紙の本
淡々とした展開の中、冒険譚よりは不思議な寓話性に取り込まれていく感があった。
2016/01/10 15:02
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投稿者:arima0831 - この投稿者のレビュー一覧を見る
昔々、まだまだイングランドが暗い荒れ地ばかりで、鬼や魔物が人々とともに住んでいたころの物語。
アーサー王亡き後の時代で、甥のガウェイン卿が老人になっているところを見ると、6世紀ごろらしい。
とある年老いた夫婦が住んでいた村を離れ、他の村にいる息子のもとに向かって旅を始める。ほとんど隣の村のことだとはいえ、荒れ果てた荒野を抜け、道なき道を歩む旅だ。道中で魔物に遭遇する危険もある。
寒さや闇に惑いながらの道中、老夫婦が出会う不思議な人々。若きサクソン人の騎士、鬼に噛まれて村を追われる不思議な少年、そして年老いたアーサー王の騎士ガウェイン卿。吐く息が人々の記憶を消してしまう龍を退治しに、一行は山に向かっていくのだが・・・。
一歩間違うと安っぽいファンタジー小説になりかねない背景設定で、民話や伝説を淡々と綴ったような冗長さもある話だが、古のイングランドの闇を伝えるような筆致が不思議な情感を生んでいる。淡々とした展開の中、冒険譚よりは不思議な寓話性に取り込まれていく感があった。
様々なモチーフに託された比喩や隠喩が散りばめられて、茫洋とした捉えどころのなさが純文学的ではあるが難解さは薄い。非常に優しい語り口が魅力的だ。穏やかに慈しみあい労わりあう老夫婦の姿がとりわけ美しくて、淡々とした話に陰のある彩を添えていた。
ぼんやりと読み進めるのが非常に楽しかった。
何度かじっくり読みなおして楽しめる一冊になると思う。
紙の本
過去を公正に語れるのか
2015/11/25 21:13
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投稿者:十楽水 - この投稿者のレビュー一覧を見る
直訳すると「埋葬された(埋められた)巨人」となるのでしょうか。今は姿が見えないだけで、消えてなくなったわけではない。覆い隠すものが除かれると姿を現す。それが巨人という存在です。いったいだれが、なぜ、埋葬したのか。そのことは正しいのか。だれにとって正しいのか。だれかにとっては、正しくないのか。
いつまで埋葬されるべきなのか。時が経てば正しさは変わるのか。巨人の姿は変わるのか。時が経っても変わらないものはあるのか。
小説のテーマは「公正に過去を語るとはどういうことなのか」であると思います。過去に起きた出来事を語るとき、その全てについて語れない私たちは、自らが語らなかった過去とどのように向き合えばいいのか。根本的な問いかけは、語り手の次元を個人から共同体に移すと複雑さを増します。「自らの立場に立ち続けることは公正さの達成をもたらすのか、妨げになるのか」「ある条件のもとでは立場の絶対化は許されるのか」「相手に対し、立場に固執しないでほしいと望むことは認められることなのか」。こうした疑問が、解きがたいものとして現れるではないでしょうか。
果たして公正さは、立場の相違を乗り越えて求められるのか。この問いへのまなざしによって、小説の読み方が変化するかもしれません。基本はファンタジー+ラブストーリー。人々はなぜか過去を忘れ、主人公の老夫婦も記憶が頼りない。ある日二人は息子探しの旅に出ます。鬼やら竜やら異界の住人も出てきて、足腰も頼りない老夫婦の旅(冒険?彷徨?)には本当にはらはらさせられます。ラストは相反する解釈が可能だと思います。
重たいテーマを前にして、あてどない読後感。自分で答えを見つけよと突き放される感じもありました。でも、もっと自由に読めば、「こんな老人になりたいと思うだろうか」とか「男(女も)はつらいよ」とか思えたかも?とにかく、じっくりと読める一冊です。
紙の本
復讐の前払い
2016/08/13 00:53
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投稿者:igashy - この投稿者のレビュー一覧を見る
という概念が恐ろしかったが、絶対数日中に自分たちが残虐な死を迎えるだろうとわかっていたら、そう思うのだろうと感じた。
すべてが解決する必要はないけれど、残った疑問。
老夫婦が村で疎外されてきたのは、単に年老いていたからだろうか。
書評などで作者が影響を受けた事件(ユーゴスラビア内戦など)を読んでいたので、ブリトン人の夫婦と自身は思っていたけど異なる、ひょっとしたら第三の民族だったのではと思っていたのだけど・・・・・・
紙の本
なんて優しいストーリーなのでしょうか
2015/06/23 18:00
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投稿者:ぺるりん - この投稿者のレビュー一覧を見る
ゆっくりと展開するストーリーと、忘れられた記憶を取り戻すべき理性と取り戻したあとのリスクに悩む主人公夫婦の気持ちの揺れ具合が苦しくも心地よかったです。
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カズオ・イシグロの新作。なんと10年ぶりの長編らしい。『わたしを離さないで』からもうそんなに経っているのか……。
その『わたしを離さないで』はSF、『わたしたちが孤児だったころ』はミステリと、ジャンル小説の手法を用いるイシグロだが、今作はファンタジー。『新作は単なるファンタジーではない』という発言でやや物議を醸したらしいが、純粋にファンタジーかと言われるとちょっと首を傾げる。ご本人がおっしゃっている『本質的にはラブストーリー』が一番ぴったりなんじゃないかなぁ……。
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中世の英国。老夫婦が息子に会うために旅立つ。途中の村で泊めてもらったり、戦士や少年、老騎士と道連れになって竜を退治したりして、なんかドラクエ的な展開wそして最後はお互いの愛情と信頼を試される。忘れたほうが幸せな事ってあるのかもしれない。特に夫婦関係においては・・・。
アーサー王の魔術が解け、平和に共存しているように見えたブリトン人とサクソン人が憎しみの記憶を取り戻した時、彼らは許し合えるのか?
人間性を問う、ブラックな童話。
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ラストに疑問は残るが、忘れることによって愛が深まる矛盾が少しわかるような気がする。人間の負の側面をファンタジーで上手く表現している。過去を思い出したとしても、許すことで愛し続けられると信じたい。
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冒頭はよくわからなかったけど、最後まで読むと忘れられない名作です。淡々とすすむ物語だけれどら感動が押し寄せてきます。ラブストーリーって、その通りなんです。
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カズオイシグロの長編小説。これまでの作風とは変わって(毎回変わってるが)、竜や妖精が登場するファンタジー的な物語。
記憶が消えることによって保たれる平穏。平穏の積み重ねによってできた愛は記憶が戻っても続くのか。老夫婦による個人のレベルと国家の両方のレベルで問う。
いくつかこれは伏線か、と思ったものが回収されずに読み終わってしまったので、読み取れてない部分も多いかもしれない。
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カズオイシグロさんの新作はファンタジー仕立て。
アーサー王時代後、老夫婦が息子に会いに旅に出る・・・
竜や鬼、兵隊などいつものイシグロさんの世界にはでてこないものばかりだけれど、そこはやはりイシグロさん。
老夫婦の過ぎ去ってしまった過去の後悔が描かれます。
長年連れ添った過去と過ち、後悔、許しと幸せ。
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前情報のないまま読む。
「わたしを離さないで」のときのように、さぁこれからどうなるんだ!とソワソワしながら読み進める。
そして、中盤、思い出す…
そうだった、イシグロさんの作品に明確な救いを求めちゃだめなんだったことを。
あとは、ひたすら、これ以上悪いことが起こりませんように、と思いながら読んでいました。
どすーんときます。読み応えがあります。
物語の舞台は、アーサー王が亡くなった後のブリテン島。(巻末の解説によると六、七世紀らしい)
人の記憶を奪う霧が立ち込め、鬼や妖精も出てくるファンタジーだけれど、冒険をするのは老夫婦。
老夫婦でも手加減なしで、魔物が襲ったり険しい山を登ったりします。
個人的には、エドウィン少年の存在がつらい。
せめて老夫婦に出会えたことは救いなのかな…
この小説をどういう風に受け止めればいいのか、迷う。
過去や幻影が入り混じり、忘れられていた記憶を手繰り寄せながら真実が立ち上がってくる。
自分がイギリス(と書いていいのかわかりませんが)の文化に疎すぎて、重要なことを見逃している気がする。
侵略の歴史を扱って、いるんですよね?(誰に聞いているんだか)
でもこれは物語や過去の話ではなくて、今の、話だと感じた。
恨みは残っているのか?
登場人物の誰もが迷い続けている。
誰もが旅の途中で、心許ない。
ラストがそれでよかったのかわからない。
それと、神様(キリストさん)に祈る場面が割とあるのだけど、揶揄してるのかなーと思った。
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カズオ・イシグロは大好きな作家だが、新作をリアルタイムで読むのは、これが初めてのことになる。結論から言えば、『わたしを離さないで』『日の名残り』の二作に優るとも劣らぬ素晴らしい傑作だ。
ただし最初のうちは戸惑った。舞台は、アーサー王が死んでから数十年後のブリテン島。鬼やドラゴンや妖精が当たり前のように跋扈し、騎士が重要な登場人物となり、『薔薇の名前』を思わせる修道院まで出てくる。設定だけ見れば、完全な中世ファンタジーの世界だ。これまでのイシグロ作品のイメージとあまりにも違うので、何か入れ小細工のような設定になっているのではと疑いながら読んでいたが、最後まで設定は変わらない。主人公の老夫婦はどことなくホビットを思わせるし、これはカズオ・イシグロ版『ロード・オブ・ザ・リング』なのかと思った。しかし拡散気味に見えた様々な要素がドラゴン退治に集約される終盤に至ると、神話的であると同時に限りなく現代的なテーマを持った物語の全貌が明らかになる。
「記憶と忘却」「捏造された記憶」はイシグロ作品にいつも出てくるテーマだが、今回はそれが個人だけでなく民族の問題にまで発展する。「忘却に基づく平和」が正しいのか「真実の記憶に基づく戦争」が正しいのか…その対立の果てに、憎しみの連鎖(視点を変えればそれは「正義」と呼ばれる)が壮大な悲劇をもたらす。このあたりの展開には、明らかに21世紀の世界が重ね合わされている。ブリトン人とサクソン人の歴史に詳しいイギリス人なら十分に予想出来た結末かもしれないが、知識が乏しい日本人としては、次第に明らかになっていく各人の行動の真意や終盤の劇的な展開に、手に汗握る思いだった。
そして本作は、民族の興亡を描く叙事詩であると同時に、ある老夫婦の愛を描いた抒情詩でもある。主人公のアクセルは一体何者なのか? 彼と妻ベアトリスの間に本当に息子はいるのか? 二人の過去に一体何があったのか? 記憶、忘却、愛、憎しみ、そして赦し…様々なテーマがぶつかり合い溶け合っていく最終章は限りなく美しく、一つの世界の終わりと新たな世界の誕生を同時に見ているかのようでもある。悲劇を乗り越えるためのかすかな希望も、そこには感じられる。
舞台設定こそ『ロード・オブ・ザ・リング』のようだが、途中から強くイメージが重なったのはテオ・アンゲロプロスの映画だった。当初ホビットのように見えた老夫婦は、それ以上に、父親を探して旅をする『霧の中の風景』の姉弟のようであり、ラストは『シテール島への船出』を彷彿とさせる。アンゲロプロスは、民族の歴史と個人の人生を共に描くことに成功した映画作家だったが、同様に、イシグロも本作において叙事詩と抒情詩の融合に成功した。一貫して描き続けてきたテーマをさらに深化させ、同時に全く新しい物語世界を構築した、カズオ・イシグロの見事な傑作。予想とまったく違う形で期待に応えてくれたのが、何よりも嬉しい。
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ネタバレっていうよりも、場所違いな感想のためネタバレにチェックを入れました。
ランキングから外れてから感想を書いたのもそのためです。
この小説自体の途中までの感想としては、もう少し時間がたち、訳者自身の言葉が落ち着き、文章へ根を張るようにいくつか修正されるのを待ってから購入するのも手だと感じました。
もちろん、そんなこと気にしなくても面白いのですが、私の読み手の実力として、この本を読み解けるほど成熟してないんだなと感じるから・・というか新刊を手に取るってこういうこことなんだなと、ほどよい手ごたえを残してくれる物語だった。いや、読み途中なんだけれどね。
ここから場違いな、ほんっとただの妄想な感想です。
読んでいてずっと感じていたことは、
ライトノベル「人類は衰退しました」の始まりと終わり。
それが自分の意識にずっとちらついていた。
私自身、二次創作で2作ほどpixivで投稿しているのだが、最近の一般紙小説の受賞作品は(文芸春秋のやつを見ているだけだけど)、pixivの二次小説,
その実験っぷりの影響が透けて見えいる気がしている。
この作品からもその印象を受けた。
だからなんだと議論する気は全くない。
ただ私が言いたいことはこの本を読んだ方は、
「人類は衰退しました」
読むと面白いかもしれないってこと。
著者でもなんでもないファンがこんなこと書いてもアレなんだけれどね。あくまで、個人の感想としてなら許されるかな・・っと。
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『日の名残り』を映画で観たときに知ったカズオ・イシグロ。本作は小説の初読。
村で除け者にされている老夫妻が、記憶もおぼろながら、息子を訪ねて旅に出る道中記。
アーサー王伝説が下敷きになっているらしい。
2015年8月、時間がないので挫折。
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この作者さんはこういう構成が好きなのかしら。
少しずつ霧が晴れて周りが見えてくる感じ。
最後の解釈をどうしたらいいのか誰かと話したいところ。、