紙の本
天下一を目指した男のあらぶる魂が救済をうるまでの波乱万丈
2013/03/24 18:42
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投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
信長、秀吉が天下をとったころ、安土桃山文化である。城郭は単なる軍事施設ではなく、覇者の富と権勢の象徴となった。雄大、壮麗な城郭を装飾する絵画は豪壮にして華麗なものとなり、金碧障壁画が盛んに行われる。その第一人者が狩野永徳であった。下巻は狩野永徳一門と信春(等伯)の命をかける抗争が縦軸になって展開する。狩野永徳らの陰湿、執拗な妨害工作の裏に石田三成派と反三成派の抗争を絡めているところもドラマティックでまさに歴史小説ならではの面白さだ。狩野と等伯、ただ作品の優劣を競うことだけでない広がりと深みをもたせた抗争を描いている。
大徳寺三門の増築を千利休が寄進する。上層の天井画と柱絵などの壁画であるが、もともと大徳寺は狩野一派の牙城であり、石田三成も狩野を推す。しかし、禅宗・大徳寺の住職、春屋宗園(しゅんおくそうえん)とスポンサー千利休が狩野永徳の画風を厭い、すったもんだの末に等伯が選ばれたのだった。山門の落慶法要は秀吉以下諸大名が参列し、この作品をもって長谷川等伯の名は一躍天下にとどろいた。
次々に大ピンチに見舞われる。それをクリアしても、自信喪失。常にあせりを感じている。 お家大事の武士の血が騒ぐこともある。家の主として家族を守るために金は稼がねばならない。一流になりたいとの出世欲に突き動かされる。いわれなき悪口雑言に喧嘩を売るのはおのれの矜持が許さないからだ。とにかく俗にまみれた野心家が失敗しては反省する、その繰り返し。絵を描くことが好きで好きでたまらないという一念を除けば、このどこにでもある凡庸さが等伯の魅力ですね。
しかし、彼には助言者、援助者がいる。妻であり、息子であり、春屋宗園・古渓宗陳・千利休ら大徳寺に集う「侘び」世界の文化人、日蓮宗系の高僧、堺の大商人、宮廷文化の担い手・近衛前久 たちが挫折を繰り返す彼を支援するのである。また彼の歩みから死者も出る。だが、亡き者たちのために生きようとする意欲がわいてくる。秀吉ですら彼の理解者になった。
そして秀吉を前に伏見城で披露された六曲一双の『松林図』でクライマックスを迎える。
観ていないこともあり、残念ながらわたしにはこの作品を絵画芸術の視角からはなにも言えない。ただ、この物語にいざなわれて、『松林図』には歴史上安土桃山といわれる文化のエッセンスが凝縮されているのだということが確信できるのだ。説教の視覚表現である仏画や人物の内面までもあらわす細やかな肖像画にも優れた作品を残し、そして豪華絢爛の黄金に極彩色の障壁画、さらには牧谿様式に基づいた水墨画等、この多様な傑作群はまさに時代そのものである。このように幅広いジャンルで多数の傑作を残したのだが、彼の絵画芸術の到達点は『松林図』なのだろう。それは絵師としての奥義を窮めた証であるのだが、それだけではない。物質的な貧しさのなかに精神的な豊かさを求める求道者の美意識でもある。同時にそれは彼の精神が到達した無上の高みであり、宗教体験を伴った仏の道へ至る悟りの証しでもある。
さらに安部龍太郎は
「………六曲一双の屏風を立てると、霧におおわれた松林が忽然と姿を現した。霧は風に吹かれて刻々と動き、幽玄の彼方へ人の心をいざなっていく。」
と表現し、孤独の衆生を彼岸に導く曼荼羅であると解釈している。
「色即是空 空即是色」、日常生活にある秩序や価値観は本物ではない。その桎梏から自由になって、世界内のいっさいの事物をあるがままに映し出したい。彼は究極の哲学をする人物でもあった。
混迷を深める現代人にもう一度原点に帰れと呼びかけているような気がする。
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面白かったー。
この巻の嫁も素敵。
周りの人もいろいろ素敵。
絵を描かずにはいられない等伯が
絵を描きたいがゆえにいろいろな悲劇にみまわれて
最後にたどりつく境地が見事。
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下巻の方が強い印象を残しました。壮大なドラマに仕上がっていますね。人の情やら画家として極みを目指す葛藤などが赤裸々に語り込まれていて、引きつけられました。永徳が一方的に悪者になっているのは可哀想だけどね。
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利休の死の前後の政治的背景に絡めて話は進む。
等伯の評価をますます上げた表紙絵のモダンなこと。
日蓮宗に対しても興味が湧いた。
狩野派との争いのなかで命を落とした久蔵が哀れ。
強引な印象ばかりだった兄の死もまた武士ならでは。
直木賞受賞作。
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願わくは智積院で、等伯が鶴松のために描いた浄土絵を観てみたい・・・
絵を手がかりに等伯の人生を紐解いていく安部さん。絵を文章だけで感じさせる筆致は相当なものだが、それもやはり、等伯の絵から迸りだす魅力と迫力があればこそだろう。
等伯の苦難の人生は悪役がいなければ光らない。ということで、安部さんは上巻で信長を第六天の魔王に擬したのに続き、下巻では狩野永徳や石田三成を悪役として等伯に対峙させる。久蔵が名護屋城で狩野派により謀殺されるとか、 史実に対して脚色しすぎのところもあるが、大衆小説としては許される範囲だろう。
京都の智積院を訪れるのも、国立博物館所蔵の松林図が再び展示されるのも、いつになるかわからない。文章で感じるだけでなく絵そのものも観てみたく、ネットで画像検索しようか、美術本でも手に取ってみようか、と思わせるほど、安部さんは読者を等伯の世界に引き込んだ。その筆力が評価されての直木賞受賞に、拍手を送りたい。
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下巻もじっくりと読み応えがある。絵を描くときの苦悩。真心で、あるがままを見つけて、描く難しさ。等伯の苦悩を感じ、思わず息をつめてしまう。
煩悩を捨て、心眼で見る。心に浮かぶ景色は、故郷の靄の立つ海。息子の久蔵と故郷に戻り、その風景を見て、ともにスケッチしているときは、等伯はいかばかりか、心温まっただろうか。息子と故郷に向かうことのできる嬉しさと、腕を競い合わせられる嬉しさで。
等伯は、元々、等白と名乗っていた。死んだ者たちを身近に感じて行くために、禅の師匠により、にんべんを加えられ、等伯と改名する。この辺りの師匠とのやり取りも、私自身の気持ちを叱咤するように感じた。
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直木賞受賞作。気になったので読んではみたが、そこそこの出来でしょうか。まず、等伯が絵師という点で、絵そのものを文字にするのは不可能と言うこと。まず、これが一番厳しい。等伯自身も、性格に歪みがあるせいで、どうも感情移入しがたい。あまり、お薦めではありませんね。
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こちらも一気に読んでしまった。千利休の切腹・織田から豊臣への政権交代・久蔵の死・松林図・・・惹きこまれる内容にページをめくる手も早まる。
日経に掲載されていたとき、挿絵は西のぼるさんだったそうです。その挿絵も素晴らしかったと聞きました、絵を見てみたい。
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時の武将に翻弄され、大事な身内を亡くし、狩野派との確執など幾多の困難に遭遇するが、絵に対する真摯な姿勢、変わらぬ実直な人柄に惹きつけられる。過酷な戦乱の世に生涯をかけ精進したからこそ、彼の絵は400年後の人々をも感動させるのか。
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圧巻だった。370頁もの下巻だったが、一気に3日で読み終えた。
松林図屏風が創られるまでの流れは、まるで映像を見ているかのような感じ。
いつか「松林図屏風」を見た時に、秀吉のような感動を味わえるのだろうか。
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歴史の勉強になります。
こうやって時代が流れていくのだなと。
「政にたずさわる者は、信念のために嘘をつく。」
でも、絵師は違う・・・という前久さんの言葉が切ない。
周囲のしがらみに囚われながら、業のまま絵を描き続けた等伯。
「松林図」一度実物をみてみたい。
星の数は、読後感の物足りなさ。
なんだろうなあ・・中盤すごく引き込まれたから、
終わり方ももう少しドラマチックなのを求めてしまったのかも。
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第148回(2012年上半期)直木賞受賞作(「何者」と同時受賞)、後半。
画家の長谷川等伯の生涯を描いた力作です。
当時既に大きな流派となっていた狩野派に敵視され、仕事をとるのに妨害を受けることに。
秀吉の眼前で絵を描いて見せたり、盛り上がります。
千利休との交流もあり、信仰心も篤かった等伯。
狩野永徳のきらびやかな作風とは正反対の境地に、等伯はやがて達していくのですね。
息子の久蔵は幼い頃から画才を示していて、跡継ぎが出来たことを心から嬉しく思っていたのだが。
永徳に借り出されたまま戻されずに年月がたってしまう。
板ばさみになる久蔵は気の毒だけど、永徳は久蔵を気に入っていたという
エピソードには救いも。
長谷川派に人気が出てくると、今度はどうしても人手が足りなくなり、手を尽くして返してもらう。
久蔵と故郷を訪ねるエピソードは、いいですね。
最初の奥さん・静子も出来た人なんですが、豪商の娘で店の仕事を手伝っていた明るい後妻さん・清子も、内助の功を発揮。
政治も揺れ動き、狩野派とせめぎあう中で、腹の座ったところを見せます。
武家の生まれであったことが災いしたというか、多少は勉強の機会や出世の手づるにもなるのだが、不本意ながら政治に巻き込まれてしまうこともある。
信長、秀吉、家康と政権が移っていく時代を生き抜いたのだから、それは大変でしょう。
表紙になっている松林図の風格と独自性からして、激しさと静謐さを兼ね備えた人物であることは察しがつきます。
人間くさい迷いと後悔も含めた人間像。
引き立ててくれた人物の大きさもさることながら、二人の妻と気立てのいい息子のことが印象に残りました。
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最後まで自分の道を求め続けた姿も素晴らしいけれど、
それを支えた2人の妻が何よりすごいの一言!!
絵が見たくてネットでいろいろ検索したけれど、
本物をぜひ目の前で見たい気持ちにかられた
歴史が好きな人には歴史の裏側を見ることが出来、たまらない作品ではないかな
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自分を見失わずに生きるのは難しい。
自分のしたいことを間違えずにするのは難しい。
それでもやりたいと叫ぶのも難しい。
ただ自分を信じることも難しい。
側に居てくれる人を大切にすることも難しい。
でも信じて叫んで、間違えても足掻いて、命をかけて生きる。
そんな話。
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直木賞等伯の下巻。底のない探究心と人間らしい心の弱さで多くの身近な人達がなくなって行く中、後悔や禅問答を繰り返し、死んだ人達の想い背負い、乗り越え境地に達するまでの等伯を書いている。文書で書かれているがその絵がどんなに素晴らしかったのか表現されている。ぜひ一度本物の絵を見て見たい。西洋画が注目されがちな昨今だが、日本の先人の技や魂もっと知るべきだなと感じた。