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何事も、姉のせいにして、母のせいにして、父のせいにして、周囲の人のせいにして、だけど、そういう生き方を選んできたのは歩自身だったんだと、姉からの痛烈な言葉を浴びせられ、変わっていく歩。鎖に縛られてるなんて言う人がいるけど、そんな鎖はないんだと言いたい。
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考えつく限りの人間の悪しき感情の吐露を著したかと思えば次の瞬間には涙ぐませるほどの気高い言葉を紡いでみせる、そんなドロドロした尚且つ呼吸そのままに人間味溢れる主人公、歩、いえ、作者西さんに寄り添う感情が私の中でも爆発します。というか、むしろ嫉妬に近い感情?!
とは言え、泣きながら(文字が見えなくなるほど)読んだ本は久し振りでした。
『上』の時には五つ星を付けたのだけれどこうも揺すぶられてしまっては星が倍の数あっても足りない気がします。
宗教感、震災、国際情勢など盛り込み過ぎて本来の家族・友情のテーマが薄れてしまうのか、と思いきや、何なんだ!この濃ゆさは!
と、やっぱり嫉妬にも似た感情。
こう、自分の内面を恥じらいもせず吐き出せるのは「サラバ!」という合い言葉(呪文)のおかげかもしれない。
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一人の人の生き方、家族、それを取り巻く環境や友達について、ここまで詳しく詳細に書かれた本に今まで出会ったことはなかったと思う。
上下巻と分かれているのもなんら苦にせずただただ先が知りたいと言う思いが溢れてページを捲る手が止まらなかった。
歩はこのサラバの主人公であって、全く自分とは関係のない物語の中の人物なのに、読んでる途中途中で必ず共感する部分が出てくる 。
エジっ子の乞食の子達に卑屈に笑ってしまったり、面倒に巻き込まれないよう存在を消したり。この人と関わった自分の体裁を考えてしまったり。
歩でなくてもきっと自分も同じようにするはずで、でも物語で読んでるとそのちょっとズルイなと思う事が浮き彫りになって見えてくる。
そうだな、自分もずる賢く生きてるなと思って妙に納得したり。
妙に納得出来ると言えば、小さい時って、何故か言葉があまり上手く喋れなかったり、知らない言葉の方が多いのに、何故か友達同士で特別な言葉で繋がれる時期がこの歩とヤコブの様に確かにあるなと思いだした。
でも大人になるとそれがどういう感覚でどんな言葉(力?又は能力?笑)だったか忘れてしまう。
だから最後のヤコブに会いに行った時に全然上手くヤコブに気持ちが伝えられないもどかしさも凄い伝わってきて、歩がとめどなく泣いてしまう理由を説明したいのに伝えられない苦しさも分かって、どうしたらこの思いが…って状態だったとこにヤコブから伝えられた
『サラバ』
その瞬間ぐっと一気に身体中に熱い思いが溢れて次の瞬間には泣いていた。
なんてない言葉でも、そこに意味と信じる物を見出して使うことで、とても大きな力を持った言葉になるんだと感じて、言葉と思いの強さに改めて感動した。
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阪神淡路大震災との遭遇。
サトラコヲマンサマと離れた姉は“自分で、自分の信じるものを見つける”ために、父と一緒にドバイへ。
大学入学をきっかけに上京した主人公歩は、チャラい大学生になって女の子と片っ端からやりまくり、野生が理性を凌駕した最初の一年を過ごす。
二年生になり、映画サークルに入部し、下半身が奔放な鴻上との出会い。
父と姉の帰国。
姉の奇妙な行動。
父の出家。
母の再婚。
姉の唯一の心の支えであった矢田のおばちゃんの死。
三十代になった歩に起こった肉体的異変。
歩はそれまでいろいろなものから逃げていた自分に気づく。
葛藤、自戒。
そんな中での須玖との運命的な再会は大きな希望だ。
父と母の離婚の本当の理由を知ることになる歩。
毅然とその話をする姉は、昔と同じような自分勝手のようでありながら、どこか違っていた。
そして、生涯の伴侶を得てサンフランシスコに住む姉から届いた手紙。
274P
“ そして歩、あなたの名前は、歩よ。
歩きなさい。
そこにとどまっていてはだめ。あなたの家のことを言ってるのではない。分かるでしょう。
あなたは歩くの。ずっと歩いて来たのだし、これからも歩いてゆくのよ。
お父さんに会いなさい。話を聞きなさい。
そして、また歩きなさい。自分の信じるものを見つけなさい。
歩、歩きなさい。”
自分は何がしたかったのか?
何をしたいのか?
家族に何を望んでいたのか?
そして、これから何を信じて生きていけばいいのか?
自分の周りで起こる事件に出会う度、歩は葛藤し、もがき、苦しみ続ける。
そんな歩の最後に向かうべき場所は───。
341P~342P
“ 僕は禿げていた。僕は無職だった。僕は34歳だった。
僕はひとりだった。
信じるものを見つけられず、河を前に途方に暮れている34歳の僕は、きっと幼い頃の僕よりも、うんと非力だった。
僕が手放したものは、どこへ行ったのだろう?
輝かしい僕の年月は、どこへ行ったのだろう。
涙は止まらなかった。”
345P
“ 僕は生きている。
生きていることは、信じているということだ。
僕が生きていることを、生き続けてゆくことを、僕が信じているということだ。
「サラバ。」”
この二カ所を引用しただけで、私は再び涙が止まらなくなる。
私たちは何かを信じて、生きることを諦めてはならない。
今、生きることや、人生に問題を抱え悩んでいるすべての人々にこの本を読んでもらいたい。
ここには、今後そういう人たちに優しく手を差し伸べてくれる何かがきっと詰まっているはずだ。
直木賞受賞作は数多あれど、これほどの傑作は類を見ない。
読んでいる間、特に後半に進むにつれて胸が震えた。
読み終えるのが残念だとさえ思った。
こんな素晴らしい小説に出会えた私は幸せものだ。
私の読書人生の中でも三本の指に入るほどの心に残る名作。
これほど素晴らしい作品を書いてくれた西加奈子さんに感謝した��。
ありがとう───。
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久々に買った単行本。
表紙の絵に一目惚れしたから!
読み終わってから知った、絵も西加奈子なんだって!!
そして今知った直木賞!!!
まだ「円卓」とこれしか読んでないので
全作品読破したい。
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大切なのは人がひとりひとり違うことを
認めることだ。
エジプトで少年期に出会ったヤコブと再会した後
ヤコブから主人公の歩が言われた言葉。
すごくすごく簡潔に物事の確信をついていると思う。
宗教観の違いからくる中東各国の争いも
例えば戦時のユダヤ教徒の迫害も、自分たちと
違う異分子を見つけ出し糾弾する、争って
自分たちが正しいと証明しようとする
それが、人はひとりひとり違うことを認め
容認して生きていくならば、争いごとは
なくなるのではないかと思った。
そう簡単にはいかないけれど、相手を憎み
それを糧に生きるよりも、相手を認めともに
生きていく方が断然幸せだと思う。
下巻は歩の成功、落ちぶれ、放蕩という感じで
物語が続き、対して一家の迷惑者の姉の貴子は
放浪、定住、安定と徐々に自分の居場所をみつけ
幸せになる。
長い長い物語だけれど、歩の両親の別れた原因は
なんなのか、サトラコモン様ってなんなのか、
その他いろいろなキーワードが気になって
先へ先へと読み進められる話だった。
そして、大切なことがたくさん入った
とてもよい物語だった。
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何度も心をえぐられた。
信じるもの。
信じたいもの。
西加奈子さんの本にいつも救われる
サラバ!はそれがいっぱい詰まってる。
読み終わった時
きれいな夕暮れの空に泣いてしまった!
世界は広くて
楽しい事も悲しい事もたくさんあって。
絶望しそうになっても、
止まっても、また歩きだす。
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上巻では家族や友情のストーリーだったが、下巻で主人公の周りの人達が成長していたり様々なことが起こり常に見どころ満載でよかった。周りの反応やプライドじゃなく、自分が信じるものは自分で決めるべきだと思えた大切な作品。
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とても刺さる。
左足からこの世に生まれた圷歩が、今橋歩になって37歳になる。そこまでを早送りで体験して、現在に追いついて、さあ、これからは一緒の時間、それぞれの化け物とともに生きていくんだよと言われたような。
歩の生を見ていたはずなのに、いつの間にか物語の先にあるのは自分自身の生になってた。
「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ」
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直木賞受賞作。上下巻ともすぐに読み終えた。
よかった。凄かった。
小説を読んでこんな感じを覚えたのはなかなか
ないかも。
『あなたが信じるものを、誰かにきめさせてはいけない』
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デビュー当時から大好きな西加奈子さん。いま、この小説を読めてよかった。姉の貴子の言葉に私も背中を押された。結局、信じられるのは自分自身。自分の足で歩いていくしかない。
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核となるもの、信じるものを見つける!この強い意志に導かれてこの本は閉じる。しかも、左足を踏み出して。最後、アラブの春にも触れてあったが、ヤコブにとってもきっと大変な人生であったろうと思いやられた。
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物語はすごくシンプルで、伝えたいメッセージは単純だ。
けれど、これだけの長さにしないと伝わらなかったと思う。それだけの役割がある、この本の厚みだと思う。
アユムとタカコがこの先どうなるのか、すがるような思いで読み進めた。
自信をもって、「自分」を生きることの大切さ。「自分」で感じることの大切さ。「自分」しか、「自分」を生きてあげられない。
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「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。」
最後の決定を、他の人に委ねてはならない。
いや、委ねたとしても、それは、自分が決めた事だと責任を持つ。
ブレずに、時にブレたとしても、自分を信じて生きたい。わたしはわたし。全てのわたしで、わたしが出来ている。
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物語がなかなか頭から離れないような引力で、その世界に引き込まれていった。物語のなかに自分を見ているような気がして、様々な感情がわきおこった。とくに「自分」というものを強く意識させられ、貴子の手紙を読みながら、歩と一緒に私も諭されているような感覚がした。
自分自身と向き合えているだろうか。決して綺麗事ばかりではなく、生きるということや認めるということに向き合って、また前に進むきっかけを与えてくれる本だと思う。