紙の本
外務省の前事務次官、薮中三十二(みとじ)氏が書いた日本外交論である。彼は国家の中枢で責任ある立場に立って日本外交を文字通り切り盛りした男だ。業務上知りえた秘密も多数あるだろうし、なかには墓場にまで持っていく類のエピソードもあろう。こうした暴露的なエピソードは本書には一切ない。
2010/11/25 14:40
27人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る
冒頭に薮中氏はかましている。「私は、外交インサイダーとしての立場を利して、個々の政治家について論評したり、暴露的レポートをお届けするつもりは毛頭ない。それは、一外交官としてのポリシーでもあるからだ」と。これは外務省の落ちこぼれが最近恥も外聞もなくメディア露出を決め込んで組織人としてあるまじき行動に出ていることへの痛烈な皮肉であろう。「外交インサイダーとしての立場を利して、個々の政治家について論評」は、おそらく外務省の落ちこぼれ1号天木直人のことを指しているのだろうし、「暴露的レポートをお届け」というのは、外務省の落ちこぼれ2号の佐藤優のことを指しているんだろう。本書は、いわば抗弁、反論することを封じられてきた外務省からの反撃の狼煙である。
外務省の中枢を歩んだエリート官僚による文章だけに内容は迫力に満ちている。
薮中さんは日本の外交の特色として以下の3点をあげている。「受け身の姿勢」「言い訳の姿勢」「小出しの姿勢」。日本では「もっと毅然たる外交を」という声が巷にあふれている。「NOと言える日本」など勇ましいタイトルの書物も人気を博したりしている。しかし、薮中さんは、こうした言論は、いわば頭の悪い国民に向けて発せられるガス抜き効果を狙ったものなのであって、いざとなると日本人自身が「毅然たる外交」に背を向けると喝破する。なぜ日本は堂々と自分の主張を行わないのか。それはカッコイイことを言えば、あらぬ逆ねじを食らって、必要以上の譲歩を迫られたとき、その用意も覚悟もないからだという。「お前が余計なことを言うから、米で譲歩を迫られたじゃないか。自動車産業のお蔭で農民が馬鹿を見るのか」と、こういう具合になるわけだ。日本社会の最大の欠陥が、ここに凝縮されている。日本人は、物事に優先順位をつけることが出来ない。何が一番重要で、何が重要でないかを判断することが出来ない。やろうとすると必ず起こるのが「強者の論理」「弱肉強食」という、例のアレだ。日本では全員がハッピーになる政策でなければ歓迎されない。というか、受け入れられない。自分で自分の政策に優先順位をつけられないのであれば外国と交渉なんか出来るわけがない。たかだかGDPの1.5%しかない農業なんか、本来日本にいらないのである。日本人は世界で一番競争力のあるトヨタやホンダの自動車を売って、そのお金で世界から食料を輸入することが「合理的」なのだが、こういうことを白昼堂々主張することが出来ない。出来にくい。大規模小売店法に関する規制だってそうだ。駅前商店街というのは、昭和30年代の消費行動を前提とした設計になっている。当時の日本人は三度三度の食事ごとに買い物をした。夕方に夕食で食べる分だけ買い物をした。だから買い物は買い物かごだけで済んだし、買い物は原則徒歩もしくは自転車ですんだ。いまは違う。昔は想像もしていなかった1リットル紙パック入り牛乳を三本も四本も買い、2リットル入りペットボトルのお茶を1ダースも買うようになった。こんな買い物、徒歩では出来ない。自動車がないと出来ない。ショッピングカードがないと出来ない。そうなると駅前商店街じゃ買い物なんか出来ない。大規模スーパーでドカンと買い物をして、駐車場に停めてある車に全部載せて自宅に帰るように出来ないと買い物なんか出来ない。だから消費者は駅前商店街に見切りをつけ、巨大スーパーの進出を歓迎したのだが、日本では商工族が邪魔をして大規模小売店法の改正が遅れた。これは時代の要請に合わなくなった駅前商店街の人々にとっては利益でも、日本全体からみれば明らかにおかしなことだった。もっと日本の消費者に合理的な買い物の機会が提供されてしかるべきだった。しかし日本の政府は「正しい選択」が出来ないでいた。だから外務省が「ガイアツ」を使って「正しい選択」を日本政府に迫る作戦を実行した。これがいまだに在日アメリカ大使館がそのホームページ上で公開している「年次改革要望書」の中身だ。これは日本自身による自作自演がその大宗を占めるものなのである。関岡英之、読んでるか?
しかし、これは何も日本政府に限った現象ではない。諸君の身の回りを見渡せば頻繁に起こっていることである。マンションの管理組合を見てみるがよい。理事長に大した権限は無く、司会進行役にすぎない。そして大規模修繕計画等ほとんど全員の利益になる事柄でも一部の少数のワガママが横車を押した途端、管理組合の審議はストップする。前に進めない。これが私たち日本人がつくってきた「社会」なのである。
薮中さんは日本と対照的な外交を展開する国として中国をあげる。中国外交の特色は「動じない」「言い訳しない」「相手を攻撃する」の3点だ。ただ日本のマスコミが言うほど中国の外交が「したたか」なのかというと、「そうではない」と薮中さんは断じる。自分の主張を強く出しすぎる結果、周囲から浮き上がり、嫌われ、孤立した揚句に自滅するケースが中国外交にはままあるというわけだ。最悪のケースが2009年12月にデンマークで行われた気候変動サミットだろう。中国は世界が苦労して漕ぎ着けようとした気候変動サミットの合意をぶち壊し世界を敵に回した。中国国内では「西欧の陰謀を打ち砕いた自主外交」という、いつか見たような拍手喝さいが巻き起こったが、気候変動サミットを契機にアメリカとEUは中国を敵視するようになったのは厳然たる事実だ。ダライラマにしても李登輝にしても、中国政府がシレっと無視していれば世界の誰も注目しなかっただろうに、中国が大騒ぎするものだから、世界は却って中国政府の姿勢に反対の意思表明をするようになる。今年のノーベル平和賞騒ぎも同じだろう。独りよがりで傍若無人な中国が世界中の人たちから嫌われ警戒されるようになった最大の原因は中国の外交姿勢にあるというわけだ。
海外からどう見られているかを気にしすぎるのも日本人の悪い癖だと薮中さんは言う。アメリカに対し毅然たる対応をしろと勇ましい声を出す奴に限って、年頭の大統領一般教書演説に日本への言及がないと、日本のマスコミはすぐに「ジャパンパッシング」「日本軽視」と大騒ぎを始める。じゃあ、同じ教書内でイギリスへの言及があったか、フランスへの言及があったか。無いのである。それで英仏のマスコミは自国軽視だと大騒ぎなんかしていないのである。日本のマスコミもきちんと冷静な己の目で世界を見る視点を養うべきだろう。
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交渉の裏側が垣間見られて面白かった。
印象的だったのは、交渉を通じて国益の異なる交渉相手と信頼関係を築いていくというところ。信頼関係がなければ交渉が上手くいかないというのは、目からうろこであった。言うべきことは主張し、リラックスする場では冗談も言い合う。お互いに交渉をまとめなければならないから立場は一緒なのだと感じた。
日本の外交は弱腰といわれるが、アメリカからの要求、日本の縦割り行政など、歴史的、構造的にそうなっているのだと感じた。
アメリカに対して堂々と主張している国もあるので、今後は、日本もロジックを持って主張する必要がある。
日本人は自分たちのことを控えめに見ているようだが、日本が海外で行ない他の国から評価をされている貢献はたくさんあるようだ。日本の親切な国民性や美しい自然、技術力など、日本の素晴らしさをきちんと認識し、自分たちを卑下することなく国際社会で主張しリーダーシップをとっていきたい。
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官僚が在任中に著書を出版するケースは少ない。
官僚は黒衣として働くのが基本であり、
守秘義務にも当然しばられる訳だから
自分の考えを直接世に問う機会は限られる。
それだけに退任した官僚の書いた本には
ときどき読む価値のあるものがある。
退任ではないが起訴休職中の佐藤優の一連の著書、
守屋武昌『「普天間」交渉秘録』(2010)も面白かった。
官僚たちの仕事のポジティブな部分を知ることができるのだ。
一部のメディアや政治家の言うように
「官僚=悪」と決めつけて思考停止する訳にはいかない。
藪中三十二『国家の命運』を読む。
小著ながらなかなか味わいがあった。
藪中は現役時代、『文藝春秋』連載
「霞ヶ関コンフィデンシャル」の常連だったから
名前を見知っていた。
藪中はアメリカや北朝鮮との交渉の経験などから、
プレゼンテーションにおける英語やロジックの大切さ、
51:49で譲るところ、譲らないところを線引きする工夫など
具体的な助言をしている。
藪中が実践してきた国際的場面での交渉術は
僕たちの日々の仕事の大小さまざまな交渉にもおおいに役立つ。
元官僚としての藪中の矜持は
日本の近未来に対する危機感に支えられている。
日本がこのまま沈んでなるものかとの思いだ。
さて、翻って、自分はどうだろうと胸に手を当てる。
日本という国にも、日本人であることにも誇りを持っているが、
それをなにかのカタチで表現しているか。
自分にできることはあるか。
国家主義にも、民族主義にも踊らされる気はさらさらないが、
誇りと矜持について考えるときがある。
それは会社主義ともどうやら違うようなのだ。
(文中敬称略)
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奥ゆかしさを大切にする辺境人、日本人。
しかし、交渉の場では、論理とかけひきが重要。
外交を極めた著者が、分かりやすくその要諦を説く。
極めた人には、他の分野にも共通する本質的な部分が見えている。
読みやすく手頃なボリューム。
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アメリカとの沖縄基地問題、中国との尖閣諸島、ロシアとの北方領土問題など、なにかと「外交」というものがクローズアップされている。
もちろん日本にとって大切なことであるのだが、その外交の世界を今まで以上に知りたいと思い買い求めた書。
著者の藪中さんは、外務事務次官をつとめるなど、外務省歴もながく、様々な外交活動の裏側を知る方であり、とても興味深い内容が多かった。
・「受身の姿勢」「言い訳の姿勢」「小出しの姿勢」
・各省は「すでに対策は講じているが」という解説を加えたがり、それがアメリカ側の指摘する「危機感のなさ」につながっていたのだ。
・「中国に言っても反応がないからだ。反応しない相手はやりにくい」
・「動じない」「言い訳をしない」「相手を攻撃する」
・何はともあれアメリカの言うとおりにしよう、それが間違いない道なのだ、という単純な思考パターンを繰り返すようになってしまったのかもしれない
・ロジックのあるオフェンスが必要なのである
・外国に兵を出さないというのも一つの大きな政策であることは忘れてはならない
・「できない」を繰り返すのではなく、「何ができるか」を自分の発意で示すこと
・抑制も習性となると、考えるのを休止することにつながる
・相手の国が何を狙っているか、交渉と結論を急いでいるか、相手国の力はどのくらいか、交渉担当者の人となり、国内における力量はどうか
・嘘をつかず、欺かない
・絶対に必要なことと、融通の利くことを分け、優先順位を相手に分かるように伝える
・ダメなこと、デリバー(実現)できないことは、はっきりと言う
・文化や習慣、育ちも思考形態も違う相手と話す場合、ロジックがないと話がかみ合わない
・ロジックというのは、「世界共通用語」ということになる
・尖閣諸島は日本固有の領土であり、日本が実効支配しており、領土問題は存在しない
このように、外交に携わる基本的な理念、スタンスは日常のビジネスに役立つものが多い。
特に取引先などとの交渉は、会社の命運を分けることもあり、大いに参考になった。
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元外務省事務次官。小泉政権下のG8サミットの際にはシェルパも務められたとのこと。こんな風に動いているんだな、というのがよくわかった。
暴露本ではないので、詳細部分については省略されているけれども、それは良心的でもあるし、配慮でもあるし、何よりも「職業外交官」としての理性と知性と思いやりが感じられる。
もう少し、ボリュームがあってもいいかな、なんて贅沢なこと思っちゃいました。
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ほんの少し前まで最前線で日本外交の交渉を担ってきた方で、将来への憂いを滲ませる著作。まあ、現状を鑑みれば誰もが感じざるを得ない認識です。
新書の内容としては少し軽めで、過去の体験を踏まえたエッセイが中心。やはり詳細な話は外交上差し障りがあるので話せないのでしょう。外交官は最後に歯を見せてはならない(笑顔)と言われるほど、こちらが「勝った!」と相手に思わせてはならないといいます。秘密をどこまでも抱えていなければならない立場としては、ぎりぎりの話なのでしょう。
外交上の駆け引き術やこれまでの外交交渉の内幕はそれなりに面白かった。
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外交官だけど官僚にありがちな上から目線は全く感じられず、すごい人なんだろうけど親しみが感じられる。
国家の要諦から外交の裏話まで話題は尽きない。かつ、おそらく著者の仕事や言いたいことは文庫本一冊にはおさまらないと思う。読んでよかったし、続編希望。
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霞が関の伝統は、「継続性」にある。つまり、過去の政策について誤謬を認めようとしない。こうした習性が背景にあるから、構造協議だからといって、それまでの政策を頭から否定はしない。むしろ各省は「すでに対策は講じてきているが」という解説を加えたがり、それがアメリカ側の指摘する「危機感のなさ」につながっていたのだ。
日本は戦後、追いつくべき相手に追いついてしまうと、次なる目標が見えなくなった。そしてアメリカからの要求を待つという姿勢になった。何かにつけアメリカの要求を待ち、その半分か、三分の二ぐらいまで聞き入れる。それは日本のお家芸のようになっていった。
俎上にあがった問題に対する言いわけと、具体性のない対応策では、相手に売れない。「問題を認め、その上で、対策は大胆に、かつ目標は明確に」がポイントなのだ。
論理だったオフェンス
「動じない」「言いわけをしない」「相手を攻撃する」
交渉においては、ペース設定がきわめて大事な要素である。北朝鮮が手ごわいのは、交渉のペースを作れるから。日本のメディアは今日一日のことを質問するが、かれらは一年かかろうが気にせずマイペースで考えられる。
日本側の出席者からは、何度となく、「ご理解いただきたい(please understand)」というフレーズが聞かれたものだった。日本の事情は特殊なのだと相手にくどくど説明し、結びにこのフレーズが口を突いて出るのだ。
およそ良好な二国間関係というのは相互依存の関係、つまり、協力的な関係を築くことが双方のメリットになる関係であり、そうでないと長続きはしないのである。
交渉という観点からは、「できない」を繰り返すのではなく、「何ができるか」を自分の発意で示すこと、これが大きく効いてくる。要求に対して受け身ではなく、オフェンスに出る。つまり、「Yes, we can」であり、これこそが評価されるポイントなのだ。
(1)相手の国が何を狙っているか(2)交渉と結論を急いでいるか(3)相手国の力はどのくらいか(4)交渉担当者の人となり、国内における力量はどうか
(1)ウソをつかず、欺かない。交渉の初期段階では「ダメもと」、無理は承知で、まずは目一杯の要求をつきつける、相手の要求に反論することが、やむを得ないこと、必要なことでもある。それでもウソはいけない。
(2)絶対に必要なことと、融通の利くことを分け、優先順位を相手に分かるように伝える
(3)ダメなこと、デリバーできない(最終的に実現できない)ことは、はっきり言う。
最終局面では、決裂を恐れずに舞台に立ち、勇気をもって決断する
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外務省次官をやっていた薮中氏の本。事務次官を退任したとはいえ、まだ顧問という立場にいて外交にコミットする可能性があるからか、あまり際どい主張はない。しかしながら、2000年代の外交交渉を担当しただけあって、外交の「意図」や「信念」を感じさせる内容ではあった。
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2010年まで外務事務次官を務めていた著者。
それだけあって、日本の外交上の諸問題がわかりやすくまとめられていた。
もちろん、新書という形をとっていることも理由に挙げられるだろう。
以下、めも。
•日本のマスコミの過剰な日米関係への反応
•米中の依存関係と、過去の日米関係との相違
•日本なりのyes,we can、それに反してODAの激減
•look Korea
•日本の一日は北朝鮮の一年
若者よ、世界の舞台へ!
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外交官として長年対外交渉の現場で活動し、外務省の事務次官を務めた(2010年退任)薮中三十二氏が、その外交の現場での対外交渉のあり方や、日本の今後についてを語った本です。
タイトルが、「国家の命運」とかなり固い感じですが、中身が外交交渉の経緯が述べられている部分が多く、日米構造協議、北朝鮮問題を検討する六か国協議、サミットなど、こういった交渉だったのかというのがわかります。またその交渉の進め方は、外交に限らず、ビジネスにも役立つものだと思います。
外交交渉では、北朝鮮のしたたかさがよくわかります。問題解決というか交渉の時間感覚が大きく違いすぎること、そこを北朝鮮がよんで交渉してくることについて、もう少し日本側は、政治家も、外交官も、それ以上にとにかくネタを求めるメディアも考えるべきだと思います。
EPAや、FTA、そして今、新聞メディアを賑わしている政治の取り組みとしてのTPPについて外交交渉の現場風景から考える上でも参考になります。
どちらかというと、外交交渉から考える交渉の仕方や、日米構造協議以降の外交の裏側を読んで振り返る色が強い感じでした。
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読了。「こんなもなぁ、墓場まで持っていく」焼却炉にむかって次郎さんが呟いたという、逸話が浮かんできた。外交の第一線に立ち向かってきた、ほぼ現役の外交官の新書。国際社会の日本の立ち位置 なう がわかる。さあ、どうする新生内閣のおのおの方。
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昨年まで外務事務次官であった著者が自らの経験から、日本のあるべき姿に言及している。経験を積み重ねた人の言葉は重い。
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【7/150】こういう本は古本屋で買って読んではだめよね。やっぱり旬が命の本かな。テレビでよく映っていた薮中さん。ほんと諸外国との交渉おつかれです、と思わずつぶやいてしまう。
マスコミの情報はほんと当てにならんといつも思う。当人が書いた本をまず読んでみないと、ことの善悪はともかく、当事者の生の意見は興味深い。