紙の本
大麻合法化議論に繋がる、濃密なノンフィクション
2023/06/22 21:51
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投稿者:ブラウン - この投稿者のレビュー一覧を見る
中国のアヘン戦争から始まり、いかにして今日のメキシコはギャングが幅を利かせるようになったのか? 現役の殺し屋や麻薬取締官、一般市民まで、綿密な取材から麻薬を巡る攻防が明らかにされていく。インタビューを受けた人が後日襲撃され、死亡した……など、メキシコの生々しい現実を伝える実直な筆致が冴え渡る。
私の知る限りでは、北米大陸の一部?で麻薬が合法化されているようで、今日のこのムーブメントの背景を知る上では必読書と思える。北米の合法化を指して世界の潮流と見るか? 日本でも麻薬合法化の提起を時折耳に挟むが「果たして同じ土俵で考えて良い決断なのか?」と疑問が浮かぶ。本書はその疑問に光を当てる一助になってくれるのではないだろうか。
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メキシコで泥沼の麻薬戦争が続いている。 断片的に耳に入ってはきていたが,一度ちゃんとしたものをと思い読む。人権無視のとんでもない殺戮が行われていることに戦慄。ウクライナやイラクのように報道されないのは,それがもう十年近くも常態化しているからだろうか…。
カルテル間の抗争,警官やジャーナリストの襲撃,市民の巻き添えなど,死者は毎年一万人を大きく超える。見せしめのための残虐行為もエスカレートする一方で,麻薬とは無関係の身代金目的誘拐も多発。豊富な資金による買収も盛んで,軍や警察を離れて犯罪組織に身を投じる者も少なくない。
本当に絶望的な状況で,政府による強硬な法執行も奏効する気配がない。解決の道は,もはや薬物の合法化しかないのかも知れない。一大消費地であるアメリカの政策も非犯罪化・合法化に傾いてきているという。
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日本では、この手の抗争はコロンビアの方が有名でしょうか。
メキシコはいわゆるカトリックの国ですが、平然と殺人と行方不明が横行していることが解説されます。
こういう現実はある。
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今メキシコで起こっている麻薬を巡る争いについて、歴史的背景から解決案の紹介まで、大体の概要が説明されてる。ナルココリードとかサンタ・ムエルテとか、文化の話が面白かった。
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20世紀までは麻薬といえばコロンビアだったが、いまではもうすっかりメキシコだ。
戦争という言葉に煽りは一切ない。メキシコ軍の次に重装備なのは警察ではなく麻薬カルテルだ。麻薬カルテルの抗争に一般市民が巻き込まれ、市民を守るべき警官も殺され、真実を報道するべきジャーナリストも殺される。
そもそも警察があてにならない。相当数の警官が麻薬カルテルに買収されている。警察署まるごと買収されていたりもする。カルテルに買収されている州警察と連邦警察が銃撃戦をしたりする。軍までにはさすがにカルテルの手は回っていないようだが、警察出身者や軍出身者がカルテルには大勢いるので、軍隊のような麻薬カルテルもある。
街中で銃撃戦に遭遇し、警察に通報しても警官は来ない。警官も死にたくないから。市民は自らの身を自分で守るしかない。しかし重武装のカルテルの戦闘員に対抗する術を市民が持っているわけがないから、市民も身の安全のためにカルテルに協力するしかない。協力を拒むものは躊躇なく殺される。銃弾で殺されるのは楽なほうで、見せしめのため拷問のすえに殺されると悲惨だ。抗争により憎悪が増したカルテルの拷問は想像を超えている。
ドン・ウインズロウの小説『ザ・カルテル』に人間の顔の皮を剥いでサッカーボールに縫い付けて、蹴って遊んでいる描写がある。あまりにひどすぎてフィクションかと思っていたら実話だった。
確かにここは戦場だ。
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本書を読むきっかけは映画『ボーダーライン』(2015年、監督ドゥニ・ビルヌーヴ)だった。
今年公開された『ボーダーライン:ソルジャーズデイ』(2018年、監督ステファノ・ソッリマ)では、麻薬よりも移民に焦点を当てていたが、それでもここ数年、メキシコ麻薬戦争を題材にしたコンテンツがいくつか目に付く、PS4用のゲーム『ゴーストリコンワイルドランズ』(2017年、Ubisoft)もそうだし、ネットフリックスで話題になっているドラマ『ナルコス』(2015年)『ナルコス:メキシコ編』(2018年)もそうだ。他にも『カルテルランド』(2015年、監督キャスリン・ビグロー)とか。
『ゴーストリコン~』は舞台がボリビアだが、本書を読んでいると完全に内容が当てはまる。ゲーム内のミッションの中にはカルテルの武装組織を訓練している元米軍兵をターゲットにするものやナルココリード(マフィアを称えるバラード調の歌)の歌い手をターゲットにするものやサンタムエルテと呼ばれる「死の女神」を中心とした独自の新興宗教をボスが信仰しているという設定もある。ちなみにそのリアルな描写からかボリビア政府から抗議されたりもした。
上記の『ナルコス』は時代的にはコロンビアが麻薬の中心だった1980年代が舞台だ。アメリカ麻薬取締局(DEA)とメデジン・カルテルを創設したパブロ・エスコバルとの戦いを描いている。
本書は上記のコンテンツの理解にも十分に応えるものだった。
「PART1歴史」では、2000年代から始まるメキシコ麻薬戦争に繋がる歴史を描いている。興味深かかった点は、南米に麻薬が持ち込まれたのは中国人労働者からだったという事だ。1810年、清のアヘン禁止令とその禁止令によって始まった世界最初の麻薬密輸は大英帝国が担った。「西インド会社が最初の麻薬マフィアなら、大英帝国海軍は最初の凶暴なマフィアの軍隊だった」(本書p.44)。
麻薬は、綿や砂糖と同じように大英帝国を通じて世界商品だった。だから、現在メキシコの麻薬カルテルがグローバルに展開するのは至極当然のことだ。1860年代には中国のクーリーと呼ばれる移民労働者の手でメキシコのシナロアにアヘンとケシが持ち込まれた。
その後の現在に至る歴史の中で重要なのはアメリカでの麻薬使用の拡大だろう。1940年代の第二次大戦下での負傷兵に対するモルヒネ需要、1960年代後半に始まる大西洋岸を中心としたヒッピームーブメント、「1980年には、アメリカの麻薬市場は千億ドル以上にのぼると報告された。まさにアメリカ中の大学から内陸部の街を震撼させる変化だった」(本書68頁)、基本的にはアメリカへの流入量は増え続けており2009年の押収量だけでも298.6万トンにもなる。
「PART2内臓」にて明らかになるのはこの麻薬密輸を仕切っているカルテルの流通、文化、信仰などの内部事情だ。特にその利益率に関する部分は驚きだった。
「コロンビアの農民が一ヘクタールの畑のコカの葉を約八十ドルで売る。その後、最初の『チャグラ』などと呼ばれる簡単な化学処理を経て、一キロのコカペーストとなり、コロンビア高地で約八百ドルになる。このペーストが精製加工され、純コカインのブロックになる。国連によれば、一キロのコカインのブロックは、二〇〇九年にはコロンビアの港で二千百四十七ドル、アメリカ国境を越えた時点で三万四千七百ドルにまでなり、ニューヨークの街頭では十二万ドルにまで上昇する。麻薬の密輸と流通はメキシコ人ギャングが担当するが、それだけでも六千パーセントの利益率である。地球上でもっとも利益率の高いビジネスの一つだ」(本書197~198頁)。
このような莫大な利益率が産業の乏しいメキシコで発展するのはある意味当然ともいえる。訳者の山本昭代もあとがきにて指摘しているが、1994年に締結した北米自由貿易協定(NAFTA)の結果がもたらした面も非常に大きい。
締結前までは、主食のトウモロコシを中心とした「豊富な種類の野菜やオレンジ、牧畜などを組み合わせた自給的な経済と、土地の共有を基盤とした村の互助的な社会関係が成り立っていた」(本書414頁)が、「自由貿易協定の施行以来、安価なトウモロコシが流入し、自分たちで栽培するより買ったほうが安くつくようになってしまった」(本書414頁)。
こうした状況は多くの零細農家を離農に追い込むようになった。
その結果、「生活の糧を求めて土地を手放し、大勢の貧農が出稼ぎ労働者として漂流し始めた。農民を土地から排除することで、この数十年で賃労働(wage labour)者は加速度的に堆積された。彼らは大挙して、失業者や半失業者、スラム住民で飽和状態のMegacity(メキシコ・シティ首都圏)ヘ流入した。あるいは、労働集約的な輸出加工工場、インフォーマル部門(路上や地下鉄での物売りや自営的な露天商、日雇い労働者を中心とする非正規就労)、場合によっては米国への越境移民となり、膨大な『産業予備軍』を形成していった」(『世界経済の解剖学-亡益論入門』法律文化社、福田邦夫監修、123~124頁)。
「自由」な貿易協定の歪みによって生まれた膨大な「産業予備軍」のまさに向かう先の一つにこの麻薬「産業」がある。
「PART3」において筆者は麻薬の合法化によってこの問題の解決の提案としている。
しかし、その提案の困難さも一つのハードルだが、もう一つの問題はすでに暴力が蔓延している状況にあり、その中で育まれた状況がさらなる連鎖を生み出す可能性があるという事だ。2003年のイラク戦争後のイラクの状況とそうした点で似ている。また、アメリカの介入という点でも。
「サッダーム政権の軍事的敗北によって…消火器や爆発物は、犯罪を企てる者や政治的意図を持った者の手に届く所にあった」(『イラク戦争は民主主義をもたらすのか』みすゞ書房、トビー・ドッジ著、山岡由美訳、45~46頁)とある様に、イラク戦争終結後イラクでは暴力装置が国内に拡散されており、暴力が問題解決の主要な手段となり、たくさんの武装集団が出来上がる。
さらにISのような国家を標榜する組織が生まれる。実際、ISはイラク戦争によって崩壊したバアス党の国家機構が移行した部分があるので、それは「国家」として十分な機構を持っていた。
メキシコの麻薬戦争における残虐性はマフィアの「セタス」を中心に広まった。これは元メキシコ軍特殊部隊司令官がその設立に関与し、軍関係者が大量に移行した。その残虐性は本書でも指摘のあるところだが、左翼ゲリラに対する作戦の中で育まれたものだ。
また、「セタス」に協力しているグアテマラのカイビル���ンバーの影響もある。
「グアテマラ内戦時には、部隊は反乱軍の捕虜の頭部を村の人々の前で切断して、左翼勢力に加わらないようにと脅した。メキシコでは傭兵となっても、カイビルはカルテルの敵を脅すために同じ作戦を繰り返したのかもしれない」(本書157頁)。
この構造はISの戦略とも似ている。
問題解決やメッセージを表現する手段としての暴力及び残虐性という点で似ている。脆弱な国家の崩壊は単に何かが0になりリセットされるわけではない。
資本主義世界経済が成立するこの世界では、「地球上でもっとも利益率の高い」世界商品と結びつきながら生き残っていく。
本書はメキシコ麻薬戦争のあらゆる面を真摯に描いているが、安易に人間の「心の闇」とか宗教的、民族的特性とかに逃げていない。
現実的な要因である金と麻薬の流れを追い、抗争を起こす組織内の分裂や統合を掴み、アメリカとメキシコという世界で最も格差の激しい国境で起きている現実を描いている。
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膨大な量の麻薬の押収は、運任せや力づくでは達成できない。それは情報しだいなのだ。(略)麻薬取り締まり当局が活動を初めてから、40年間に確立してきたのが、この情報源、つまり内通者を利用するという手法である。
大ボスが逮捕されたり、墓地に眠ることになった原因の多くは裏切りである。そのため、ギャングらは裏切り者にはきわめて暴力的になる。(略)コロンビアでは「ヒキガエル」と呼ばれる。
だがいったん大ボスがアメリカ合衆国に身柄が引き渡されると、その多くは「ヒキガエル」となる。「スーパーヒキガエル」である。彼らはほかの大ボスを逮捕させたり、何千万ドルもの資産を没収させるための協力者となる。(略)そうして刑務所に入ったボスたちは自分の回顧録を書き、有名人になったりする。
ダニエルは自分に運び屋を見抜く特別な才能があることに気がついた。
彼は国境地帯特有の文化になじんでおり、容疑者を協力者に仕立て上げることにかけては特別な才能を発揮した。
「インフォーマント(内通者)はみんな汚い。みんなそうだ。ほんの一瞬だけ正直になることもある。その日シャワーを浴びた人間みたいだ。どういう意味かって?その日だけは綺麗だが、翌日にはまた汚くなるということだ」。
彼(ダニエル)はメキシコ国内で潜入捜査官として働くための条件を完璧に備えていた。メキシコ人で、タフで、喧嘩に強く、元海兵隊員で立派な業績を上げている。
ダニエルは(潜入先のボスの)信頼を勝ち得るために、運びや役を演じることに徹した。(略)
「私は自分ではない誰か別の人間になったが、それはひどくリアルだった。その男と自分の違いは(略)まったくないんだ。それが問題だった。私はその男そのものだった。育ちは悪かったしね。『その場にあわせて変われるのか?』と聞かれるが、その場もこの場もない。そいつは私そのものだった」
「私はアドレナリンが沸き出すようなことが好きで、その仕事もそうだった。潜入捜査の仕事ではなにがおこるかわからないし、生きて帰れるかどうかもわからない。だからスリルいっぱいなんだ」・
ダニエルはうまくいっていた。だがその仕事は彼にも大きなリスクだった。自分のアイデンティティを失いそうだった。美しい女性に囲まれたコロンビア・マフィアの目がくらむような世界の中にとらわれてしまいそうだった。自分が実際になんなのか?潜入捜査の刑事なのか運び屋なのか?失敗してスパイだと見破られるのではないか?
「私(高級マフィア専門の弁護士サラサル)が担当しているマフィアのボスたちは、確かにとんでもないギャングだ。しかしいったん逮捕されると、脅された子どものようになる。怖いんだ。残りの人生を刑務所に押し込めれられて、孤独に過ごしたくない。だからなんでもするようになる」。
「どこに銀行口座や資産を持っているか、全部自供する。ほかのマフィアの名前や密輸ルートも喋る。そのかわりあまり厳しくない刑務所に変えてもらったり、景気を短くしてもらったりするんだ���
麻薬に関連して、凶悪犯罪が起こるのは、麻薬そのものが原因ではなく、まさにそれが違法だからこそ起こっているのである。町中で殺し合いが繰り広げられるのはブラックマーケットで得られる多額の資金を巡ってのもので、彼らが麻薬を使用しているからではない。
これまでの最大の政策上の変化は、麻薬使用の非処罰化である。この方針を取り入れた国では、麻薬は依然として違法だが、個人使用の量の所持であれば、処罰の対象とはしない、あるいは懲役刑にならない、としている。
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筆者は21世紀に入り「タイム誌」などにラテンアメリカ中心としてのペンをふるってきた報道マン。メジャーデビューが最初のこの執筆は高い評価を得た。
コロンビアが有名な薬の闇・・実はメキシコは20世紀からかなりの惨状を呈していた。銃のドンパチと異なり「闘い」ではあっても国内、国民も巻き添えにした有様が日常化しているからだろうか・・世界への大ぴらな報道がなされていない感じ(イラ・イラ戦争、中国の少数民族弾圧やロシアの内政干渉などと比して)死者の数は頁を捲るごとにスタンプの様に登場することもあり、読み手の頭の中が麻痺して行く。そして殺戮方法のとてつもない残虐さ。。政権を握ったものが身内も一緒くたにして営利を手にし、女優を愛人にし 語りつくせない所業が延々と。
日本からすると遠い国の様に感覚的に伝わってきにくいがアメリカとメキシコの頼りない国境を隔てた闘いの現実が無知の私にとって読むだけで憔悴しきる内容を越えていた。
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映画や小説で描かれるメキシコカルテルの残虐性に衝撃を受け、「なぜメキシコ人はこんなに残虐なのか」という疑問を抱きました。本書は、そんな疑問に答えてくれる1冊です。
・メキシコの麻薬カルテルが生まれた歴史的経緯
・2000年代後半以降の「麻薬戦争」の発生原因
・抗争の過激化、残虐化の理由
このあたりにのことが知りたい方にはおすすめです。
個人的な理解としては、
・アメリカ⇔メキシコ⇔中南米という3者間で麻薬とお金と武器が行き来する構造があり、そこには資本主義の原理が働いている。
・メキシコで長年の一党独裁体制が崩壊して政権の統制が弱まったことで競争が過激化し、そこにアメリカから武器が、中南米から暴力が流れ込んだことで抗争が過激化した。
・メキシコ人が残虐なのではなく、残虐化する構造が存在する、したがってその構造を変えない限り残虐行為は止まらないし、さらに拡大する危険がある。
といったところです。
本書の内容は2014年時点のものですので、最新の状況はわかりませんが、こうした構造が解消されない限り、麻薬をめぐる抗争が収まることはないように思います。
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防弾効果があるのでは?と思える程の分厚さと納得の見応え。メキシコ麻薬戦争の全てが詰まっている。
あの最恐かつ最強のロス・セタスのリクルート事情や、麻薬以外の収入源は意外と身近な物!?それに地域住民との関係性、組織の存在が世界に与える影響…といちいち規格外なエピソードの数々は、もはや映画。そしてメキシコ国内にできた、もう一つの国家とも言える。
当時と比べて現在は、麻薬カルテルの勢力関係図も大幅に変化してる為に、そろそろ続編が欲しい今日この頃。