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紙の本
議論を牽引する砂糖とお菓子。
2012/03/08 09:43
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:浦辺 登 - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は世界でも稀有な「シュガーロード」こと長崎街道に発達したお菓子文化の研究成果である。北部九州は古の時代から半島、大陸の玄関口であり、戦国時代は南蛮貿易の地であった。諸外国との交易を制限した江戸時代、オランダ、中国との交易地である長崎には生糸や木綿とともに砂糖が持ち込まれたが、この砂糖は長崎街道を通って大坂に集められ、日本全国に送りだされていた。
輸入品の砂糖は厳密に管理されていたが、実際は交易船の乗組員などから日本の地役人、雑役夫、遊女などにも行き渡っており、驚くことに、江戸時代は大変な貴重品と思っていた砂糖が人々の手を通じて街道沿いにもたらされ、そこから現在に至る銘菓が誕生している。その来歴は中国菓子あり、ポルトガルを主とする南蛮菓子など多種多様である。今では地元福岡のみならず東京土産になった「ひよこ」、大阪や東京でも売られている「千鳥饅頭」も系譜を辿れば南蛮菓子に行きつく。さらには、日本の著名な菓子メーカーである森永製菓、江崎グリコも北部九州佐賀県が起源だが、サロンパスで著名な久光製薬も長崎街道添いで漢方薬を商う薬種商だったが、その昔、砂糖は薬として扱われていた。その砂糖はサトウキビから採取されるが、そのサトウキビが福岡県南部地域で現在も栽培されていることを初めて知った。
古くから甘味としては麦芽を用いた水飴や飴が一般的だが、この到来において著者は中国からもたらされたと主張される。しかしながら、『飴と飴売りの文化史』の著者である牛嶋英俊氏は朝鮮半島説を主張されているが、この説に著者は更なる飴の文化研究を強固にするために反対の立場に位置して議論を牽引していきたいといわれる。相互の研究成果の過程において新たな事実の発見があるかもしれない。
いまや、日本の製菓技術を求めて海外から職人がやってくる時代だが、その職人たちに古くから日本に残る甘味文化の発達を伝えることも国際交流の一助になるのではと考える。武器を持って対峙するよりも、甘味を通じての相互理解の世界の方が良いに決まっている。さすれば、砂糖や飴の研究における議論は広く人類にとって有益な時間をもたらすだろう。著者はそこまで考えていないかもしれないが、これは楽しい議論の牽引ではないかと拍手を贈りたい。
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