紙の本
自殺した妻をカメラに収めた写真家・古屋氏の軌跡を追った一冊です!
2020/07/11 08:48
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、旅する若者たちを写真と文章で描いた『ASIAN JAPANESE』や日本写真協会新人賞受賞作『DAYS ASIA』などの写真集を発表してこられた写真家・小林紀晴氏による、同じ写真家で『メモワール』という妻のポートレートを発表された古屋誠一の軌跡を描いた一冊です。同書によれば、古屋氏は、1978年、オーストリアのグラーツで同地出身のクリスティーネ・ゲッスラー氏と出会い結婚され、1981年、息子、光明・クラウス氏が誕生したということです。ところが、結婚後、クリスティーネ氏は徐々に精神のバランスを崩すようになり、1983年、精神病院に入院し、その後も入退院を繰り返すようになったそうです。そして、クリスティーネ氏は1985年10月7日に東ベルリンにて自ら命を断ってしまいます。古屋氏は、妻の死後、残されたポートレートを編纂し、『メモワール』と名付け発表されます。編纂作業は何度も繰り返され、妻をテーマにした写真集を幾度も出版されているということです。では、なぜ、古屋氏は、自殺した妻・クリスティーネの最期をカメラに収めたのでしょうか?同書は、その疑問を同じ写真家である小林氏が解き明かしてくれます。同書の内容構成は、「もはや写真ではない」、「けれど、ここで生きている」、「もっと命を燃やすために」、「読むべきものなのか、わからない」、「あなたが殺したのですか」、「死に追いやるために」、「美しく、晴れ晴れと」、「覚悟はできている」、「語りえない孤独」、「一回限りなのか」、「訊けば、終わらなくなる」、「すべてから、遠く」となっています。
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古屋誠一が精神の正常⇔異常の境にとても興味を持つようになった背景にあるのが、知的障害のある弟との存在も大きいようだ。
白い目でみられていた弟をみつめながら”塀のなかで誰にもなにも言われずに暮らしたい”みたいな事を言っていたのが印象的だった。
それは、知的障害、精神障害の家族が持つ思いとして共通したものだと思うから。
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精神を病んで自殺した妻を写真に収め、記憶を写真として発表し続ける写真家古屋誠一。筆者との20年に渡る対話の中で浮かび上がる夫婦、家族の関係性。エピローグではパーソナルな事例から911、311における写真家の姿勢をリンクさせ、"写真を撮る"ことの本質に迫ったノンフィクション。深いです。
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最初は、興味本位で読んでいました。自分の妻の自殺体を写真に撮る、ってどんな人なんだ、という気持ちです。しかし、途中から見方が変わってきました。あれ、この人、この事を商売にしるんじゃないか、という事です。
もちろん、小林さんはそんな事には、一言も触れていません。しかし、全体の流れとして、そう印象付けようとしている、と私は感じました。
事件以降、新しい写真は、ほとんど撮っていないのに、どうやって生活しているのかな、とは誰でも思うことです。これまで撮り貯めた奥さんの写真を、年代の区切りや、順番を変えて写真集にして出版する。どの位、売れるのかはまったく分かりませんが、ある程度は売れているのでしょう。出版記念の個展は、頻繁に開いているようです。
奥さんの手記も、亡くなってからも長い間読まなかった、とあるのも、ホントかな、と思ってました。モヤモヤしながら、読んでいたら最後の方で、写真評論家の飯沢耕太郎さんへのインタビューで自分の思いがすべて語られていました。
「人に見せると救われるの?そう思っているの?」
「自分でアルバムにまとめておいて、その日記を読み返して一生過ごせばいいわけであって。それを公にすることの意味が本当によくわからない。」
私は、ここを読んで膝を打ちました。そうそう、そう思っていたのよ、と。まぁ、人が何でごはんを食べようと勝手なのですが、とても心に残る本でした。長年追いかけて、掘り起こした小林紀晴さんは、すごい人です。
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古屋さんの外国に一人何年も暮らしている根無し草の感じがとても伝わってくる。そして家族に障害者がいると周りの冷淡な目がいやで、家族だけひっそり塀に囲まれて暮らしたいという感覚、分かる気がする。また、この本でやっぱりアラーキーはすごいと思ってしまった。小林さんの本は面白いが、エンジンかかるまでちょっとページ数かかるね。
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古屋誠一氏の写真を初めて知った頃からずっと、どうにも気になる写真家で、謎めいていて、氏の写真を観ると気持ちがざわざわして、結局あまり後味の良い写真では無いのに観てしまう。
その写真家を写真家の小林紀晴氏がどのような文章で表現するのだろうかと、タイトルをみてすぐにこの本の手に取った。
じわじわと謎が解き明かされていく感じ。
そういう想いでの作品の発表というのもあるんだなと思わされた。
この本の最後に「エピローグ」としてまとめられた一章は、写真家全般における心理の矛盾や葛藤といったことで締めくくられており、その感覚はとても共感できた。
やはり写真というのは、思想だとの確信が強まった。
とても読み応えのある一冊で、一気に読み進めてしまったくらい惹きこまれる内容であったが、評価を行うことは控えたいと思う。
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複雑な思いに引き裂かれそうになる。
一筋縄にはいかない。
単純な「物語」にして理解した気になっているようでは、この人物に近づくことはできない。
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古屋誠一は自殺した妻(オーストラリア人)の写真集を何冊も出しているらしい。
このことに対する他の写真家とのやりとりもあったりする。
悲惨な現場を撮影するのは、写真家の性らしい。
p.51 藤原新也の書評集『末法眼蔵』 8Fアート740.4フ 市立
p.282 スーザン・ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』 県立 8F一般070.1ソ 大学070.17So48
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アジアン・ジャパニーズで知られる写真家・小林紀晴さんが、20年かけて写真家・古屋誠一さんについて書いた一冊。
写真家・古屋誠一はオーストリアのグラーツに住み、写真家として活動をしていた。
そこでクリスティーネと出会い、結婚し、長男をもうける。だが、幸せな日常は長く続かず、クリスティーネの精神が不安定になり、入退院を繰り返すようになる。
そして、その数年後、クリスティーネは自宅のアパートから身を投げ出してしまう。古屋はクリスティーネの投身直後に地面に倒れている彼女の姿をアパートの階上から撮影した。
そして、その写真を含むクリスティーネとの日々の写真を発表した。
写真群には、健康で幸せそうなクリスティーネが、どんどん精神的に追い詰められていき、最期には亡くなってしまうのだが、その変遷が写し出されている。
狂気を感じさせるオススメの一冊。