紙の本
人間関係
2023/08/01 13:30
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投稿者:なつめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
社会的うつ病について、いろいろな角度から分析されていて、よかったです。人間関係の見直しの大切さが、よくわかりました。
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軽症なのに、なかなか治らない。怠けるつもりはないのに、どうしても動けない。服薬と休養だけでは回復しない「新しいタイプ」のうつ病にどう向き合うべきか?精神科臨床医が、具体的で詳細な対応法のすべてを解説する。「自己愛」が発達する過程に着目し、これまで見落とされがちだった“人間関係”と“活動”の積極的効用を説く、まったく新しい治療論。
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出版社から献本いただく。感謝します。
落ち込んでいる。僕はデヴィッドソンスケール50点の(後述)ヘタレなので、極めて落ち込みやすい。訳の分からない人に何を言われても痛痒を感じないが、訳の分かる人に叱られるとかなり尾を引く。
というわけで(どういうわけ?)、斎藤先生の近著である。
「社会的うつ病」という近年多いマイルドな、しかし難治性のうつ病を基軸に、社会と病との関係性を論じた一冊。斎藤先生の本は「生き延びるためのラカン」以来。
思いつくままにメモを
・社会の「心理学化」ーー>脳科学化の問題。
あるセオリーで社会を全て説明することの息苦しさ。
・操作主義の問題。自律の欠如。いずれ操作されることが快適になってくる。
・薬漬けは問題だが、うつ病治療の基本や薬物治療
・心の強さは簡単には決められない。
・逆境を上手く乗り切るレジリアンスの能力。デヴィッドソンのスケールだと、一般人は平均80点、うつ病の人は60点以下。僕は50点だった(!)。
・民間療法も、プラセボ療法も、治れば良い。
・母親の基本的信頼感は大事。これが欠如し、自己愛性人格障害になることも。ただし、セオリーにあまりにどっぷりつかってもだめで、話半分くらいに。
・適度の欲求不満が人の成長を促す。
・孤独で才能が開花するのは、「美談」であって一般化できない。人は通常は孤独がネガティブに作用する。
・日本人は世界でも社会的孤立の度合いが強い。
・ネットでは孤独は避けられない。ネトゲ廃人のリスク。
・自己愛は科学の対象ではない。
・ブリーフセラピー
うまくいっていることは続ける。
うまくいかないなら、やり方を変える
かつてうまくいったことをもう一度やってみる。
・境界型人格障害者は孤独が極めて苦手 誰の心にも境界型人格障害は住んでいる。
・境界型は、判断の基準が「黒か白か」しか知らない。つまり未熟。
・自己啓発にはご用心。誰でも変われるといいながら、失敗しても自己責任というのは問題。
・人間が変わるのに最も意味がないのは「決意を新たにすること」
とまあ、ランダムに気になったところをメモってみたが、昨今のうつ病とその周辺を描写し、社会論にもなっているように見える。社会の変容が精神疾患の様相を変じていくという説明はとても理解しやすい。今の世の中の危うい部分が「社会的うつ」、発達障害(アスペルガー含む)、人格障害などいろいろな様相に影響を与えていく。身体性への言及は内田樹さんとシンクロする(ラカンだから?)。あと、音楽療法のところが興味深かった。今後どういう展開を見せていくか、楽しみ。
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11/04/06。ひきこもり専門の先生がうつについて昨今のうつを巡る医療環境、社会環境について、ていねいにかつ謙虚に語っている。
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うつ病は社会問題になっている。
昔のようにまじめで几帳面じゃない人がなる。責任ある立場を回避したくてうつ病になるらしい。
軽くて直りにくい。
境界性人格障害とうつ病は違う。
人薬は重要。ツイッター、メール、SNSを多いに活用するのもよいらしい。
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精神医学者や哲学者らの専門用語オンパレードでいささか読み解くには難解であり、辞書を引き引き読んだ。
著者はひきこもりの権威なので、それに焦点当てすぎの感はあったが、「人薬」と称して他者との関わりが治療に必要だとする理論は共感できた。
これは良書と呼べる一冊。
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傷つけないように管理する方法が主流になってきたため、小さな病が増加しているという。壮大な統合失調症患者は減り、日常でうつ病患者が増えている。現代的なうつ病について、どうしてなの?どうすればいいの?という問に、ある程度わかりやすく解説している。やはり、適度な距離の他者とのコミュニケーションは大切。そして、それは長じてからでも有効だと、個人的には思う。
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うつ病の改善、予防には、自己愛の形成、維持が大切で、それには「他者」の存在が重要で、「他者」とは、「他者性」を発揮できれば人である必要はなくて、「他者性」とは何かというと、自分にとって重要でありながら意のままにならないことだそうだ。
そこで、真っ先に思いついたのは、フットボールのクラブチームだった。
「意のままにならない」という言いまわしが気に入った。
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コフートの自己愛について、初めて認識でき、概要を理解することができました。
「自己ー対象」の関係から生きていく上で大切な様々な能力を取り込み吸収すること、
家族だけの関係では不十分だということ、など。
環境調整や、出会いのきっかけ作りなど、ソーシャルワーカーである私にとって、とても学びの多い一冊でした。
この本をきっかけに、環境調整についてもっと深めていきたいです。
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軽症化しているのに治りにくくなっている新しい鬱病。その治療には引きこもりの知見が有効なのではないか、それは(適切な)自己愛と、それを元にした「労働」でもなく「仕事」でもなく「活動」を通じた人間関係である、という。なるほど。
斉藤環氏のこの独特な目のつけどころ、いいなぁ。
大雑把には理系/文系的な境界をまたぐ筆使いから、価値判断には非常に慎重であるところまで、耳を傾けようと思わせる。
booklogレビューの機能で本書からの引用をいくつか掲載したので読まれたし。
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家族以外の親しい人間関係を築くことの大切さを感じた
自我と自己の関係、自己愛からくる逃避がひきこもりなのだなと思った
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「人薬」の偉大さに深くうなずく。対面エネルギーに勝るものはない。「どう考えるか」「どうするか」が、具体的で良い。
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心理学や脳科学の隆盛による「こころの視覚化」とポストモダンという「大きな物語の喪失」の時代背景が相まって、うつ病や統合失調症の症状が軽症化し、一方で操作主義が及ぼす実存的な悩みの増強による「軽症うつ、社会的うつ」が増加しているという考察。
統合失調症の妄想も、宇宙の支配から隣人の盗聴へと「小さな物語」化しているという指摘が興味深い。
ジェンダーが多様化した現代社会で、適切なバランスの自己愛の形成が家族や隣人、学校だけでは得られにくくなっているというのは実感としてある。コフートの発達理論=自己心理学、はとてもわかりやすく、今の時代を考える上でのポイントが整理されていた。
「しつけ」と称する道徳や倫理観の押しつけと、学校に代表される画一化への要請が、周縁にいてズレを感じる人間にとって、結果的に依存先を奪い取っている可能性に大人の側が自覚的にならないと何も解決しないのではないか、と思った。
ひきこもりの専門である筆者が、軽症うつと共通する精神病理を見出し処方箋を呈示する書であるが、この対処法は不登校の児にもそのまま応用可能だと感じた。しかし、デイケアや就労(就学)支援などのリソースは「不登校」では皆無と言っていい。それは、不登校が「病気」と認定されにくい原因の多様性を孕んでいることと、学校が職場よりも「帰属することを要請される縛りが強い」場所であることが関係あるのではないだろうか? やはり成人になってから表面化する問題ではあっても、根っこは発達過程の教育や育て方(親子関係)にある、そう強く感じさせてくれる書である。
悲しいかな、親は子に対し、教師は生徒に対し「支配的」になるものなんだろうな。
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斎藤環氏については、NHKラジオの文化講演会でとても印象に残った講演だったので、それ以来何冊か読んでいる。
今回のは、うつ病とその対応の解説の本である。病院に行くほどうつ状態にあるわけではなく、好きなことは勝手に自分でできるが、しなければならいこと(学校や仕事)はできない。そして暴言を吐いたり、自分勝手な行動をする。それに対し、諭したり、叱ったり、口論することが無駄であるという。今の状況を受け止め、安心出来る状態にすることが家族がすべきことだという。
エッセンスは第5章「家族」のかかわり方にある。
(中央図書館)
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烏兎の庭 第五部 2016年9月
http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto05/diary/d1609.html#books