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本編が約500ページの長編。ジョージ・プライスの人生を追いながら、利他行動に関する研究やそれに携わった人々の姿を描く。
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本書は,生物学史学者である著者によるジョージ・プライスという進化生物学者の伝記だ。幼いころから優秀で,しかしやや変わったところがあったジョージは化学とコンピュータの分野で研究者としての人生をスタートさせた。そして,研究分野を進化生物学へと変更し,そこで生物の利他行動にまつわる大きな発見をすることになる。(しかし必ずしもその時点では高い評価を受けなかったようだ)。その後,ジョージは突如としてキリスト教徒に転向することになる。そして最後はホームレスとなって1975年に52歳で生涯を終える。
ところで,著者が謝辞の中で「しかし私は最初からこれを単なる伝記として描きたいと思ってはいなかった(503頁)」と書いているように,本書はただの伝記ではない。実際に,利他行動にまつわるひとつの科学史・哲学史として本書を読むことができる。自分を利する性質が選抜されることが進化の本質なのであれば,(自分ではなく)他者を利するような利他行動(=親切な行動)を生物が見せるのはなぜなのか。チャールズ・ダーウィン自身もこの問題に頭を悩ませたという。しかし実は,幾つかの異なるレベルで利他行動は自分を利しているのである(「情けはひとの為ならず」)。ロナルド・フィッシャー及びJ.B.S.ホールデンは,自分に「近い」生物に対する利他行動は,自分と共通する性質を子孫に伝えられるという意味で自分を利する行動なのだと主張した(血縁淘汰)。他方で,シューアル・ライトは自分を含む群に対する利他行動は自分を利することになると主張した(群淘汰)。血縁淘汰か,それとも群淘汰か。長く続いたこの問題に対して統一的な解決を示したのがジョージである。
本書は伝記と科学史というふたつの側面を持っているため,必ずしもジョージが生きた時代のみについて書かれているわけではない。実際に本書ではダーウィンの時代から話が始まる。そのため,最初のうちは話を追っていくのがなかなか大変である。話の着地点がどこなのかが分かりにくいからだ。後の方まで読んで全体がようやく見えてくるので,内容を理解するためには何度か読み返したり,途中で前の方の内容に戻ったりする必要があるかもしれない。
何かの折にジョージ・プライスの名前や彼の数奇な人生について耳にしたひとに対して,何よりもまず本書はおススメである。また,進化と利他行動に関心があるひとにとっても本書は良質な案内書であると言えるだろう。最後に,人間の行動について深く考えたいひとにも本書を勧めたいと思う。本書によれば結局のところ,進化生物学が示したのは,動物について純粋な利他行動はあり得ないということだ。しかしほかの生物と異なる人間ならば,純粋に利他的に振る舞えるのではないか。それが晩年のジョージがホームレスとなって試みたことである(493-496頁)。彼は結局それに失敗したように見えるが,著者によれば,「すべてのなかでもっとも重要なのは,ほとんどの人間行動は(・・・)自然淘汰とはまったく関係がない」(488頁)という。安易に「遺伝子がひとの行動を決めている」ことを主張するイージー・リーディングな本が多いなか,本書の内容には非常に考えさせられ��。
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第1章 戦争か平和か
第2章 ニューヨーク
第3章 淘汰
第4章 放浪
第5章 友好的なヒトデと利己的なゲーム
第6章 奮戦
第7章 さまざまな解決策
第8章 容易な道はない
第9章 ロンドン
第10章 「偶然の一致による」回心
第11章 「愛の」回心
第12章 清算
第13章 利他行動
第14章 最後の日々
エピローグ
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オーレン・ハーマン『親切な進化生物学者 ジョージ・プライスと利他行動の対価』みすず書房、読了。晩年はホームレスとして死んだ天才理論生物学者プライス。本書は初の浩瀚な評伝。歩みを詳述するだけでなく、その利他的行動の研究史ともなっている。 http://www.msz.co.jp/news/topics/07666.html
原題は「The Price of Altru-ism」。利他主義のプライスと利他主義(的行動)の代償という二重の意義。利他的行動研究に没頭したプライスは、最終期をホームレス救済に人生を捧げ、みずからホームレスとして自死した。
遺伝子や血縁研究も見られるが、プライスはあくまで一般論で説明しようと試みる。それがプライスの共分散方程式(The Price Equation)。説明の探究から実践への没頭。利他とは一体何だろうかと考えさせられる。
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奇数章は利他行動や群淘汰を、偶数章はジョージ・プライスの人生を追う。
ダーウィンは、アリの社会性の謎に対して「誰が利益を得るのか」という視点から、その答えを共同体だと考え、人間の社会的本能は共同体の幸福のために獲得されたものであると書いた(人間の由来)。ピョートル・クロポトキン(1842〜1921)は、ポーランドで起こった反乱が反動を受けて改革とその精神が忘れられたことに幻滅すると、満州の地理学的調査に向かい、様々な動物の相互扶助と協力を見出して、「自然淘汰はたえず競合を避けるのにぴったり適した方法を探し出す」と説いた(相互扶助論)。
ダーウィンの第3子レナードが指導教官になったロナルド・エイルマー・フィッシャー(1890〜1962)は、一つの突然変異遺伝子が生き残る正確な確立を示し、淘汰に対する優位さがごくわずかな突然変異も集団に広がることを明らかにした(自然淘汰の遺伝学的理論)。シューアル・ライト(1889〜1988)は、利他主義は集団の一部が隔離された状態で進化し得るとする群淘汰を考えた。
等脚類の生態を研究したウォーダー・クライド・アリー(1885〜1955)は、環境に反応して個体同士が寛容になることを学習し、誘因力を獲得し、同調して行動するようになり、最終的に協力し合うようになるといった移行が生物に普遍的に見られることを発見した。協力し合う力は生物学的により重要であると結論づけ、順位制と優劣関係は社会性脊椎動物だけにみられる生命の樹のちっぽけな枝にすぎないと考えた。アルフレッド・エマーソン(1896〜1976)は、自然淘汰が個体だけでなく集団にも働くことを学び、個体にとっては不利だが集団にとって有利な進化が起こると考えた。
ウィン=エドワーズ(1906〜1997)は、フルマカモメが3〜4割しか繁殖行動をしないことを観察して、群れの大きさを測り、資源の枯渇を防ぐために数を調節していると考えた(群選択)。ウィリアム・ドナルド・ハミルトン(1936〜2000)は、血縁度(r)に応じた利益(B)が費用(C)よりも大きければ(rB>C)、利他的行動の原因となる遺伝子は進化できることを示した(包括適応度)。ジョン・メイナード=スミス(1920〜2004)は、ハミルトンの論文を査読して自ら論文を発表し、血縁淘汰は可能で、群淘汰は不可能であると論じた。ジョージ・クリストファー・ウィリアムズ(1926〜2010)は、文献を徹底的に調査して、性比が環境の変動によらず一定であることを根拠にして、群淘汰を否定した。
ジョージ・プライス(1922〜1975)は、血縁淘汰で自然界のすべての事例を説明できるとは思わず、協力的な関係が重要な種では、非協力な行動が報復を受けることが鍵となるゲームの論理だけで、協力を確保するに十分であると考えた。形質の異なるグループから、そのコピーを異なる比率で取り出すことによって第2のグループをつくると、その平均は形質とコピーの数を平均のコピー数で割った共分散で求められる。これは、社会の環境によって集合的な利他行動が進化できることを示す。淘汰がグループ内よりもグループ間でより強く働いている場合は、利他行動が進化し得る。共分散に、形質が忠実に伝えられる度合いとしての伝達バイアスを加えることによっ��、淘汰が個体と生殖細胞あるいは個体と群という2つのレベルで同時に作用することを示した。ハミルトンは、フィッシャーの1対1の性比から逸脱する群淘汰の完璧な一例を示した。社会的順位制をもつチンパンジーとゴリラは、交尾をめぐるオスどうしの競争が見られない。
メイナード=スミスは、ジョージの論文に基づいて、ゲーム理論と進化生物学から進化的に安定な戦略(ESS)の概念を生み、その論文はジョージとの共著として発表された。2人は、前の相手の行動に対して自らが行動する確率を変える5つの戦略を対戦させるコンピューターシミュレーションを行い、報復派だけがESSで、探り=報復派が僅差の次点という結果を得た。ただし、重傷を負う確率を大幅に変更すると、タカ派が優位になる。ロバート・トリヴァース(1943〜)は、群淘汰と個体淘汰について思案をめぐらし、自己犠牲は善行がいつの日かお返しがもらえる確率がそこそこ高ければ、自己の利益に役立つことを理解し、利他行動が非血縁者間でも進化すると考え、互恵的利他行動の理論と呼んだ。
ハト派:常に怪我をすることがない戦略(C)を選ぶ
タカ派:常に深刻な負傷をすることになる危険な戦略(D)を選ぶ
いじめ屋:最初はDを、Cに対してはDを、Dに対してはCを選び、相手の2度目のDに対しては引き下がる(R)
報復派:最初はCを、CにはC、DにはDを選ぶ
探り=報復派:最初と相手のCに対しては高い確率でC、低い確率(5%)でDを選び、探りを入れた後報復されればCに戻り、報復されなければDを続ける
1回のDで重傷を負う確率:10%
勝利による利得:+60
重症を負う利得:-100
重症でない傷を負う利得:-2
ジョージとメイナード=スミスの論文について、J.S.ゲイルとL.J.エヴァンスは、ハト派が報復派の中で残り続けるため、タカ派といじめ屋の混合がESSとなることを示した。リチャード・アクセルロッドとハミルトンは、絶えず裏切る戦略とともに、やられたらやり返す戦略がナッシュ均衡であることを数学的に証明し、協力が不釣り合いなほどの利益を得られると書いた。リチャード・ドーキンスが1976年に発表した「利己的な遺伝子」によって、遺伝子以外の進化は否定されつつあったが、1980年代になるとデイヴィッド・スローン・ウィルソンなどの理論家は、適応度の違いが存在するレベルに淘汰が作用すると考えはじめた。1981年には、ハミルトンが雌に偏った性比に関する論文について、R.K.コーウェルは群淘汰が働いていることを示した。自然界では、非血縁者間の純粋な互恵的利他行動はまれであることが立証されている。誰もが人類は特別だと考えるが、ハミルトンは、それは群淘汰が人類において中心的な役割を果たしているためであると考える。プライスの方程式は、利他行動だけでなく、生物学の多岐にわたる分野で有用であることが立証されている。
500ページもあるから貸出期間が1週間長い年末年始に借りたが、内容も濃く、難儀した。これまでに読んだ本の中で、これほど難儀した本を思い出せない。1,3,5,7,9,11,13章を再読して、やっと概ね理解できたと思える程度だが、注釈を含めれば、このテーマに関する歴史的経緯の情報量はかなり多い。