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「すべては太陽のせい」で、引き金を引いた主人公に痛切な共感を感じました。この本のすべてはこのラストのためのプロローグでしかない気がします。
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今までの感想の中で、一番書きにくいです。だから、長いです。山田詠美さんの本の中で登場していたかな(若干否定的な文脈で)。書店で見かける時、その銀色の背表紙は、どことなく特殊な雰囲気を放っています。で、感想です。まず、雰囲気を味わう小説だと思います。夏、砂浜、気怠るさ、煙草、無常感、それに醜さ、などが(頭で「えーっと…」と考えて理解するのでなく)ダイレクトに、直截的に伝わってきます。僕は、主人公の「行動」は現代からすると、ひどく平凡な人間だと思うんです。ただ、当時のものとはずれている。葬式の翌日に何処かに出掛けるなんて、(程度の差はありますけど)みんなやっていることだろうし、人間関係のゴタゴタから、人を殺めてしまう事件は、新聞を開けば簡単に見つけられる。それでも僕を刺激するのは、恐らく彼の頭の中のせいみたいです。彼は感覚に従って素直に心を表現しているんですが、周囲がそれを受け入れたくない(「太陽のせい」なんて動機を認めてしまったら、一体世界はどうなるんでしょうね)。僕らは、どこからか「妥当な理由」を持ってきて、安心する。それを拒むという意味で、彼は「異邦人」なんじゃないかな、と僕は思いました。
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確かにムルソーは不条理な人かもしれないoでも本当に不条理なのはどっち?最後の一文が自分の中に残ったまま消えませんo
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きょう、ママンが死・・・、マンゴ15、マブロク18・・・。いえ、あの、大好きですよ、この本。(^^;)
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あぁ、高校生の頃にこの本を読んでいたらなぁ!自分とか社会とか、夢とか希望とか、なんか違うんだよねぇ、しっくりこないよねぇ。そんな時に読めば気が楽になるでしょう。逆に、この作品が全く理解できない人は、ある意味ではとても幸せな人だと思います。後半、神父に向かって思いをぶちまけるシーンにはぐっとくるものがあります。
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人間の根源的な欲求とそれに対する社会の不条理な様子がよく描かれていると思う。これを初めて読んだときはかなり衝撃だった。
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とてもおもしろいけど、とても難しい。“光”を“心理”にみたてていて、主人公のムルソーはその心理を受け入れないようにしていると思う。真理をわかってしまうこと、というか、わかったつもりになることが、不条理なのではないか。シーシュポスの神話学を読んでみます
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生きることへの違和感に素直に生きる男の話 異邦人を読んでいると、あることに気が付く。どこか、世界とムルソーとの間に隔たりがあるように思われるのだ。ムルソーは身に起こる多くのことに対し無関心である。ただ、淡々と目の前の問題に対処をしているだけだ。その代わり、彼は些細な自分の嗜好にとても実直である。彼は、よく眠り、よく食べ、よくタバコを吸う。隣人の恋のトラブルに対し興味を抱き、老人の小さな孤独の物語に同情をする。太陽に心地よさを感じ、そして、恋人との情事を喜ぶ。しかし、恋人が彼に自分を愛しているか。と聞かれると彼はわからない、と言い、結婚を求められてもお決まりの文句、<Cela m'etait egal.(どちらでも同じさ)>と受け流してしまう。彼は自分の人生に対する関心に欠けている。
シャンピニーは「異教徒の英雄論」の中で主張する。一方に、偽善的慣習や約束事によって成り立つ社会や宗教の「芝居的世界」があり、これはアンチ・ピュシス(反自然)でり、また一方では本来的な自発性に属するピュシスの世界があり、ムルソーはそれに従って生きている。「芝居的世界」を受け入れることを拒否するムルソーはそのために異邦人とみなされ、罪人の烙印を押されて死刑を宣言される。
物語のクライマックスであり一番の盛り上がりの部分である、アラブ人殺人の場面はあえて語らず、他のレヴュアの方に任せようと思う。フランス語の原文で読むとねちねちと皮膚に張り付いてくるような文体がこの場面の緊!張感をひしひしと高める。
私はカミュの特徴はその精緻な描写だと思う。読者は物語の始まりの部分からその孤独な老婆たちの描写に驚かされることであろう。この本は私がフランス語で読んだはじめての本であるが、フランス語で読むとまた、違った面白さが発見できると思う。作品自体そう長くはないし、フランス語も簡単なので試してみる価値はあると思う。
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キャバスケや合コンや好意を持った女性に対して、カミュとか不条理の哲学とかについて割りと熱く語るのですが、十中八九ウザがられます。そんな時、僕は異邦人なんだと実感します。
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私は主人公ムルソーの考えは正しいと思う。たぶんカミュもそう考えていることだろう。彼は処刑され大方周囲の人間世間の人々には罪を認識されただろうが、彼が自分の理論をもってしてそれが不条理だろうが何だろうが彼が幸福であると信じている限り彼にとっての罪は存在しえない、と言えるだろう。
同じ事をドストエフスキーの「罪と罰」でも書いたが、罪や罰というものは本来そういうものだと思う。
不思議な事に物語りを読んでいくうちにムルソーの言い分が正しいように思われてくるのだ特に感情的に。それは彼が無神論者だという所に関係してくると思う。深く神というものがどういうものなのか理解し得ない我々日本人にとって幾分かは彼に共感できる部分もあるのではないか?
ま、わかんないけど。すくなくとも私はそうだった。なかなか興味深い作品だった。ムルソーについては欠陥人間であることには変わりがないが。
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主人公のムルソーが見ていた世界は、僕らが見ている世界と何も変わりません。世界の不条理に気づいた時に、人は「異邦人」となります。
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最初は、あまりの「直訳」ぶりに、うんざりさせられたのだが、慣れてくるうちにおもしろくなってゆく。早く新訳版が出版されることを望む。
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照りつける日差し、打ち寄せる波、にぎやかな街並み。そういったものをまといながらも、物語は驚くほど静かに進んでいく。
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名作。 太陽があまりに眩しくて暑くて 不条理ながらも状況や周りの評価をむしろ受け入れてしまうという心理、 疲れているときのショッピングで小さく発生している。 あーもういいです!買います買います!買わせてください! みたいな。 非常に些細な例えで恐縮。
周囲の環境と自分のあり方の関係について考えていた二十歳頃に出会ってよかったと思う小説のひとつ。
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根底のテーマは自殺。生きるに値しない人生、関わる価値の無い世界に迷い込んだ人間が、その生を肯定しうる唯一の手段がこれ。(ポチョ)