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米国アインシュタイン研究所の著者による戦略的非暴力運動の手引き書。原書はパブリックドメインでウェブ上でも公開されているという。中東や北アフリカなどの民主化運動に大きな役割を果たしたとのことである。ただ、良くも悪くも、こういった啓蒙手段自体が、アメリカの戦略手段の一つとして使われている可能性もある。
日本でも反原発デモなどでこの手法が使われている可能性が高いが、本書がガイドするような長期的・戦略的な展望にはまだ達していないかもしれない。もちろん本書で説かれるような「象徴的な抵抗」にも意味があるわけだが・・・
さらに日本の場合は「間接統治」であり本書で説かれるような独裁体制の打倒とはまた構図が違ってくるように思われる。この著者にとっては日本は「民主化された」国であり啓蒙の対象外になるのかもしれないが、可能なら伺ってみたいところである。
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平和な場所で読んでるからかな。感覚としてよくわからない部分や、イメージしきれない部分が結構あった。
けど実際、闘争の渦中では切羽詰まってて、考える時間も少ないし、とても冷静でいられないだろうから、現場においては凄く理論のありがたみを感じるんだろうな、って思う。
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日本でも原発デモなどが繰り広げられているが、一向に原発は稼働を続けているのはなぜだろうと思った。戦略が足りてないのではないかと思う。
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本書は,1993年に書かれ,2011年の「アラブの春」や若者によるウォールストリート占拠など多くの抗議運動の中で教科書のように読まれました。民主主義や自由は,けっしてカリスマ的なリーダーが与えてくれるものではなく,普通の人々が選挙の時だけでなく普段から政治や社会に対する関心を表明,行使することにより機能します。権力や組織にただ従順であるのではなく,時には非暴力による抵抗・不服従を展開することの重要性を教えてくれる本です。
*推薦者 (国教)T.I.
*所蔵情報
http://opac.lib.utsunomiya-u.ac.jp/webopac/catdbl.do?pkey=BB00327029&initFlg=_RESULT_SET_NOTBIB
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この思想は国家的な権力に対向するための教科書となっているようだ
世界中から個々の現状に沿った無料のワークショップを受けに
来る人が絶えないとか
様々な言葉に翻訳された冊子が世界中に出回っているという
この本も無料でネット配信されているらしい
アルバート・アインシュタイン研究所の webは
http://www.aeinstein.org
独裁体制を排除しようと思った時にまず大事にしなければならないのは
その独裁体制を支えて来たのが自分達庶民自身であるということ
力に頼り受け入れ従い仲間割れしてお互いを監視し合うという
競争原理に呑み込まれて
お互いが支えあうという心からのセーフティーネットであるはずの
地域社会を自ら壊してきたという事を踏まえて行動しなければならない
そのためにも自分の姿勢を常に確認して
強欲にハマった判断をしないことに心するべきである
それは贔屓の引き倒しにならないこと
言葉も行動も対等であることに気を付けて
ウソと秘密でカモフラージュしないこと
暴力を手段とすることで今現在を放棄して
過去に対する権利に執着し相手の未来に依存しようと企み
搾取支配を目指した独裁的生き方から
空気や水のように
存在はするけれども出来る限りシナヤカに「可塑的無抵抗」で
あろうとすることですべての各々が対等で自在な関係を
それぞれの倫理観に沿って自分を貫くことで
相手なりの存在を認めることができる民による民のための集い
お互いが尊重し合える距離を保ち調和を愉しんでいることで
共生し合い過不足なく必要に応じて分け合って活きる道までの間に
無限とも言える姿形を創造することができるだろう
そんな無限の選択肢の中でのジーン・シャープの提案は
「非暴力闘争」というものでいくつかの共通ルールを設定することで
対立しか作らない暴力以外の方法を持って独裁的暴力に対して
闘争によって民主主義(?)を創造するという具体的な目的に向かって
積極的に生きようとする道である
これは相対性時空間というこの世における無限の道程の中で
現時点の行動として地に足の着いた選択だろう
しかしこの本でも使われている言葉だが
軍事国家を目指した明治以降に日本語となった外来語には
不適切で洗脳的な言葉が多い
その代表例として民主主義がある
「主」という字には「従」が隠されているにもかかわらず
民による民のための組織を建前にして逃げ込んでいるし
「自由」や「平等」や「平和」にもうさん臭い本音が見え隠れしている
本来ならば自分に責任を取る「自在」であり
お互いを認め合う「対等」であり
常に流れている時空間に積極的な参加を促すシナヤカな
「可塑的調和」であるべきだろう
欲が絡む「暴力闘争」においては権利に執着という逆走が起こるだろう
駆け引きや抜け駆けの手段を目的の一つとして
嘘と秘密にまみれた競争原理に苦しむ依存関係に迷い込んでいくだろう
私利私欲の薄い「可塑的非暴力抵抗」には
納得のない妥協も損得尽くで未来を取引する契約も脅しなしに在り得ない
求めるのはシナヤカな調和の中で縄張りのない対等性と自在性に満ちた
必要十分で過不足のない集いの環境である
それでは「非暴力闘争」の道はどうだろうか?
完全に近い自在な参加による過不足のない集いにはなれないだろうけれども
少ない基本的ルールによる締め付けのゆるい縄張りの中で
暴力性を出来る限り減らしながら競争とならない切磋琢磨をすることによって
一人ひとりの意識を高めて成長していける可能性を秘めているだろう
ダイジェスト:
権力に対抗するための教科書
として世界中に普及されている聖書のような本だ
本文はwebサイトに公開されており
28言語以上に翻訳されている
現実に独裁体制に対して非暴力で立ち向かい
新たな秩序を生み出している国もたくさんある
根源的な問題で対決している場合は
交渉でなく抵抗こそが変化に至るために不可欠だ
ましてや専門とする武力組織に対して
生半可な武力で立ち向かって勝てる道理などない
仮に勝てたとしても
それは民衆を利用した内部抗争でしかなく
首の挿げ替えによる独裁の強化にほかならない
したがって民衆が民主主義を勝ち取ったと思える
直後こそが《勝って兜の緒を締める》大事な時期である
武力による独裁政治を終焉させるためには
和解ではなく最強で非望力の抵抗手段
を怠りなく最後まで続けて行く必要がある
平和とか自由とかの抽象的な目標でなく
調和とか自律とか具体的などんな姿形なのかを
理解し合っておく必要がある
反体制民主主義勢力は
巨大な軍部や警察や官僚制度を背景とする独裁政権の
ネットワークを倒すには
政治的な力を理解することが大事だ
それは餌で誘惑して脅しで怯えさて搾取する
目先の損得感と搾取の序列の權利を奪い合う
競争心で信頼関係を壊し分裂させて
堂々巡りに陥れておくことで実にシンプルである
独裁者は民衆による生産の支えなくして成り立たないということだ
搾取の序列維持のために必要な政治力の源は
権威:正当な政権であり従うことが
道徳的義務であるとする民衆による信奉
人的資源:技術と知識と武力の確保
無形の力:民衆を誘導する心理的観念的要素を確保
物的資源:自然資源・金属資源・生産システム・経済金融システム・
コミュニケーション手段交通手段・インフラ・などの管理権を確保
制裁:不従順・非協力者に対する処罰=
見せしめによる不安恐怖を植え付けることで従順な市民の確保
独裁政権の弱み
上記を確保するための要である嘘と秘密が暴かれることで
民衆が全体を見渡し一斉にシラケて権威が無視されてしまう状態
飽和状態によって利権の一致による結束が緩み
あるいは内部から気付きが起こり内部情報の公開至るなど
蟻の一穴から官僚同士が内ゲバによって内部崩壊して自滅へ暴走する
民主主義的防衛政策
ボーダーを限りなく���めようとする自由自在にしたしなやかな組織には
甘い汁を吸おうとする物欲に溺れた視野の狭い依存者が
内外から虎視眈々と狙うかもしれない
それに対しても同じように非暴力の政治的抵抗の原則で
緊張感を保たなければならない
搾取による資源と武力で支配を企てるのではなく
人の心と全体である集合意識と繋がることで信頼関係を創り
互いに満たされた掛け替えのない調和の関係を浸透させることだ
それぞれに必要十分で過不足のないエネルギーと物資は
支配のための無駄な軍備や搾取のために付く嘘や秘密で騙し合う
尽きることにない無駄を省くだけで十分にまかなえる
《自由はタダではない》
自律による自己管理と同時に凸凹のお互いを繋いで視野を広げ自信を取り戻し
全体を見定めるために自主的に集い積極的に参加することを喜びとして
前を向き真理の発見のために冒険を愉しむことであり
支配の中での苦労を自主的な選択による愉しみ変えて
工夫し努力し協力し合う喜びをつくり続けることだ
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私がこの本を知ったのは、昨年12月11日の東京新聞、斎藤美奈子の「本音のコラム」によってである。そこで彼女は一年前にこの本を読んだ時には「日本では、こんなことはムリ」と思ったそうだ。しかし、今はなんと胸にストンと落ちる。言うまでもなく、安倍の強権政治が目の前に展開されたからである。なるほど!私もさっそく取り寄せて読んでみた。
1980年以来、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、東ドイツ、チェコスロバキア、スロベニア、マダガスカル、マリ、ボリビア、そしてフィリピンといった国々で、民衆による非暴力を中心とした抵抗によって独裁体制が崩壊してきた。非暴力的な抵抗はまた、ネパール、ザンビア、韓国、チリ、アルゼンチン、ハイチ、ブラジル、ウルグアイ、マラウイ、タイ、ブルガリア、ハンガリー、ナイジェリア、そして旧ソビエト連邦のさまざまな地域(1991年8月に起こった守旧派によるクーデターの敗北では、顕著な役割を果たした)での民主化運動を推し進めてきた。
さらに近年になって、大衆による政治的抵抗は中国、ビルマ、チベットでも起こっている。こうした闘争は現在の独裁体制や占領を終焉させるにはいたっていないものの、抑圧的な政権の非人道性を世界コミュニティーに向かって示し、このかたちをとって闘争するという貴重な体験を国民に与えたのである。(16p)
この本はこれらの国の具体的な「非暴力行動」を論述した本ではない。しかし、それらの貴重な体験を踏まえて書かれていることが明らかだからこそ、一定の説得力を持つだろう。
ここでは殆ど触れられてはいないが、著者がガンジーやキング牧師の運動に影響を受けているのは、明らかだと思う。解説によると、最初ガンジー研究者から出発した著者は、朝鮮戦争兵役不服従で拘束を受け、やがてビルマの運動に潜入、本書を発行したという。最近観た「大統領の執事の涙」では、戦後の黒人公民権運動の歴史を慨観し、最初は非暴力行動で始まり、次第とエスカレートして行く様が描かれていた。アメリカで著者みたいな研究者が生まれたのは、偶然ではない。
独裁政権に対して、軍事的反乱かゲリラ戦が必要だ、という意見に対して著者は明確に反論する。
あらゆる軍事的抵抗は、いっとき成功しても、必ずそこに大きな疵と将来への禍根を残す。では、どうするのか。最も効果的に、しかも最小の代償で倒すことを望むならば、以下の四点が必要だという。
・抑圧された民衆自身の意思や自信、抵抗技能を強化すること。
・抑圧された民衆が関わる独立した社会グループや機関を強化すること。
・国内で強力な抵抗組織を築くこと。
・解放のための全体戦略計画を練り、それをうまく実行すること。
(25p)
独裁体制の「政治的な力の源」は何なのか。著者は実にシンプルだという。「独裁者は、統治する民衆の支えを必要とする」(43p)ならば、この源を断つことが必要だ。反対に言えば、この源さえ断つことができれば、暴力手段に訴えることなく、簡単に独裁体制は倒すことができるのである。非暴力行動は、そのための人類が生んだ「知恵���なのだ。
「過去におけるその場しのぎの政治的闘争に共通する間違いは、ストライキや大衆デモなど、一、二の手段しか訴えなかったことである」(61p)つまり巻末に掲げられた「非暴力行動198の行動」はそのことを助ける有力な武器になるのである。
以上、原理は非常に簡単なものだ。しかし、それからメンバーを集め、戦略計画を練り、実行するとなると、アフリカのジャスミン革命の後退でも明らかなように、あらゆる「実状」が関わるだろう。著者も戦略計画については、多くの頁を費やす。
私がこの本を読んだ動機は、果たしてそうでもなお、またここで想定している現状と日本が大きく違っているにもかかわらず、現代日本の我々にはここから学ぶべきものがある、ということである。もちろんまだ自民党政権は「独裁体制」ではない。けれども、「そうならないために」何かをやるべき現状だし、やるべきことはあるのだ、と思うのである。
2014年2月26日読了
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レビューはブログにて
http://ameblo.jp/w92-3/entry-12057424293.html
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「つまり民衆には、将来の独裁者に対して政治的抵抗と非協力を行使し、民主主義的な構造、権利、手続きを守る永遠の役割があるのだ」
本書が地下出版的に流通した地域は少なくないそうである。世界29か国語に翻訳され、実際に世界各地、各時代の抵抗運動の渦中で読まれているのだという。
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「権力に対抗するための教科書」という副題から、ぼんやりと戦略的思考について得られるものがあれば、と思い手に取った本
本当に、独裁体制からの非暴力的革命」の方法論に絞って論じられているので、期待した内容ではなく、またシチュエーションが身近でもないので読み進めるのに時間がかかってしまったが、読み終えた達成感はあるし、得られるものはあったと思う
政権が一定の国民にそれなりに支持されている現代日本ではそのまま適用できる方法論はほとんどないが、権力者との安易な交渉・調停・妥協でも得られるものが少ない可能性が高いことはよくわかった
ビルマから亡命した外交官の要請で本書が書かれ、ビルマからの亡命者やタイのバンコクで広く読まれたとのことであるが、その約10年後にミャンマーでクーデターが起こってしまったのは悲しい
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二、三度と読み返さなければならないのはたしかだけれど、「暴力を用いてはならない」「民主主義の達成が可能であると、真実考えられなければ民主化はならない」「その土地に合った民主的政府が必要」あたりがとくにぐっと胸に刺さった。ただ一方で、独裁者側が、反対勢力を「換えの聞く奴隷」、つまり同じ人間と見做していない場合、グウィンの小説「パワー」のように、ただ独裁政権が自分の都合に合わせて奴隷を集め直す、という事態がありかねず、その対応策をどうするのかがとても気になった。
他人事でなく、この日本もいま独裁政権になりかねないものに自由を牛耳られる危険に迫られており、回避のためには、「民主主義がいかなるものか」をまずひとりひとりが学び直すことが急務と思われる。が、ひとびとは日々の暮らしに追われ疲れ果てている。どう伝えたものだろうか。
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私たちはどうすれば権力に対抗できるのか。独裁体制に対抗するための非暴力行動198の方法は頭に入れておいて損はないと思う。
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本書には、独裁体制を崩壊させるために計画を立て、戦略を立案し、行動することが大切であると書かれている。また、非暴力による闘争(無抵抗ではない)が必要だとも説かれている。
しかし、独裁体制を崩壊させ、永続的な民主主義を自立することは本当にできるのか。そしてそれは良いことなのか。現在、世界人口の半数以上が独裁国家に類する国で生活している。チュニジアから始まったアラブの春もほぼ失敗した。アフガニスタンやミャンマーではクーデターも起き、民主主義国家が増えるどころか、ロシアや中国のような独裁国家が武力をもって攻めてくるといった事態にもなっている。民主主義も限界なのではないか?
ポスト民主主義について考えなければならないと感じた。
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今はこの著書に書かれている事を実践しなくて良い事に感謝しつつ。
29もの言語に翻訳されて密かに回読されているという事はなるほどと思った。世界各地の抵抗運動の内容がここに書かれている事がベースになっている。(鶏と卵の面もあるかもしれないですが)
理念だけではなく、具体的に実践まで踏み込んでいる内容は、その立場に置かれている皆んなにとっては極めて有用な著書なんだろうな、と思った。
聞けばアラブの春をきっかけに一気に増加した民主国家の数がどんどん減少して強権国家に逆戻りしているそう、そんな今、世界で改めて見直されるべき著書になると思う。
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簡単なものではないとは思っていたけど、戦略を持って行動しないと不可能なんですね。
最近の国際情勢をみていて、大きな変化が起こるような気がしていましたが、どうなんでしょうか
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平和主義的腹腹時計。本書がNHKの100分de名著に取り上げられた事が驚異的。ここまで大衆に迎合しているのに世界情勢やニュース報道、つまり現実は直視出来ないくらい痛々しい。