紙の本
いい友人を持てた藤枝氏
2023/12/04 09:46
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
骨董の茶碗が金魚と恋をするというとんでもない書き出しは私小説風なのに、ハチャメチャな作品「田紳有楽」を読んでからすっかりこの作者のファンになった私だが、もちろん、彼の私小説も大好きなのだ。この随筆集は少年期、青年期の思い出が語られている前編から、骨董の話、韓国旅行の話、そして「島崎藤村」の評論家・平野謙、「トルストイ論」の本多秋五、両氏との高校時代からの友情が綴られている、こういう友人を持てなかった私にはとても羨ましい限りだ。この随筆で私の心に残ったのは、氏の「設定した人物が勝手に動き出して最初作者の予想もしなかった方角に小説を持っていってしまった」ということを書く作家に対しての「自慢げに言っているが、内容は無骨格でダラダラとした印象しかない」というコメント、まさに我が意を得たりだ
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まさか藤枝氏の作品が新刊で書店に並ぶとは思っていなかった。
発売したというだけで、ただただ嬉しい。
内容は主に回顧録となっていて少年期から本多、平野両氏との出会い、そして小説家として(なんとか)確立するまでが描かれている。
この回顧録は掲載された文芸誌や時期が様々なので重複している箇所も所々ある。
しかし藤枝氏の経歴をこの様に俯瞰して見たことがなかったので大変面白かった。
後半になると趣味の骨董や韓国旅行記が描かれている。
このあたりから過去の思い出話ではなく現在の藤枝氏が現在感じるものをありのままに書く私小説になっていく。
特に骨董話は読んでいて退屈した。
品物の描写が仔細にわたるものの、本文中は(写真略す)と書かれていてなんだか老人の戯言を聞かされているような気がした。
これが一番始めに掲載された時からこの様に略されていたのか、出版社の判断でそうなったのかはわからない。
せめて想像と答えあわせでもするように、巻末に写真が載っていたらよかった。
最後の一編は妻の死を描いた「妻の遺骨」
これは本書、藤枝静男随筆集としても、氏自身を総括するという点においても最後に持ってくるに相応しい。
藤枝氏の情けなさが沁み出てくるような一編になっている。
悲しいだけに留まらず憤りさえおぼえてしまうあたりは、氏にはまだ生があるということで喜劇とも悲劇ともとれる。
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若い頃の話や、友人であった平野謙や本多秋五についての話、骨董についての話など、いろいろと取り混ぜた静男随筆集。随筆を真面目に集成すると、割りと同じような文が出てきたりして微妙な気持ちに囚われたりすることもあるが、これは精選という感じでとてもよかった。いくつか何度も読んだ。
平野さんや本多さんについて書いた文がとりわけ面白かった。静男の目からは「ちょっと不良気味」で「父親に対する周りには見せない執着をもつ」平野謙、および「口下手」で「人を食ったようなところがない」本多秋五、という風に、二人は見える(観察している、といえそうな気がするときもある)らしい。時に容赦ない書き方なので、ちょっと笑ってしまうようなところもあるけど、「実際こんな感じの人だったんじゃないかな」と思わせる筆の力はさすが。本多さんの思想経緯を追うところの文章に表れる緊張感とかぞくぞくする。前に読んだのでもこういう緊張感があったなあ。
なんだかんだ言いながら「私はこの二人と親友であったことを感謝している」と真顔で結ぶ静男。真顔で言われた方はどう思っていたのだろうか。三人の友情はなんだかまぶしくてうらやましい。
また、堀江さんの解説が素晴らしく、何となく読んでいてぼんやりと感じたようなことが、しっかりと言葉になって輪郭がついているのを読んで、そこから再び遡って読んだりもした。