基本的には犯人捜しものだが、それだけじゃない
2021/05/29 21:40
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
誰が「優美」を殺したかが主題なのだが、われわれ日本人にはなじみの薄い細密画の絵師のお話し、西洋画(遠近法)に対する対抗意識とコンプレックス、その両方から名人といわれた人たちの中には、この先の細密画が見たくないと自分で目に針をさして失明する人までいたりするという衝撃的な事実も加わる濃厚な作品だ
犯人が誰かというよりトルコの文化を語る
2016/03/14 20:02
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投稿者:更夜 - この投稿者のレビュー一覧を見る
トルコという国は東洋と西洋の出合う国であり、宗教も複雑な国です。
十六世紀のオスマン帝国も陰りが見え始めた時代の「細密画」というひとつの芸術に
重ね合わされて語られる、洋の東西の衝突と葛藤。折り合いをつけるということは難しく、
様々な人々が様々な思惑にかられ、語り、生活し、絵を描き、そして名人と
言われる絵師が殺される。
名人と言われた絵師は4人。「優雅」「蝶」「コウノトリ」「オリーヴ」
殺されたのは「優雅」殿。
しかし、この物語ば犯人動機探しの物語ではありません。
日本にはなじみのないイスラム世界の伝統や伝承物語、そして細密画という絵画の伝統手法。
様式美であり、西洋の文化が押し寄せるオスマン帝国には、写実的で、陰影のある全く違う様式美(=文化)との融合はあり得ません。
ヴェネツィアの偽金貨が流通するくらい、西洋がひたひたと迫ってきている中、必死に伝統様式を守ろうとする絵師、新しい西洋の手法を取り入れてしまう絵師、絶大なる皇帝の思惑。
権威というものに芸術がひれふすことはあるのか、というとどの国にも歴史的にそれまでの芸術を否定する、または、排する動きがあったのです。日本にもありました。
葛藤と戦い・・・芸術を描きながら、歴史に翻弄される人々を重厚な言葉でもって描き出します。
殺人をめぐる所はスピーディで、絵画様式を語る所は物語が全く動かず・・・なので、読みやすいとは言えなかったのですが、最後まで読んだ後の充実感や余韻は、絶大なものがあります。
ただ、迫力なだけに読み終わってぐったり。
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ゆっくり味わうように一日に一章か二章ずつ読んで最後の数章は一気読み。続きが気になって早く先を読みたいのだけれども、物語の世界の濃密さに足を絡め取られて「先を読むのがもったいない」と思ってしまう不思議な本でした。先が気になると寝食忘れて読みふけるタイプなのでこんな風に「先が気になる」「でもこの文章の余韻に浸りたい」という葛藤を感じる本はとても久しぶりに読んだ気がします。
殺人犯はだれなんだろうというミステリー要素や遠近法が発明されたルネッサンス期の絵画に触れたことによって生じるトルコの細密画家達それぞれが抱える苦悩、カラとシェキレの恋の行方ももちろん気になるし、一章ごとに変わる物語の語り手達の個性豊かさにもうっとりして色々楽しむことができた本でした。
またゆっくり再読したい!
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イスラム教では偶像崇拝が禁止されている。そしてそれが徹底しているが故に絵画芸術の発展が非常に限定的になってしまった。
神を現した像も、絵もその制作は許されない。絵に描けるものは神の眼で見られたものだけに限られる。このため、描かれるものは、先人が描いたものの範囲を超えることはなく、絵を描く者はひたすら模倣し続けるしかない…
そうした中でも細密画というものは発展し、名人と呼ばれる芸術家を輩出もする。
しかし、西洋絵画の発展が、細密画を追い詰めていく。
作品を芸術家そのもののものとすること、すなわち署名。そして、遠近法。
細密画は神の眼を通したものであり、細密画師個々人の手によるものの、無名(アノニマス)なものにしかなりえない。
この小説は16世紀のイスタンブールの王室の細密画工房を舞台としたもの。
一人の細密画師が殺され、やがて、第2の殺人が、その背景には、描かれてはいけない絵が絡んでいるという…
章ごとに語り手が変わり、登場人物以外にも時に死者が、絵に描かれた者や物が話を進めていくという手法は結構斬新。この時代のイスタンブールが彷彿される情景描写も素晴らしい。何といっても小説としてかなり面白く、読ませる本。
日本ではほとんど知ることの無い細密画の歴史にも触れることができるという点も興味深かった。お勧めできる本。
作者のオルハン・パムクはノーベル文学賞を受賞した人。訳者の宮下遼氏は仏文学者宮下志朗氏のご子息。宮下司朗氏は「本の都市リヨン」を書いた人で、この本も面白かった。
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いや、これきたね。上巻読み終わった時は、音読したら文字が途切れず酸欠になるほどの圧倒的文字量と、のべつまくなし面倒くさすぎる登場人物に心折れそうになるも、ジワジワくるものあり、下巻を時間を空けて読み始めたら、まぁ、これがのっけから、上巻の凪がいっきにぐらんぐらんと大きな渦になって、あれれって間に巻き込まれちゃって、どんどこ先が読みたくなって、あれよあれよと完読してしまった。
誰が殺人を犯したかとか、東西の相克とか、そんなんはどうでもよくなって、坩堝な地相のイスタンブールそのものの物語として、その甘美で残酷な美を堪能しようではないか、なんてな。
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ひとつの細密画の製作にかかわる人たちのそれぞれの視点で、殺人事件とその犯人探しを語らせている。この中で、実在の細密画の絵師も登場させ、細密画の歴史と、細密画の絵師について丁寧に語られている。
この話の16世紀末から17世紀初めにオスマン=トルコに珈琲が広まったとされており、珈琲店での噺家による小噺や細密画の絵師による文学の一遍などが差し挟まれ、その時代のオスマン=トルコの情勢を描き出している。
自分としては読むのに時間(上下2冊で10日間)がかかりました。
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下巻になると俄然面白くなってきた。
イスラムの細密画と、
その宗教的背景に強くひき込まれた。
思索し苦悩する人間の、
多視点の物語は圧倒的な作品であった。
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どんどん引き込まれていく。。。
16世紀末のイスラム世界なんていう、21世紀日本の平凡な読者としては相当に遠い世界が舞台にもかかわらず。
たくさんの登場人物に共感し、最後は悲しみというよりも悲しくないことが悲しいというような、不思議な感覚を登場人物の一人と深く共感できた。
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上巻の「赤」が恍惚として扇情的で、色鮮やかな原色の「赤」だったとしたら、下巻の「赤」は暗く、深く、いくつもの色が混ざり合った「赤」なのだろう。
幾つもの血が流され、混じり合い、赤は濃さを増していく。トルコという地で東と西が混ざり合い、16世紀という時代に旧い様式と新しい手法が交わり合ったみたいに。
『お前はどうして純粋であろうとする? わたしたちのようにここに留まれ。そして交わり合うんだ』
一つの文化が失われていく瞬間が、一人の絵師の死という形で語られているように思った。その絵師に掛けられるこの言葉は、混じり合う文化の中で失われてしまった「細密画」そのものへの哀惜と追悼の辞に思える。
今度の休みには美術館に行ってみようかな。
近くに細密画が見られるような所があればいいんだけど。
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イスタンブルと細密画の濃密な描写の背景に、近代化・世俗化というテーマが見え隠れし始める。
「東も西も、神のものである。」
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細密画なんて全く知らない私でも、この本で語られる緻密かつ繊細な描写を読んでいくうちに、心の中に自然と筆で線や色が引かれ、画が浮かびあがり、その美しさに、ただただ圧倒されました。
「私の名は紅」と両方読みましたが、やはりこちらの方が読みやすかったです。
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イスラム文化の頂点たるコーランの特徴はアラブの民族性に由来したその視覚・聴覚的側面にある。それは視覚的表現に満ちた内容を指すと同時に翻訳されたコーランを経典として拒絶する理由となる。しかしながら偶像崇拝禁止の教義は絵画文化の発展を抑止し、結果として書体や挿絵に意匠を凝らすイスラム文化が確立した。パムクはヒジュラ暦ミレニアム直前における細密画職人の文化を現代に再構築することで、失われた技術への憧憬とイスラム文化のルネサンスを喚起する。芳醇な文化的背景に裏打ちされながらも、歴史推理ものとして楽しめる娯楽小説。
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「雪」「わたしの名は赤」とパムク作品を続けて読んだ。物語のあとのそれぞれの主人公たち、Ka、カラ。どちらの男も物語のそのあと、魂を抜かれたように生きていった気がして、哀れで心に残った。そういえば、どちらもKだ。
それに対して女たちは逞しい。イベッキもシェキュレも恋をしても自分を見失わない。父を殺されたあとのシュキュレの判断の早さと行動力には驚いた。一人で自由に外を出歩くこともできない女たちの処世術なのか。イスラム世界の女たちのしたたかさと逞しさは、パムクの描く女だけの特徴なのか。
しばらくパムクを読んでみよう。
「薔薇の名前」を思いだした。ストーリーの面白さだけでなく細密画の世界、イスラムの世界への扉も開かれた。得した気分になれる本だ。
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Twitterのフォロワーさんが感想を書かれていて面白そうだなと思い、読んでみました。すごくよかったです。訳者あとがきにもあったように薔薇の名前にも通ずる展開があり、自分は伊坂幸太郎の夜の国のクーパーを思い出しました。これからパムク作品を全部読もうと思います。
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イスラム版『薔薇の名前』。知的好奇心をくすぐられるところと、あと、読み終わった後、よくわからんことがいろいろ渦巻いてもやもやするところが。再読したいと思い続けて、早4年が経ちました。(2013年9月8日読了)