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大学にて、自宅にて、色々な事が起こる。
一番の問題は、金銭でしょうか?
人間、上は大丈夫でも、下にいくのはなれません。
今まで潤沢に使えた、時間とお金。
現在の大学生にも、遊びに行くため、と
言う人もいるくらいです。
そして人間関係も微妙な状態に。
その人に憧れるあまり、色々真似をしたりしますが
模倣になってしまっては意味がない。
そう気がついた時点で、その人はその人、と
区切りがついている、というべきでしょうか?
そのまま突き進むと、盲目的な愛?w
最後の方、必死にうろうろ走っていますが
確かに…そこを突っ込まれると、自分でもきつい(笑)
働けば時間と金が手に入る、というのは間違いです。
確実に、職種によっては時間が削られます。
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北村さんはTVでアンタッチャブルのコントも観るのか。関心の幅が広い。TVは観ないとかいう人より、作家として信頼できる。慶應の学生が早慶戦で勝つと銀座で騒いだという話で、w杯で騒ぐ現在の若者が特殊な訳ではないとわかった。父という表記で、本作の主人公の北村氏の父上演彦氏のことか、演彦氏の父上のことか、ごっちゃになることがある。それにしてもこの当時の学生のよく勉強したこと!自分の学生時代を思えば恥じ入るばかりだ。
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父親の日記を読み解きながら描く一つの昭和。日記を書こうとしては挫折を繰り返した私には、日記が残っているだけで眩しく感じる。
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父の日記から昭和初期の学生生活を描く「いとま申して」の続編。
大学生の本分は勉強であるものの、歌舞伎などの文芸三昧は人としての肥やしになると思います。
自分も学生時代、小説、映画と吸収しまくりましたからよくわかります。
歌舞伎の役者名が出ると現代の役者のイメージになるのが困りものでした。
父の日記の地の文、作者を通して父の見聞きして感じたことの追想分、作者自身の現代の目から見た感想文がないまぜになって読みにくいことは読みにくいですが、当時の雰囲気にどっぷりつかれました。
お金のやりくり、進学や就職の悩み、家族への気遣い、社会への関心と、時代は変われど感覚は現代人と変わらないように思えました。
それにしても、お父さん、鰻を食べてばかりでうらやましいです。
3部作ということで最後の3部目は数年後発刊かな。
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慶應在学の6年間を描く、三部作の第2部。
国文への真摯な傾倒のあまり、困窮する実家に遠慮しながらも歌舞伎や義太夫に通わざるを得ない心情や、折口信夫との邂逅に加え、昭和初期の生活、世相や学生生活がしみじみと語られる。
作者も本書中に書いているが、当時の学生の教養の深さには驚かされる。
いかに国文専攻とはいえ、吾妻鏡を始めとする古典を純粋な愉しみとして読めるとは。
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民俗学と歌舞伎に染まる日々。タイトルには登場しないが、歌舞伎役者中村福助の晩年の疾走が本書のもう一つのテーマ。
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自分の父親の日記を下敷きにしたもので、小説とも伝記ともとけるが、主人公の目を通しての折口信夫の姿を描くというのも大きなテーマになっていて、本意がどこにあるのかよくわからない。三部作の第二部なんで、まだ全体が見えていないので、感想はいろいろあるんだろう。
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『いとま申して』三部作の二冊目である本書。
著者の父が遺した日記の文章の多くを取り込んだこの「小説」は、父、宮本演彦(のぶひこ)との合作だと、北村薫さんは言う。
戦前の慶應義塾に学ぶ若者たちの暮らしぶり、金銭感覚や暑さ寒さの身体感覚などがリアルに感じられて面白い。
ほんのすこし前の時代のことなのに、人の生活「当たり前」の感覚は随分変わったのだなぁと思い知らされる。完結編が楽しみだ。