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発刊された順番に読み進めてしまったため、「ツバメの谷」に続く作品としてこの「長い冬休み」を読了しちゃったんだけど、読了した今、改めて文庫本の裏扉を見てビックリ! 実はこの「長い冬休み」は「ランサム・サーガ」の第4作で第3作は「ヤマネコ号の冒険」(発刊されたのは5番目)だったらしい・・・・・ ^^; もう! 紛らわしいことをしないで欲しいわ、岩波書店さん!!
ま、それはさておき、今回の読書ではしょっぱなからちょっと唖然とさせられました。 いきなり登場したディック & ドロシア姉弟(D姉弟)に「誰だ、そりゃ??」と困惑することしきり・・・・。 読み進むうちに彼らがツバメ号の4人兄妹 & アマゾン号の2人姉妹とお友達になる都会育ちの別の姉弟であることがわかってほっと一息つきました。 と言うのも、KiKi にとって今となっては「よく知ったお友達感覚」の2つの船のクルーたちの次の冒険物語を読む心積もりでいたのに、そのしょっぱなに見ず知らずの人が登場してきたらそりゃあビックリするってもんでしょう?
しかもね、ドロシアの方は昔の KiKi を彷彿とさせるような女の子だったからまだいいようなものの、ディックの方は天体とか鉱物なんていうおよそ KiKi の好奇心の琴線には触れて来ないようなものに夢中な理系男子。 眼鏡までかけちゃって、どこかぬぼ~っとした雰囲気を漂わせ、描かれた風貌だけだと凡そ親しくなれそうもないような男の子だったのですから・・・・・。
でも読み進めるうちに、都会育ちのこの2人が現代人に限りなく近い(要するに舟の扱い方を知らず、火の扱い方もどこか危なっかしく、ロープもろくに結べない)存在であることに気がつくと逆に妙な親近感を覚えるようになります。 しかもこの2人、都会育ちではあるものの、結構肝が座っています。 滞在先の農家からちょっと離れたところにある廃屋もどきの古い納屋を「天文台」と呼び、子供2人だけで暗くなってから、そこまで歩いていこうというのですから・・・・。
こうしてたどり着いた納屋(もとい 天文台)で「火星への通信ごっこ」という思いつきの灯火信号でツバメ号のクルーたちが滞在する別の農家と初めて接触を図るシーンでは KiKi も彼らと一緒に何だか期待でドキドキしてしまいました。 その信号に気がついたツバメ号のクルーたちが翌朝天文台を訪問することによって彼らは出会います。 そして実に子供らしく「出会ってしまえばお友達」となっていく様子は微笑ましい限りです。
とは言っても、お互いが相手との距離感をおっかなびっくり図りつつであるところが、小学校のクラス替え直後の雰囲気タップリで、リアリティ満載です。 そして海賊たちの感化を受けながら都会育ちの2人が少しずつ、少しずつサバイバリストに変身していく様子に思わず目を細めたくなります。
彼らの出会いをとりもった、言葉としてはほとんど意味をなさなかった「灯火信号」だけではなく、手旗信号やらモールス信号と通信手段が増えていくのも実に楽しい! イマドキの子供達だったら携帯電話やらラインで連絡をとりあうところだろうけれど、��らは子供らしい創意工夫で離れた場所に寝泊まりしながら当日の予定を打ち合わせる手段を構築していきます。 子供が遊びの中で発明や発見をするというのは、まさに真実だなぁ・・・・と。 ま、その彼らのちょっぴり中途半端だった創意工夫が物語の最後でとんでもないトラブルを生む原因にもなるんですけどね。
さて、ツバメ号とアマゾン号のクルーたちは冬には冬の楽しみ方を知っているようで、森の中にイグルー(日本のかまくらみたいなもの。 エスキモーの雪洞構造の避難施設のようなもの)を建てたりして、相変わらずのサバイバリストぶりを発揮しています。 そこで都会育ちのD姉弟は先輩たちの行動から多くのことを学んでいきます。
そうこうしているうちにアマゾン海賊のキャプテン・ナンシィがなんとおたふくかぜに・・・・。 いつも一緒に過ごした遊び仲間から伝染する可能性のある病人が出たということで、他の子供たちは思いがけなく学校へ戻ることができなくなります。 この思いがけない「長い冬休み」というチャンスを生かしつつ彼らは極地探検という新たな冒険を実行するために動き始めます。 この極地探検のそもそもの発案者はナンシィなのですが、彼女はいつ回復するのか、極地探検に参加できるのか、そもそも彼女の企画の詳細はどんなものだったのか、残された子供達にはわからないことだらけです。
そこで隔離されちゃったキャプテンと連絡をとろうとするんだけど、そこでの挿し絵が何とも微笑ましいんですよ。 窓からジュリエットよろしく顔を出したナンシィと窓下のロミオよろしい子供たちの挿し絵なんだけど、そのジュリエットの顔がない・・・・。 顔部分に描かれた大きな丸の中に以下の文字があるんです。
ナンシィのふくれたかおは気の毒で描けない
これを見た時、KiKi はそれこそナンシィには気の毒だけど大笑いしてしまいました。
キャプテン不在の中、それでも探検家気取りの子供たちは岩場で動けなくなったヒツジを助けたり、キャプテン・フリントのハウスボートに「留守中の換気をする」という名目で入り浸りつつ極地探検の準備をしたりと楽しい時間を過ごします。
今作では下巻の途中までキャプテン・フリントも不在なんだけど、途中で彼が帰還すると子供たちの極地探検の下ごしらえは一気に進みます。 こうして何とかナンシィのおたふくかぜも治り、極地探検の下準備も全て整い、いよいよ明日は極地探検というところで大事件が発生します。
旗信号の打ち合わせミスによりD姉弟が信号の読み違い(でもこれは彼らのミスではない)を犯し、猛吹雪の中2人だけで極地を目指す旅に出かけてしまうことになるんです。 吹雪の中、凍った湖をそりで帆走しているD姉弟のシーンを読んでいる時は、ハラハラ・ドキドキして見ていられないような気分でした。 万が一のことが起こったらどうしよう・・・・・と。 そんな彼らの状態を様々なシグナルから察知したツバメ号のクルー(+ アマゾン海賊の妹)は救助隊を編成してこれまた子供達だけで極地に出発しちゃうし、病み上がりのナンシィに至っては「置手紙を残す」という最低限のことはしてくれたもののたった1人で極地を目指します。
結論からすると最後の最後には皆が無事に北極(ということにした地点)に辿りつき、宴会となるのでやれやれ・・・・・ではあるんだけど、まず最初に KiKi の脳裏に浮かんだのは
やっぱり子供だけの冒険は命の危険と隣り合わせ。 過保護なようでも子供の安全が第一。 このお話は結果オーライに過ぎないもの。
というような考えでした。 でも、それをあっさりと否定してくれちゃったのはナンシィのセリフでした。
「この方が、計画してたよりもずっと素晴らしいじゃないの・・・・・烈風と吹雪の中で、極まで帆走したんだもの。 帆走したのよ・・・・それに、どの隊がどこにいるのか、どの隊にもわからなかったし、あなたたちは極地の夜をひどい橇旅行したでしょ。 そうよ。 あしたなら、万事簡単だったでしょうよ。 ピクニックよ。 学校で散歩に出かけるようなもの。 でも、これはほんものだった。 この2人(D姉弟)は、アマゾン川より北へは来たことがなかったのに、独力で極を発見したんだもの。」
正直なところ、今となってはエスキモー(この物語の中で大人のこと)の筆頭みたいになっちゃっている KiKi にとっては、このナンシィの言葉は素直に頷けないところも多いし、ナンシィたちのお母さんや彼らのことを心配したキャプテン・フリントや農家のおじさん・おばさんのやきもきした気持ちをまず考えちゃうわけだけど、翻って子供の頃の自分の気持ちはどんな風だっただろうと考えてみると、ナンシィみたいな感じだったよなと思わずにはいられませんでした。
子供はちょっぴり自分の手には余りそうな冒険に魅力を感じるし、大変なことをやってみたい気持ちの方が強いんですよね。 それが常に実行できるとは限らないからこそ・・・・・。 やれやれ、ナンシィのような子供を持った母親は夜もオチオチ眠れないのだなぁ(苦笑)。
でも、そういうことをあれこれ考えれば考えるほど、キャプテン・フリントの素晴らしさが際立ちます。 彼はこの子供達による極地探検が安全に遂行できるように下準備を万全にしていたし、事件が発生した猛吹雪の日には子供たち全員の所在が確認できるまで走り回るし、どうやらD姉弟が何かの手違いで2人だけで極地探検に繰り出したらしいと分かるや否や、地元警察に駆け込んで捜索隊を編成させたりと「安全確保要員」としての仕事を着々とこなしていたのですから・・・・・。
にも関わらずナンシィのお母さんに
「それから、たぶん、本当のことが分かったら、他の人と同じくらいジムおじさん(≒ キャプテン・フリント)の罪ってことになるんでしょうね・・・・・・。」
なんて言われちゃっています。 カワイソ・・・・・。 もちろんエスキモーの筆頭 KiKi としては、ナンシィのお母さんの気持ちは痛いほど分かるけど、可能ならキャプテン・フリントみたいな大人でありたいなぁと思わずにはいられません。
巻末にある児童文学評論家の野上暁氏の言葉にある
ランサムの物語を読みながら、子供達が安心して遊んだり、自由に冒険できる環境を取り戻せないものかと、つくづく考えさせられました。
には深く同意します。 でも、そのために絶対的に欠けているものが現代人にはあるような気がします。 それはツバメ号やアマゾン号の子供達以下のサバイバル能力しか持ち合わせていない現代の大人という現実です。 Lothlórien_山小舎に薪ストーブを設置したことにより、ある程度は火の扱いに慣れてきた KiKi だけど、山小舎暮らしの割にはロープもろくに結べないのですから・・・・。 下手をするとディック以下かもしれません・・・・・(ため息)
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(No.11-60) 児童書です。ランサム・サーガ4。上・下巻をまとめて書きます。
『ディックとドロシア(カラムきょうだい)は、冬休みの最後の一週間を過ごすため、ディクソン農場にやってきた。ディクソンおばさんは若い時に二人のお母さんのナースだったので、その縁で。
住んでいる町の大通りを行き交う騒々しい音とは全く違う、ブタやメンドリ、アヒルの鳴き声で目を覚ます二人。
朝食後散歩に出た二人は、湖でボートに乗っている子供たちを見る。少女が四人、少年が二人。農場に帰ってディクソンおばさんに話すと、おばさんはその子たちを知っているようだった。
夜になり、二人は知らない子供が泊まっている農場を火星だとして、カンテラで通信を送った・・・・。』
わーい、嬉しいな、Dきょうだいの登場だ!
私はシリーズに出てくるどのきょうだいたちも好きなのですが、とりわけひいきしたいのがドロシア(姉)とディック(弟)のDきょうだいなの。
町っ子で最初は火の付け方もおぼつかない二人には、他のきょうだいにはない親近感を覚えちゃう。年齢的にはジョン、スーザンの年長組とティティ、ロジャの年少組の間って感じがします。
ディックはロジャとは全く違うのですが、ロジャと同じくいつも自然体。自分を良く見せようとか、周りに合わせようとかという発想が全くない少年です。彼を見ていると小説が書かれたのは80年前なのに、今人気の、眼鏡かけてる理系男子そのものじゃない?って驚いてしまうわ。
ジョンはディックについて「頭はよい思いつきでいっぱいだが、たいていの場合その場に不適当な思い付きばかりしている」なんて考えたりします。
現実から遊離しがちなディックをいつもフォローしているのが姉のドロシアなの。何かお礼を言わなくてはいけないシーンでは、ディックの視線を捕らえてそのことを思い出させたり、「失礼なことをするつもりは全然ないんです」とかばったり。
良い関係の二人が大好き。
単行本を読んだのはだいぶ前なので忘れていることもあるだろうなと思って読み始めたのですが、そんなことは全くなかったです。
さすがに読む前にストーリーを全部説明しなさいと言われたら出来なかったでしょうが、読んでいると次々にその後どうなるのかが分かりました。
それなのに、どうなるのかを早く実際に読みたくてしかたありません。話が分かっていて、それなのに読みたくてたまらないってすごいでしょう。
なぜ題名が「冬休み」ではなく「長い冬休み」なのか?読むと納得できます。
とっても面白いのでぜひ多くの人にお勧めしたいです。
しかし3はどうなったのでしょう。「ヤマネコ号の冒険」のはずですが、出版された気配がないみたい。順番にこだわらないことにしたのかしら。
私はこの「長い冬休み」が「ヤマネコ号の冒険」より好きなので、こっちが先でかまわないのですが・・・・。
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自然の中で子どもが自分たちだけの決まりごとをつくったり、遊びを考え出したりしながら育っていく、大人は余計な口出しをせずに見守っている、良き時代の話です。こんな自然の中で育てたかったなあ。
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Dきょうだいの試練、ともとれますね。
とてもとても危険で、下手をすれば命すら落としてしまう
ブリザードに巻き込まれてしまいます。
そりもマストが折れてしまい
絶体絶命のピンチになります。
ですが…
さまざまなトラブルもありましたが
無事にある意味の「お宝」を獲得できた
Dきょうだい、よかったね!!