂邦暢随筆選 《大人の本棚》』の中にこの『昔日の客』の著者のことが記されていました。そしてこの本の表題作『昔日の客』とはまさにかつて著者の経営する古書店を訪れた作家・野呂邦暢のことを指しています。
このように古書店経営を通じて著者が知遇を得た有名無名の人々との興味深い交流を描いたエッセイを中心におよそ30編の文章がまとめられています。といってもこれは著者が鬼籍に入った後の昭和53年に出版された随筆集を昨2010年に復刻したものです。著者が筆をあてている著名作家は三島由紀夫や川端康成といった世界的に著名な人は別として、尾崎士朗や尾崎一雄といった人々。私は不勉強ながらその作品を読んだことがないため、彼らとの行き来を綴った著者の文章には取りたてて心を動かされることはありませんでした。
私が胸打たれたのは貧しいながらも懸命に働いて逝った父を綴った「父の思い出」。そして有楽町駅近くの喫茶店で働く若い娘との束の間の交流を描いた「スワンの娘」。
どちらも記憶の抽斗のずっと奥底に、しまいこんだことすら忘れてしまっていたけれど、ふとしたきっかけで他の記憶を押しのけてまで突然立ち現れてくる、そんな長い人生の中の不思議な一点があることを思わせる文章です。
最後に心に残った文章を引き写しておきます。大量の本を持ち込んだ読書家・吉田さんが、なぜそんなに本を読むのかという著者の質問に答えた言葉です。
「私は年少の頃から人生に疑問を持ち、その答を読書に求めた。今は密教書を読んでいる。この本が私の読書の終着駅になりそうだ。」
この言葉を読んだ私自身の終着駅となるのは一体どんな本なのだろうか。いつかやって来るその時のことが楽しみであり、また淋しくも感じたのでした。
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東京大森の古本屋「山王書房」店主、関口良雄氏の随筆集。
天気の良い初秋の穏やかな日のような、木漏れ日がつくった日溜まりのような、そんな本だった。長閑なほっこりとしたあたたかさが包み込んでくれる。
いい本だなぁと思う。
日溜まりの温かさのような本であると同時に、ここには沢山の死が在る。その死が関口氏の語りによって何とも言いがたく心にぐっと染みる。
最後のあとがきは息子さんが書いてらっしゃるのだが、これがとにかく泣けた。
読んできた最後にやってくる話として最高の話だと思う。
これまであとがきを読んで泣いたことなんてない。本当に号泣した。後から後から涙がぽろぽろとこぼれて来た。
本当にいい本だなぁとしみじみ思う。買って読んでよかった。
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読み終わるまでに、あえて何回にも分けて時間をかけた本。こんな本はそうはないです。文中の著名な作家のことを知らなくても、作者の人柄や、文章に引きこまれていくのです。最後の1行が、時にピリっと。時にオチをつけて見事にまとまっていたり。時にユーモアが効いていて…と相当な本読みの人でも唸るんじゃないかしら。
復刻版の装丁が素敵で、本文の字体もよいですね。2310円は高くはないです。本当にステキな本。
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読了メモ。関口良雄『昔日の客』。著者の生業である古書店主。その場で、誰かの家や部屋で、そこを訪れる作家・学生・子供と、文学を主とした古書を媒介にした日常の思い出。その時々の自分を映すように心に留まる箇所が変わるはず。未来の自分に読ませたい、定点観測のために。
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夏葉社の『昔日の客』は、読んでみたいな…と思っていた本である。こないだ、夏葉社をやっている島田さんの『あしたから出版社』を読んで、2010年の10月終わりに復刊された本を、4年ほど経ってやっと読む。巻頭の「正宗白鳥先生訪問記」から読みはじめて、いい文章やなあと思う。
お酒を飲んだら気持ちよくなって、唄って踊るくせがあるという、古本屋の関口さん。途中からしだいに酒癖がわるくなって、きっぱりお酒は断ったというが、それからも、唄うことはやめなかったらしい。
その関口さんのいとなむ古本屋、山王書房をゆきかった本や、本をめぐる人たちとのことどもが、綴られている。某月某日のページに書かれていた「「方丈記」の精神をもって世に処して来たような人だ」(p.100)という井上さんの話が、こころにのこる。
あるいは、別の某月某日、「すみませんが、お宅の庭の落葉を少しくださいませんか」(p.126)といった調子で拾い集めた落葉でいっぱいになった袋のようすを記したこんなところ。
▼一枚の紅葉した葉は芸術品のように美しく、太陽にかざして見る落葉の葉脈は一段と美しく見えた。
私はわが郷里の画家、菱田春草の「落葉」の名画を思い出し、その朴の落葉を画いた画家の心が判るような気がして来た。(p.126)
そして、「父の思い出」に描かれている、著者の父の姿。「私はこの父を立派な父だと思うのである」(p.135)という。その父上は50代の半ばで亡くなり、関口さんご自身も60を迎えずに亡くなられた。還暦記念にとまとめようとした本の完成を見ることはなかったが、出版の意志の堅かったご子息が本を出された。父が「自分が死んだら、あとがきはお前が書け」(p.219)と言ったとおりに、あとがきを記されている。
(11/20了)
※菱田春草の「落葉」 - 永青文庫美術館
http://www.eiseibunko.com/collection/kindai2.html
※目についた誤字(私が読んだのは一刷なので、二刷以降で直っているだろうか)
p.27 広律和郎 → 広【津】和郎
p.154 ビカデリー → 【ピ】カデリー
p.206 文学界の新入賞 → 新【人】賞
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「私は店を閉めたあとの、電灯を消した暗い土間の椅子に坐り、商売ものの古本がぎっしりとつまった棚をながめるのが好きである」。そんな東京・大森の古本屋、「山王書房」の店主だった著者のエッセイ集が復刊。
相馬御風らの本は今は読む人もいなくなった。埃をあびたままの本に、「もっとも哀れなのは、忘れられた女です」というマリー・ローランサンの詩の一節が重なる。心に灯がともる。
(週刊朝日 2010/11/19)
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私が幼い頃、周りはこんな人ばかりでできていた気がする。そんな懐かしさ。風呂敷を持って行き来する人々。立ち居振る舞い、考え方、しゃべり方。作者のおとうさんが亡くなる話が好き。
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うぐいす色の布貼りの表紙。
中身にふさわしい布貼り装幀で、本は目で読むだけでなく、手で触って読むものだな、と思い出させてくれる。
手渡してくれた書店主さんは、「汚れやすいからね、早く何かカバーをかけたほうがいいですよ」と一言添えてくれたけれど、この布の手触りもまた中身への期待をほくほくと掻き立ててくれるようで、手をきれいに洗ってからちょっと撫でてみる。それからカバーをかける。カバーはかけたけれど、また読む時には手をきれいに洗って、やはり一度は撫でてみてから、読む。
東京大森の小さな古本屋「山王書房」店主が綴る、作家さんたちとの交流、古本の話は愛情に溢れている。
見知らぬ大きなお宅の朴の落葉がほしくて、すみませんが少し下さいませんか、と頼む話がある。「落葉はいくらでもあげますが、一体あなたの職業はなんですか」と聞かれて、「ハイ、私は落葉屋でございます」と。
いいな、落葉屋。
落葉も、古本に似ているかもしれないな。新刊本には決してない渋いようなほろ苦いような、でもどこかなつかしくて温かいような感触。
それから、前夜失くした古本の包みを駅の遺失物係に探しに行ったら、中年のご婦人がこれこれの品物を主人が昨夜忘れて…と尋ねていて、同じような人がいるものだとふと見ると、自分の奥様だった、とは、オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」をふと思い起こさせるようではないか。
ああ、無用なものほどなんとうつくしい。
ずっとずっと読んでいたい本だった。
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美しいのです。
本そのものの佇まいも、もちろん帯も栞紐も、その他すべてが。
このような本の中に、素晴らしいことが書かれていないわけ、ありません。
大事に大事に、大事にしたい。
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いや~、素敵な本に出会いました。
触れるのもドキドキするような、布張りの手触りのよい装幀に、まずほっと心がなごむ。
中を開けば、街の片隅のちょっとした風景が、穏やかな筆致で季節感たっぷりにつづられ、かと思うと、時折ぷっと吹き出したくなるような面白い話が、軽快に語られる。
気取りがなく気負いもなく、でもどこか品の良さを感じさせる小気味よい文章、錚々たる作家たちとの心温まる交流や、本への惜しみない愛情など、とても一介の古書店主とは思えないほどの一級の随筆ばかりだ。
文章からあふれてやまない著者のお人柄こそが、山王書房が多くの作家たちに愛された所以なのだということが、ありありと伝わってくる名著であった。
時々手にして読みたいかも。買おうかな。
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すばらしい作品でした。知らない作家の方もいましたが、作者の人格のお陰か、なぜか身近に感じました。少々高いですが、その価値ありでした。
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本か好きな人が書いた本。素敵な装幀。背表紙は口絵に版画が。本に詳しくなくても一つひとつのエピソードが面白くて、人と人との出会いなども素敵。「あとがき」まで読んで欲しい。
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不忍ブックストリートで版元の方が売っておられたので、何気なく買ってみたのだけど、飄々としたおかしみのある語り口が実に味わい深く、いやこれは拾い物でした。長らく絶版になっていて復刊が待たれていた本だと後で知り。こういう思いがけない出会いがあるから古本はいいよね。
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いい本でした。古いんだけど、いま読んでもなお面白い。古本屋の店主が、正宗白鳥や、尾崎一雄や日本近代文学館のひとや、その他、本好きのお客さんたちとの交流をつづった作品。本が好きということは、こういうことだよなあやっぱりと思わせられる。
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この本が描く、恐らく今では取り戻せないだろうどこか温かい世界に思いが広がり、感慨深くしばし眠れなかった。昭和28年、東京都大田区に古書店を開き、多くの作家、学者らに愛された筆者による随筆集の復刊。多くの客の言動は、どこか奇妙で哀しいが、どんな理由であれ、本が好きだ、という心情を知る故か、描かれる姿はとても愛おしい。すべては30年以上前の物語。電子図書で騒がしい昨今、「本」の魅力を改めて感じるのに最適の一冊。