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ルーボーは眼鏡をかけていないラリー・デイヴィッドにちょっと似ていて、最初は彼が東京で見聞する出来事に、勝手に“Curb Your Enthusiasm”的KYコメディを連想していたのだけれど、それとはまったく、ぜんぜん、違うとはいえ、数学者的かつウリポ(=ルーボーが所属する実験的な文学集団。メンバーは『地下鉄のザジ』のレーモン・クノー、『家出の道筋』『煙滅』のジョルジュ・ペレック、マルセル・デュシャンも故人ながら在籍中)的マイルールに則って山手線内をめぐる様子を想像すると、なぜか微笑ましくてしかたないのです。新宿御苑だとかDUGだとかTOTOのショールームだとか新橋の彫刻だとかおなじみの場所が出てくるとニヤリとせずにはいられないし、なにより(考えかたによっては)、よくそんなしょうもないことを微に入り細を穿って観察したということに感嘆する・・・のですよね。でもって、なんでそんなルール?とかおもったりもするわけですが、遊びはなんらかのルールが伴うことによって初めて“ゲーム”として成立し、普遍性がうまれるんですね。つまり、ルールがあることで、多くのひとが楽しめる遊びになっていく。
A5サイズだし微妙に薄くてこの書名なので、うっかり旅行ガイドと勘違いしそうですが、そういう目的にはほぼ役に立たないかも。でもこれ読んで、ルーボー的山手線めぐり創作ゲームをしてみるというのはアリかな。途中で脱線して捜索ゲームにならぬよう。
もっともわたくしは山手線沿線よりルーボーのアタマのなかを観察したい感じです。フランス語はもうすっかり怪しいけど、これは原書を片手に解読すると、むしろ日本、あるいは日本語再発見てなことになりそうな気がしますです。