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昔話風の書きぶりが印象的な徳冨蘆花「漁師の娘」。四国の山奥にあって馬喰のしごとで生計を立てた老人からの聞き語りから彼の語る牛と女の話を書き綴る、宮本常一「土佐源氏」。伝承されたことが文字に残ることで当時の暮らしが今に残る。歌の仲間と、また歌人仲間の伝をたどって大正時代の長野、群馬、栃木の、山深い川の源流域を酒とともに旅した紀行文、若山牧水「みなかみ紀行」。趣のある文章で、当時の情景が目に浮かぶ。当時の日本の風情が読み取れる秀作揃い。
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読んでからずいぶん経ってしまったけれど……ここに収録されている「土佐源氏」を読んで、『忘れられた日本人』を購入した。
「漁師の娘」徳富蘆花
透き通った文章が美しく、まさに<風>のアンソロジーにふさわしい作品。
きりりと引き締まった風に身も心もあずける哀しさ。私はいったいどこにいるの? 私はいったい誰なの? 答えは風の中、どこへでも、どこかへ行く。
「土佐源氏」宮本常一
読んでいる間に、あまりに情が濃ゆくて、全然悲しい話ではないのにぼろぼろぼろぼろ泣いてしまった。
作中の馬喰は、まさに<風来の人>。根なし草の生活者。どこへでも行ける人、でもどこにも根を張れない人。そんな人だからこそ、人と情が通った瞬間が何物にも代えがたい。
「みなかみ紀行」若山牧水
旅の歌人、若山牧水。牧水の歌はその滔々とした清水のように流れる(酒の歌人でもある!)歌が好きだったものの、その紀行記(随筆)を読むのは初めて。描写される景色がしみじみと美しい。こういう風に歌を詠んでいたのか~、と思いながら楽しんだ。
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こちらでフォローしている方のレビューにひかれて。いやあ、とても良かった。本を読む幸せをつくづくと味わった。
こういう機会でもなければ、徳冨蘆花を読むことなどないだろう。この「漁師の娘」というごく短い一篇、もう出だしからすーっとその世界に取り込まれて、目の前に霞ヶ浦と筑波山の眺めがありありと広がるようだ。一度も見たことがないというのに、それはひどく懐かしいもののように思われて、ゆっくりゆっくり、歌うように流れる文章をたどっていく。時の流れまでいつもとは違って感じられた。
続いて、宮本常一の名高い「土佐源氏」。これは「忘れられた日本人」に収録されているので、確かに既読のはず。でもどういうわけか、まるで初めて読むように新鮮に胸に迫ってきた。「漁師の娘」に出てくる老夫婦や、この「土佐源氏」のめしいた老人のような人たちを、私は知っているような気がしてならないのだ。そんなはずはないのに。
それはきっと、祖母の記憶につながっているからだろう。明治生まれの祖母が亡くなってずいぶんになる。聞くともなく聞いていた子どもの頃の話は、具体的なことが思い出せるわけではないが、確実に私の中にしみこんでいるに違いない。暮らしぶりの変化があまりにも激しくて、ここに書かれているような日本の姿は断絶した昔のようだが、ほんの二世代三世代、手を伸ばせばまだその影に触れられるように思う。初孫の私を大事に思ってくれていた祖母が、懐かしくてたまらなくなった。
老人の語りの中で、次の一節が心に残った。
「そりゃええ百姓ちうもんは神さまのようなもんで、石ころでも自分の力で金(きん)にかえよる」
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さすが大衆文学代表 徳冨蘆花、流れるような文章でとても読みやすい。ストーリーも、「すぐ女の子不幸にするんだから…」といった感じで分かりやすい。
宮本常一は、知らなかったけれど民俗学者だったのですね。一人の男の一生を描いているようで、その地域のコミュニティーの様相が垣間見れるところが良いですね。
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徳冨蘆花は名前を聞くのも初めてだったがとても良かった。同時代の漱石や鏡花を読んでも思うが、この江戸末期〜明治初期の韻律のある文章は品と抒情を兼ね備えている。良い作家に出会えたと思う。他の作品もあたってみたい。
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「漁師の娘」
お光の豊かさと悲しみとがこめられた歌。
言葉は少なくとも、優しく柔らかい心、芯のある強さを持っていたお光。
育ての親は、彼らなりにちゃんとお光を愛したのだと思う。
それでも、やはり心に隙間はできてしまう。
お光の悲しさ、寂しさが、切ない。
「土佐源氏」
目も見えない歯もなくなった80歳をすぎた橋の下に住む乞食のおじいさんという、特徴的な人物の登場から話は始まる。
若い頃は女性の扱いがうまかったらしく、少しHなお話が続く。
男尊的な社会の中、女性に優しく丁寧なソフトな男性はもてたのだ。
女性はいつの時代も、優しく寄り添ってもらうことを求めているのだ。
それがわかっている男性は、もてるのだなぁ。
「みなかみ紀行」
こういう作品を読むと、いつも、昔の作家はずいぶん金持ちだなあ、と思ってしまう。
何日も何日も宿に泊まり、遊んで暮らしている。
若山牧水は医者の長男だということも考えると、納得する。
正直、私には退屈な話だった。
描写は美しく、声に出して読むと、一層景色が眼前に広がるかのような思いがした。
それでも、全体としては、私には退屈な話だった。
義民磔茂左衛門の話(p126~)は面白かった。
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いずれも江戸と連続する明治の風景。
土佐源氏は再読だが、ここまで露骨な描写だったかと。改めて新鮮に読めた。「秋じゃったのう。」は何度読んでも最高である。
みなかみ紀行はその名の通り水源(の温泉)をたどる旅。当時の人々の健脚ぶりに驚くばかり。四万温泉の田村屋は『細雪』の奈良ホテルに並ぶdisられぶりだが、今でも立派に続いているようだ。
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椎葉村の近く東郷町の出である若山牧水の「みなかみ紀行」が掲載されているからと読了。ポプラ社の『百年文庫』シリーズは漢字一文字のテーマに沿う短編・紀行文等が納められており、思わぬ良き出会いを生む良書である。
牧水は愛酒の人と言われるが「みなかみ紀行」でもその色は濃かった。宿で酒が出ないからと宿屋の子どもに買い物へ行かせ、町中では酒が手に入らなかったと聞けばさらなるチップを掴ませほかまで買いにいかせたのはなかなかの愛酒家だと思わせた。
終盤、石楠花を見つけた興奮と再来を願う儚さが混交した歌が良かった。