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紙の本

ためされる愛。

2012/04/26 15:56

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:浦辺 登 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 いまや、テレビやインターネットの普及でいずこがこの方言の生まれ場所なのかわからない時代になった。「うざい」「めっちゃ」はいまや全国区の言葉になり、「とっとっと」は博多だけではなく長崎でも使います、とばかりにコマーシャルでアピールする。この一冊は、福岡県久留米地区の方言で綴られている。対談をテープ起こしし、それを日本全国の読み手を意識せず、そのまま。九州の方言、それも久留米地区の方言に初めて接する人には難しいかもしれない。しかし、これがなんとも、味があるというか、土の匂いがする対談集となっている。
 この対談集の読み始めに付箋を貼ったのは42ページ、倉田まり子の「愛ってためされねばならないものなのでしょうか」というところだった。かつて、芸能界のアイドルとしてテレビの歌謡ショーに出ていた彼女が突然に姿を消した。「投資ジャーナル事件」という経済至上主義事件だった。カネさえあれば何でも手に入れた北浜の相場師、カネを得るため芸能界に身を投じた倉田まり子。その両者の出会いの過程で倉田まり子が発した「愛」の言葉は、憐れのなにもでもない。
 医師で詩人の丸山豊はこの倉田まり子の言葉に、「生意気な」と感じた。しかし、口をつぐんだ。後に、「投資ジャーナル事件」でその言葉の意味を知るが、詩人にとって倉田の言葉は何か嚥下せねばならないインパクトがあったのだろう。
 詩人の谷川雁の「二度と行かん」という言葉についても、丸山は声を荒げて指摘はしていないが、遠回しに批判している。ハンセン病療養施設の詩の会に行き、その療養所の様を見て谷川が吐いた言葉が「二度と行かん」だった。「言葉にくるしむ世界だ」と谷川は続けたが、これについて丸山は表現者の弱音の言葉ととらえた。あれほどの詩人である谷川雁でも言葉に窮する世界ということだが、谷川の才能を認めているからこそ、口を開かず、正面から批判を抑えたのだろう。詩人は代弁者であるはず、そう丸山は谷川に伝えたかったと思うが。
 倉田まり子は「カネ」にためされ、谷川は「言葉」にためされた。その両者を見た丸山豊を語るには、やはり土の言葉、方言でしか言い尽くせない。

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